エピローグ

「それでは寝台に横になってください」

 中央局が雇った術者に言われ、篤は台の上に寝そべった。

 室内は薄暗く、儀式のための装置は、寝台とその上にある半円形に飛び出た鏡のような物体があり、クミの家の地下にあったものと同一のもののようで、失敗した経験からか篤は内心緊張し出した。

「クミさんの家から押収したものの中に、復活の儀に必要不可欠な石もありました。畳の下に隠していたということで、あなたをどこまでも利用する気だったようですね」

「僕の気魂の数がある程度揃っていないと、装置を動かせないって聞いていたので、そこにつけ込んでいたんでしょうね……」

「今回は安心なさってください。現し世へ戻るには二つ以上の気魂が必要。なぜなら気魂を一つ消費するからなんです。元々、気魂の数は決まっていますが、数が合えば消費しても、経過とともに戻っていくのです。そうした条件を満たしていなければ、どの復活の儀の装置も動かせませんので……」

 などと術者と会話していると、

「クミの一件のあと、気魂は全て戻ったはずだが、篤としては違和感はないか?」

 寝台の近くにいた、カラスの状態になったホーが尋ねる。

「元々、五つくらいあって、一つを息子に使ったからこれで四つのはずだよね?」

 拓海の生存率を上げるために、一つは消滅していたことを篤も覚えていた。

「そうだ。ババアから全て取り返しているはずだから、問題はねえな? 一度ババアのとこで失敗してるが、あれはババアが気魂欲しさに故意にやったことだ。この施設じゃほぼ完全に上手くいくはずだ」

 ああ、と篤は顎を引いた。

「ありがとな、A君……。捜査に色々と協力してくれて……」

 少し憂いの表情を浮かばせているナユが言った。

「いや、僕がクミさんの正体を知ったのはほんと後半の方だったから……。礼には及ばないよ」

「実際はA君がここに来て、ばあちゃんも色々とぼろを出し始めたんだと思う。現し世に戻るときの儀式が失敗したっていうのが、ばあちゃんの決定的なミスだった」

「じゃあ、あそこで僕が現し世に戻っていたら、クミさんは捕まらなかったってことかい?」

「まあいずれ、捕まっていたでしょうよ」

 その言葉を発したのは、入り口のドアの脇にあった椅子に座るコロネだった。赤一色の羽は相変わらず派手である。

「あなたには色々助けられたわ」

「助けられたって……?」

「獄骸を人間に戻すっていうアタシの妙な能力を活かしてくれた恩人って意味。厄介がられる能力だから、あなたが戻ったらアタシもまた一人かな……」

「そんなことねえよ……!」

 ホーが片方の翼を上げた。

「どういう意味かしら?」

「ま、いつかわかる」

「いつかっていつ?」

「人間も動物も変わらねーなー」ナユが小さく笑った。

 篤はぼそっと小声で、

「動物の方が本能むき出しって思ってたけどな……」

「あんたの気魂はちゃんと元の体に戻る。前話した、気魂と残気の関係だ」ナユが説明する。

「現し世の頭の中に、気魂の痕があってそれを目指して飛んでいくって話だね」

 そうだ、と篤の言葉にナユは首肯した。

「さあ、そろそろよろしいですか?」

 術者が声を張り上げた。

 へい、とナユは言うと、入り口の脇にある椅子に腰かけた。

「ありがとう、みんな!」

 最後に手をあげてそう言って見せた篤に、

「現し世に戻っても俺たちのこと忘れるなよ? 確実に忘れるけどな!」

 ホーが言ったあと、ナユがぽろぽろと涙粒をこぼしつつ、

「こちらこそ……ひっく……ありがとう……」懸命に涙を手で拭いていた。

「シオリによろしく!」

 篤が手を振ると、ナユも泣きながら片手を振った。

「アタシからも礼を言うわ、安藤さん。ありがとうございました!」

 コロネの感謝に、横たわる篤は高く腕を伸ばして見せた。

 術者が篤にそっと囁く。

「では、始めます……」

 術者が装置についていた、スイッチなどを押し、寝台と繋がっている箱に石を入れたりなどしたあと、瞑目し何やら詠唱し始めた。

 仰向けになっていた篤の目の前にあった、ドーム型に迫り出した鏡のような装置が白く輝き始めた。

 光の粒子が、小さい状態から大きくなっていきながら、篤の体を包む。

 温かい人の体温のような心地に、篤の緊張感はほぐれ、ゆっくりと目を閉じた。

 次第に、ホーやナユ、コロネや、術者の気配も感じなくなり、篤自身の体の感覚も薄れていった。

 この光に溶け込むように……。


 その日は朝から忙しかった。

 寝坊したのに加え、拓海が便をオムツから漏らしてしまい、彩はオムツの取り替えなどでてんやわんやだった。篤は自分で朝食を用意し、平らげると、食器をシンクに浸け、出勤用の服に着替えたのち、彩に一言告げようとした。

「いつもありがとう、彩……」

「ごめーん、ご飯作れなかった。お昼もコンビニとかにして」

「わかった。彩もあまり無理しないでね」

 じゃ、行ってくるよ、と彩の肩を二回ほど優しく叩き、拓海に手を振って見せると職場へ向かった。


 児童相談所に着くと、先日相談所に預けていた子供の母親が、朝から施設前で待ち構えていた。タバコを吸っており、足元には吸い殻が散乱している。

 自転車通勤だった篤は、駐輪場に自転車を置き、怒られるつもりで、その母親に挨拶をした。

「おはようございます……」

「娘、返しもらうからね……」

 睨み付けられ、篤の胃がキリキリと痛む。

 それだけの言葉を交わして施設内に入った。

「おはようございます」

 篤が挨拶すると、四方八方から職員の挨拶が返ってくる。

「いたでしょ?」

 豊橋がいつもの溌剌とした調子で言った。

 エントランス前にいた婦人は、先日職権保護した三才の娘を取り戻しに来たようだ。夫も健在だが、その娘の体の至るところに痣があり、近隣からの通報も兼ね、保護せざるをえなくなったのだ。

 婦人から苛烈に怒鳴り付けられたこともあった篤は溜め息混じりに、

「いました……」

 気持ちがしぼんだような声だった。

「朝からそんなんじゃ持たないわよー」

 豊橋は言うと椅子から立ち上がり、篤の背中を叩いた。

「顔、洗ってきなさい!」


「全部持ってっちゃいましたね……」

 篤の様子をどこからか眺めつつ、そう一言発するシオリ。

「息子も元気になって、奥さんも健康……。クミからは一度、偽の映像を見せられて、安藤さんに心石集めのやる気を出させたって供述があったが……」

 シオリの話し相手になっていたのはダンジロウだった。

 ダンジロウからそう言われ、シオリは一連の篤の仕事ぶりを見、

「全部持ってっちゃいましたけど、篤さんのこれからは地味に大変そうです……」

 年長者のダンジロウは、他者の苦労を自分のことのように知っていると言わんばかりに、

「まだ若いからな……。人生これからだよ。もっともっと大変なことが起こるかもしれん……」

 施設の玄関で待っていた中年女性に必死に頭を下げる篤に、太陽はさんさんと光を降り注いでいた。

 篤を元気づけるかのように。



 狭間の赤きカラス纏い    了 


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狭間の赤きカラス纏い ポンコツ・サイシン @nikushio

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