第二章⑤

 木造平屋の自宅で、老婆は密かな楽しみを堪能していた。

 宝石を小箱から取り出しては、拡大鏡でじっくりとその美しさを観賞する。

「けっけっけっ……。この輝き、この硬質感……。素晴らしいね……」

 水色に光るその宝石に魅せられた老婆は、暗闇に笑みを浮べていた。


 森を出、階段を下りると、三人は横並びで立った。

「それで……」

 と篤は両側にいるホーとリツに問いかけようとして、リツの声と重なった。

「どうやって……」

「どうやってカラスを纏うかってことでしょ?」

「そうそう」篤は小さく何度も頷いた。

「合図を決めれば、カラスもタイミングがわかるから」

「合図か……。コロネどうしようか?」

「インパクトのある物にしましょう。例えば……」

「例えば?」

「キングクリムゾン! とか……」

「自分を王に見立てるとか、コロネって猫被ってる?」

「冗談よ」篤の肩にいたコロネはつんと軽くくちばしで篤の頬をつついた。

「リツとラッカはどうしてる?」

「ワタシは単に、ラッカ! って、名前呼んでるけど」

「僕らもそうしようか?」

「こういうのはどう?」

 コロネが耳元で囁いたその提案に、篤は思わず赤面した。

「なになに?」リツの好奇心が疼いたようだ。

「彩、愛してる!」

 篤が叫んだ。するとコロネは篤の肩から飛び立ち、篤の真後ろへと方向転換した。そのまま篤の後頭部へ不時着するように両の翼を広げつつ、翼が篤の顔を覆った。

 一瞬の閃きと共に、篤の体が変化した。

 見てくれはホーと変わらず、円くて広いつばの帽子に、クラウンの部分は、コロネの頭部が飛び出、首の後ろ側から肩、腰の辺りまで赤い羽根のマントが垂れ下がる。顔もホーのように陰がかっており、双眸は怪しい光を放つ。羽に覆われきれなかった腹部と両脚は、胴回りと脛に簡素な装甲がはめられていた。

「赤か。ずいぶんと目立つじゃねえか」

 ホーが言う一方、リツもカラス纏いの状態に変化し、その出で立ちも、黒いのも相俟ってホーにそっくりだった。唯一の異なる点はホーに比べ小柄なところだろう。

「カラス纏いになると、武器はそのカラスの体みたいな銃を持つことになるんだ。確かめてみろ」

 ホーに言われるがまま、腰の横に下げていた異物に手を伸ばすと、それがホーの言う銃であることがわかった。

 くちばしの部分が銃口で、脚は引き金とグリップと化し、尻尾は銃身の後ろへと伸びている。

「くちばしが弾になってる。脚の部分の引き金を引くと発射できる。今は使うなよ。大事なときにとっておけ」

「弾の数は?」カラス纏い化した篤が問いかける。

「後ろに伸びた羽根一枚が、およそ六発分だ。羽根がなくなると生えてくるまで撃てなくなる。生えてくるまでの時間はカラスによってまちまちだが、いくらか時間はかかる」

 銃をよく見てみると、確かに撃鉄の部分に羽が何本も重なって生えていた。

「それで一番気がかりなことは……」

「どうやって天獄まで行くかだよね? 簡単だよ!」

 戦士化してもリツの溌剌さは健在だ。

「こうして羽根の端っこを指で摘まんで……」

「ひゅっと!」と羽根つきのマントを翻したと同時にリツが消えた。

「あいつも適当だな。いいか、頭の中で天獄のイメージをすることが重要だ。まだやったことのないお前にゃ想像もできやしねえだろうから、俺が手伝ってやる。俺の肩に手を置け。もう片方の手はマントを掴め」

 言われた通りにした途端、ホーがマントを翻し、見計らっていた篤もそれを真似た。


 天獄――。

 ここは天側と獄側の境目にある役所前の階段。

 くるりと回転しながら、リツは到着した。

 クリーム色に近い白色に統一された役所の威容は、その大きさから見上げるのも一苦労だ。

 先ほど、気魂飛翔の儀があったため、施設の周りや中は死んだばかりの人であふれ返っている。

 ここを訪れるのも久しぶりか。リツはカラスを纏った状態から人間の姿に戻ると、行き交う人々の姿を見ながら、篤たちを待った。

 直後にホーと篤が到着した。

 篤は目を回しており、地べたに座り込んだ。

「カラス纏いを解け、篤!」

 ホーのその言葉が合図となったのか、コロネが気を効かせ、カラス纏いを解いてくれた。

「リツ、もっとちゃんと教えとけ! 危うく迷子になるとこだったぞ!」

「ごめーん。イメージのこと言うの忘れてた」

「お前はここでしばらく休んでろ。俺とリツは役所から許可をもらってくる」

 せっかちな性格なのか、ホーは篤にそう言い聞かせると、リツと一緒に階段を上がっていった。

 役所への入り口へは、階段を上っていくことになるが、階段の造りはまっすぐ上に伸びているわけではなく、左右に上へと上っていくように、ジグザグ状だった。

 篤はその最上段の手すりに腕を乗せ、高台から天獄を俯瞰した。

 役所のあるここは天獄との境にあり、左に視線を移すと、白い輝きに包まれたような風景があった。よく目を凝らすと、白い建築物が多く並び立っている。それがひと目見て、天側のイメージを印象づけているようだ。

 右には黒色に染まった風景があり、そちらは黒い建築物が並立し、獄側のイメージからか、ダークな見た目だった。

 ――観光なんてしてる場合じゃないんだけどな……。でも、この景色が見れたのはよかったと言えばよかったか……。

 前方には、現し世との境界線となる狭間があり、小さな楕円形の岩が点在していた。

 ――ちょっと状況に流されてる感あるな……。ま、しょうがないか。この後すぐに元の世界に戻れるのであれば……。

「どうしようかねえ……」

 一人の壮年が、階段の下で嘆いていた。傍らには中年の女性がおり、

「あの子、一人残してきちゃったねえ……」女性が小声で言うと壮年は、

「ずっと家に籠りきりで……。学校にも行ってなかったから、私たちがいなくなってさぞかし混乱してるだろうねえ」

「私が間違ってアクセルを踏まなきゃよかった……」

 婦人がそう後ろめたく言いながら、壮年の胸元に頭を埋めた。

 篤の反対側の手すりには、小さな女の子と母親らしき女性がすすり泣いていた。

「お父さん……。ごめんなさい」

「もういいのよ……。泣くのはもう止めよう、ね……」

 となだめる母の目にも涙粒があった。

 人の往来の最中、意図せずして目撃してしまった。

 嫌なものを見てしまったな、と篤は苦い顔をしつつ、もしかしたら自分にもあり得ることなのかもしれないと思うと一瞬背筋に悪寒が走った。

「気になった?」

 こそっとコロネが篤の肩で言った。

「ここにはああいう訳ありの人も沢山くるわ。ま、死後の世界だから、当然なのだけど……。ああいうのを見ちゃうと、いくらカラスのアタシでも、憂鬱になっちゃうわよねえ……」

「待たせてわりいな、篤!」

 後ろから肩を叩いてきたのはホーだった。

「意外と早かったね」

「手続き自体は早く終わるんだ。だからめんどくさいんだよな」

「とかいって、時間かかればかかったで文句言うくせに」

 コロネに指摘されるとホーは、はっはっはっと笑いながら仰け反って、

「ま、そうなんだがな……」

 とのやり取りを横目に、篤はリツの姿が見えないのが気になった。

「リツは?」

「あいつなら別行動だ。あまり時間かけるなとは言ってある。俺もババアにお使い頼まれてるからな。ここは二人で探索と行こう」

「探索?」

「まあ、楽しみにしてろって……」

 そう言うと、ホーと篤は獄側へと向かって階段を下りていった。

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