第四章①

 トクコたちを見送った篤たちは、リツの提案で役所内のラウンジで茶でも飲もうか、という話になった。

 ところが、エレベーターに向かう途中、急に後ろから何者かに呼び止められた。

「お待ちください、お三方……」

「シオリちゃん!」

 振り向き様にリツの言うそのシオリという少女は、まだ子供くらいに背が低かった。着ている黒いスーツに、洒落気のある白い襟が首もとから出、大人っぽさを装っているが、顔はどう見ても十三歳くらいの少女だった。

 濡れ羽色の髪を肩まで伸ばし、ツーサイドアップに結うその髪型は、端整というよりはあどけなさのある顔から見ても、どこか子犬のような趣がある。

「申し遅れました。わたくし、天獄統合中央局の、討伐課副課長を勤めております、シオリと申します」

 ごそごそと、手にあった革製の鞄から、何かを取り出し篤の前に差し出したのは、包みに入った割り箸だった。

「え……?」

 篤は怪訝にシオリを見ると、割り箸に気づいたシオリは、

「あっ間違えました……。こちらですね……」

 言ってメガネケースを差し出した。

「えっ……あ……ああ……」

 受けとろうとしない篤に、シオリは慌てて、

「ごめんなさい、これはわたしの……」

 いそいそと眼鏡をかけるシオリ。

「えっ……あ……ああ……」

 恥ずかしげにこほん、と咳払いをするシオリ。結局何を渡したかったのかわからず、篤はぼうっとしていた。

「何かご用ですか?」

 リツの問いに、シオリはメガネケースを革バッグにしまいつつ、

「お三方に、天獄統合中央局の討伐課課長からお話しがあるとのことです。わたしからも一度あなた方とお話ししたいと思っていたところでして」

 討伐課の課長や副課長が出てくるとなると、篤はやはりあの話だろうかと考えた。

 ――誤殺の件かな、やっぱり……。

 ちらっと横目でホーを見ると、

「ちょっと便所行ってくるわ……」

「すぐ戻ってきてね!」

 リツが言うと、ホーは背中を見せながら片手を挙げた。


 事務局のある建物内の一室で、座るシオリの前に机を挟んで、篤とリツは座っていた。

「久しぶりですね、リツ。ナユちゃんはお元気ですか?」

「元気ですよ!」

 ナユちゃん? 篤はその聞きなれぬ名前に、思わずリツの方を向いた。

「クミばあばの手伝いをしてる子なの。受け付け担当の子でね。いつも地下にこもってるから、安藤さんも知らなかったと思う」

 そんな子がいたんだ、と感心しつつ、前を向き直ると、奥の扉から一人の長身の男性が入ってきた。

 同時にホーもトイレから戻ってきたようで、篤の後ろに座った。

 篤はホーの異変にどことなく気づいた。

 ――香水か、何かの匂いがする……。ホーって意外とおしゃれなのか?

「お待たせしてすみませんね……」

 シオリの横に座る中年男性。細面に白髪は中央で分けられ、あごひげを生やしている。目もとは穏やかそうに細められ、篤たちを見据えていた。黒いスーツ姿は、シオリと繋がりのある役職上当然か。篤はこの人物が討伐課課長だと推測した。

 案の定、この白髪の男性は、

「討伐課課長、ダンジロウと申します……」

 言って、軽く頭を下げた。ダンジロウは続ける。

「まずは、安藤篤さん……」

 は、はい! と篤は名を呼ばれ、かしこまった。

「他のお二人からもあったかとは思いますが、まずは謝罪を……」

 そして、シオリとともに起立したダンジロウたちは、深々と頭を下げた。

「狭間の方々の生業ごとに巻き込まれる形となり、謝罪が遅れたことも含め謝らせていただきます……」

 旋毛を見せる二人は、床に視線を落としたまま、

「申し訳ありませんでした……」と口を揃えた。

 篤は慌てて、

「い、いえ! 別に僕は……」

「この件に関して、クミさんとホーさんは、獄側への流罪が決まっております」

「流罪?」と篤は問いかけた。すると後方にいたホーが、

「獄側で労働させられるんだ。カラス纏いの仕事もできなくなる。獄側には温泉があるがそれにも浸かることはできなくてな。そういう環境下で転生まで生きるってことだ。見張りもついて娯楽って言う娯楽もない場所で寝泊まりする。規則を破ったり、傷害事件とか犯すと獄骸になるか、転生させられる。転生先も戦争の絶えない場所だったり、苦労を強いられる……。ま、お前を誤殺してしまった罪としては妥当なところだ」

 転生と言っても、転生先が恵まれた環境であるとは限らないと篤も聞いたことがある。ホーやクミが罪人としてそれに従わざるを得ないとしても、苦渋を舐めさせられる環境であれば、本人たちには喜ばしいことではないだろう。

 ダンジロウとシオリは座り直すと、ダンジロウが再び話し出す。

「篤さんをこのまま生き返らすことは、現段階では不可能でして……。それは篤さんの気魂が一つしか存在しておらず、復活するとなると、最低でも二つは必要となるからです」

「クミさんとは示談した結果、僕がカラス纏いになって、クミさんが行う復活の儀式に必要な素材などを僕が集めていくという風な話になっているんですが……」

「そうですか」とダンジロウは薄く笑みを浮かべ、

「双方ともに話がついているんでしたらそれで結構です。しかし、あなたのカラス纏いの力では、現し世を行き来できる存在にはなれても、術者であるクミさんの術を成就させるための心石の質が落ちてしまうことになる。十分の一程度の価値にしかならなくなってしまうので、時間がかかることになるかと」

「十分の一……」

 その数値に、篤は思わず繰り返した。それは十体を倒してようやく一体分の価値になるということだ。

 コロネも篤を案じてか、篤の肩でこう言った。

「申し訳ないかとは思うけど、それがアタシの能力のデメリットでもあるの。このままだと時間がかかるし、どうする? アタシとは関係を解いて、他の誰かと……」

 篤としてはすぐには返答できずにいた。他人の命に構うか、自分を優先するか……。彩なら迷うことなく、自分や家族を優先しようとするだろうし、誤って殺されたからには、殺めた本人を追求し、速やかに罰を受けさせ、復活の段取りのための準備である心石収集に専念しただろう。篤にもその方がもっとも近道であるし、道理であるような気もした。

「どのみち」とダンジロウが口を開く。

「復活するとなると、心石集めに時間を費やすことになります。今すぐにというのは無理でしょう。これは私たち中央局からの確認でもあるのです。安藤さん、あなたの様々な現状をあなた自身が受け入れられるかどうかという……」

 篤の顔が険しいものに変わった。ダンジロウが途中で言葉を切ったのも、その表情を見たからだろうか。

「少し、考える時間を……」

「わかりました。では、すみませんがここから先は席を外してくださいますようお願い致します。実はホーやリツさんにまだお話ししたいことがあり、篤さんの同席は控えていただきたいので……」

 シオリのその台詞に篤は頷くと、シオリが鞄の中をまさぐり始めた。

 そして、何やら名刺を篤の前に差し出し、

「私はこういう者です。お見知りおきください」

 名刺にはシオリという名が記されていただけだった。

「さっき渡そうとしてできなかったものがこれです」

 篤は苦笑し、それを受けとると、

 ――本来なら初見のときに渡すものなんじゃないか……?

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