第三章③
クミの家で、篤とホー、リツは一同に会した。
「まあ、なんだ……その……」
しどろもどろのホーに、リツは明るい表情で、
「戻れなくて残念だったけど、ワタシやホーは歓迎するよっ」
「ああ……」せっかくの温かい出迎えに、篤はうつ向き加減でそう言った。
「いや、俺は別に歓迎なんてしてねえ」
「ああ……」
「むしろ、俺のミスが近くにいるっていう感じでやりにくい」
「ああ……」
「ああってお前なあ……」
ホーの言にも上の空の篤だった。
「無理しないで、安藤さん……」
「無理なんてしてないさ」
リツのその台詞には素直に答えた。
「それより、ホーみたいに現し世に行けるようになるには、どうすればいい?」
篤は切望するようにそう言った。
「やっぱお前、現し世に戻りてえのか?」
「奥さんのことが気になる?」
ホーの言葉のあとリツが頭を傾げた。
「それもある、が……。これからやろうとしていることは地道にやっていくしかないことだと思ってる。獄骸討伐と、心石の収集だ。それをより多く集め、現し世にちゃんと戻るには、クミさんにそれを差し出し、再び現し世に戻るための儀式の準備を整える必要がある。それと……」
「なんだ?」ホーが腕を組んだ。
「現し世での獄骸出現の事件は解決していない。町の平和を取り戻すには、やっぱり現し世を行き来できる力が必要だと思って……」
子供やその両親が、少なくともこれまで三件の被害にあったことが篤の記憶としても残っている。超人的なカラス纏いの力を得た今、現実に起こっている出来事を解決させる手段を得たことと同じだ。
「まっとうな理由があるからと言って、俺みたいな奴になれるとは限らねえ。天獄には天獄のルールみたいなのがあるからな。それに則ればお前でも現し世とここを行き来できるようになる」
「だから、そのためにはどうすればいいんだ?」
「現し世と行き来するためには、強靭な体力と精神が必要だ。特にお前の生まれ故郷でもあるから、心の迷いがいつでも生じる可能性がある。それに流されない強さと、戦闘力も必要だな。獄骸も弱いやつばかりじゃねえ。大獄骸つってな。通常の獄骸の数倍の大きさが時おり出現する。獄側では頻繁に出てくることもある。そいつを少なくとも三体は倒さなきゃならねえ。そうすれば、天獄統合中央局も認めてくれるだろう」
「天獄統合中央局?」篤は首をかしげた。
「獄骸などの様々な害獣を駆除する、俺たちみたいなのを管理、統制する施設だ。俺もそこで許可を得たからこそ、現し世を行き来できる」
「よし!」
篤の目が鋭くなった。
「早速獄側に行こう!」
獄側の最も際にある場所――。
と言っても、天獄は両側とも星のように球体で、ホーの話では最も際にあると言っても広大な土地の一部になるという。
篤たち三人は、ラッカとコロネを連れて、獄側のとある町にやって来ていた。
湯水の出る町。大小様々な旅館が軒を連ね、灰色にやや黒が混ざったような空模様の下で町中を行く。
「ばあばからお土産頼まれちゃった……」
リツの用事を先に済ませようと、やって来たのは温泉街の土産屋。タバコーヒーまんじゅうという名物をクミから頼まれたようだ。
「あのババア……。自分のことしか考えてねえみてえじゃねえか……」
ホーが忌々しく呟く。
篤としてもなるべくこまごまとした用事を避け、本題に取り組みたかったが、自己中心的と捉えられても嫌だと、黙って付き添っていた。
土産屋の外でホーが腕を組んで突っ立っているのを尻目に、リツの傍らで土産を一通り眺めたあと、彼女に質問した。
「お姉さん、見つかりそう?」
会計を済ませて袋片手に、篤の方を向くリツ。
「それが全然……。どこにいるのかなって思って……。安藤さんも手伝ってくれるの?」
「早いとこ、本題にかかりたいんだけどね。リツの言うお姉さんってどんな人か気にもなって……」
「人がいいねえ……」と言いつつ、リツは土産の入った袋の中に手をいれ、
「これあげるよ!」
溌剌と言うリツの手には小さなまんじゅうがあった。
「クミさんのじゃないのかい?」
「これワタシの分だから」
「じ、じゃあいただきます……」
包装紙を開け、口にする篤。一見どこでもあるような丸い茶菓子だった。食してみると、コーヒーの苦味とタバコの独特な煙っぽさが口の中に広がるという妙な味加減で、同時に仄かな甘味もあった。
土産屋から出ながら、ラッカとコロネにも餌代わりにあげていた。
「お姉ちゃんの名前、まだ言ってなかったよね……」
外にいたホーと合流し、温泉街を散策する。
「シホ……」
しばらく歩くと、リツはそう小さく呟いた。
「お姉さん、シホって言うんだね」
「うん。昔から優しかったな……。ワタシと二人きりで天側の古いアパートで暮らしてた。当番決めて、代わり番こで掃除とか洗濯とかやっていたんだけど、たまにサボるのがばれるとめちゃくちゃ怒られた。お姉ちゃん怒るとめっちゃ怖いんだよ……」
穏やかに微笑むリツに、思わず篤の顔も綻ぶ。
「僕も奥さんとはそうだったな。代わり代わりで、掃除、洗濯……食事も作ったりなんかして……」
「優しい旦那さんだねえ」
ホーはどういうわけか黙って耳を傾けていた。話を聞いているかさえもわからなかったが、広い帽子のつばに、ラッカとコロネを乗せていた。
「それで……」と篤が以前、リツから聞いていた占いの話を思い出しながら、
「お姉さんの居場所のヒントとなるのが、森の中の泉と二匹の稚魚だったね」
「そうなんだけど、あまり宛にはならないかなあ。だって全く関連性がないようなんだもん」
それは篤も以前聞いていたことだったため、その話題に振った自分に後ろめたさを感じながら別の話題に切り替えようとした。しかしそこでホーが割り込んできた。
「会話中に悪いが、何で俺たちが温泉街なんて歩いてるかわかるか?」
「温泉に入るため?」
リツがわざとらしく惚けて見せた。
「バカ、ちげえよ。大獄骸の住み処がこの温泉街の下層にあるって言われているからだ。ほれ見てみろ」
ホーが顎をしゃくった先には、灰色の空模様の下にその威容を構える山塊があった。
獄側は二層式構造で、下層がごみを収集し焼却する場だと篤も聞いていた。
「温泉街なんて言ってるが、その実態はこれだ。ごみの山を地下で燃やしてその熱でお湯を沸かしてんだ。ババアが土産頼んだのは、ちゃんと篤の面倒見てるかどうかも見るためだ」
篤たちのいる場所からごみの山とは離れているが、異臭もどことなく嗅ぎとれる。
その時、篤たちの横から、人影が現れた。
整った顔立ちの中央に、すっと伸びた鼻梁。白皙の顔は大人しげで、黒髪はリツよりも短く、肩の辺りまであった。物静かな美しい女性。篤はその美貌に一瞬目が止まった。
女性は手にしていたホイッスルをけたたましく吹き鳴らした。サッカーの試合開始とどことなく似ている。
すると、地面が激しく揺れ、ごみの山が崩れ始めた。その中から骨の浮き出た黒い骸骨が二体、篤たちの前に姿を現した。
「早速現れやがったな……」
「まさか、あれが……」
「そう、大獄骸だ……!」
ホーが断言するのを横目に、篤はその姿を凝視した。
普通の獄骸は四肢を曲げ四つん這いになって移動するが、大獄骸は二本脚で立ち、大きさも人の成りより、数倍は大きい。
その出で立ちに、篤は息を飲んだ。一方で篤は笛を吹いた女性のことが気になっていた。
「くちばし銃の火力を上げることで仕留めやすくなる。そのぶん残弾数は減るが、大獄骸なら倒せるはずだ。聞いてるか、篤!」
ホーが顔を向けた先に、篤の姿はなかった。
「あいつ、どこ行きやがった⁉」
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