狭間の赤きカラス纏い
ポンコツ・サイシン
プロローグ
都内某所――。
すでに夜も更けていた。
暗闇に紛れて、カラスが飛ぶ。
閑静な住宅地の屋根を飛んでは走り、次々と家々を越えていく。
カラスと呼ぶには少々体格が大きく、むしろ人間と言った方がいいだろう。
被った帽子は縁が幅広く、クラウンとおぼしき部分にはカラスの顔貌。そこから肩と胸にまで、漆黒の羽根が覆っている。胸から下、脚部にかけても黒い衣服に身を包み、宙を舞うごとに、背中の濡れ羽色のマントが翻る。
カラスを模した人影が、屋根の上で身を屈める。腰にかけていた銃を取り出し、眼下の獲物へと向けた。
カラスの視界に映るのは、ある家屋のガレージに蠢く、四足歩行の影――。
カラスの眼が動揺の色を見せたように泳ぐ。
どうやら四足歩行の影が、人に覆い被さっているようだ。
手遅れか……、カラスの人影は、心でそう呟いた。
「諦めの悪いところが、俺たちの取り柄みてえなもんだろ?」
カラスのくちばしがそう動いた。
静かに着地したカラスの人影は、銃を四足歩行の影に向けたまま歩み寄る。
街灯が微かにその四つ足の影を照らしていた。
黒い体躯は餓死寸前のように骨が浮き出、四足歩行と見ていたその姿も、人が四つん這いになった姿だった。
何かを咀嚼する音――。
背後からゆっくりと近づくカラス。
四つん這いの人影がその気配に気づき、振り向いた。
「獄骸化してやがる。さっさと仕留めてずらかるぞ」
カラスの人影は、銃口を四つん這いの影の頭部に突きつけた。
咀嚼する口元は、血と肉片にまみれ、骸骨のような顔はやつれた人の顔のようだった。
それら容貌も黒く闇と混ざり、くちゃくちゃと音を立てながら、カラスの人影を見つめている。
カラスの人影はためらいもなく、引き金を引いた。
とある警察署。
ここ一ヶ月で三件目となる、ある事件を追っていた刑事が、解剖医と個室で言葉を交わしていた。
「まったく……、こんな奇怪な遺体は初めてだよ」
解剖医が忌々しげに呟く。
「何かわかりましたか?」
刑事の何らことの重大さを意識していないような台詞に、解剖医は眉を押し上げ首を斜めに傾けながら、
「DNA鑑定をし始めたばかりで、詳細はまだだ。が、一つわかったことがある」
「それはなんです?」
と刑事が問うと、解剖医は自分の頬をつねったり、殴ったりしながら、
「これが夢だってことがわかった」
「何にもわかってないってことじゃないですか⁉」
解剖医は自虐的な行いを止め、ふうと深いため息をついた。
「未だに信じられなくてな……」と解剖医は声をさらに低くし、
「側頭部に銃痕、貫通した痕があるが、弾は見つかっていない。恐らくそれが、やっこさんの致命傷になったと思われるが、問題は胃袋の方だ……」
「胃袋?」
「人の毛髪と、頭蓋骨の一部と思われる骨が見つかった」
頭蓋骨の一部と聞いて、刑事は目を丸くした。解剖医は続ける。
「先日起きた、一家殺傷事件……。それに、頭部が半分の状態で見つかった遺体があったよな?」
「まさか……、その遺体の一部ってことですか?」刑事は瞠目した。
「鑑定を待ってみなきゃわからんが……。奇怪過ぎだと思わんか?」
「確かに耳を疑いたくなります。その家族に子供がいましたが、その子も行方不明ですし……」
と刑事は視線をテーブルの上に移した。
確かに奇妙な事件だった。
焼け焦げたような遺体が先日、井桁という家族の住む家で発見された。遺体は三体。黒く焦げたようにやつれ骨が浮き出た遺骸と、成人した男女の遺体。解剖医が診たところ、三体とも頭部に銃痕という類似点がある。そしてそれと似たような事件が今月だけで三件。どの家族にも子供がおり事件後行方不明になっているということだった。
――行方知れずの子供がどこにいるのか……。まさかとは思うが……。
刑事は腕を組んで、テーブルの表面を黙って見つめる解剖医から目をそらし、外の景色を見やった。
夜に紛れて、人影も家屋の連なりも黒一色。
家の明かりと遠くにある栄えた町のネオンが、この部屋からも眺めることができる。
秩序を保とうとする人々の夜が始まろうとしていた。
暗い淀みのような長い夜が。
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