第28話 勇気を
わたしは
練習中みたいで、ちょっと時間がかかるみたいだった。
そのときにリンクの建物に知り合いが、練習ウェアを着て入ってきた。
「あ、みっちゃん。久しぶりだね!」
「うん。
「みっちゃんはなんでここに?」
「佑李くんに呼ばれて……ここで待ってれば、大丈夫って言われたの」
美樹ちゃんはなんかびっくりしている。
わたしは首をかしげたときに、彼女に肩を掴まれた。
「みっちゃん……佑李くんとつきあってるの?」
美樹ちゃんの迫力に押されてうなずく。
固まっていたけど、そのまま少しだけ深呼吸をしていた。
とてもびっくりしているのは、明らかだと思う。
「マジで……ゆ、佑李くん。どうりで練習のときめちゃくちゃ楽しそうにしてるし、彼女ができたのかな? って噂してたの」
「え、そうなんだね……」
そのとき、リンク側の厚いドアが開いた。
なぜか髪型をセットした佑李くんが顔を覗かせていた。
「あ……彼氏だ~」
美樹ちゃんがそう言うと佑李くんは顔を赤くしている。
「あ、美樹ちゃん! やめろ、その言い方……恥ずかしいだろ。みっちゃんわここじゃあれだし、外でもいいかな?」
「うん……」
そのときに美樹ちゃんはストレッチを終えて、荷物を持ち上げている。
「うん。うちは更衣室で着替えてくるから、お二人で仲良くどうぞ~!」
そう言って女子更衣室の方に向かった。
佑李くんはジャージを着て、一緒にリンクの建物を出た。
わたしは佑李くんが着ていた服を見てびっくりした。
「佑李くん……その格好って?」
「これ? ショートプログラムの衣装。ちょっと手直ししてもらって、今日しか衣装を着て滑れないんだ」
ショートプログラムの衣装は黒地に赤と金がきれいに刺繍やラインストーンがきれいにつけられている。
「そうなんだね。とても素敵だよ」
そのときに佑李くんは顔を赤くして、少しだけ真剣な表情になっている。
「みっちゃん……ブレスレット、お守りにする。勇気を分けてほしい」
それは始業式に渡したブレスレットで、大切にしてくれているみたいだった。
わたしはそのブレスレットを手に取って、そっと祈るように目を閉じた。
――いつも通りの演技ができるよ。
その思いをブレスレットに注入して、佑李くんにブレスレットを返した。
それを佑李くんは手首につけ直し、わたしの手を引いた。
「佑李くん?」
そっと抱きしめられて、心臓がドキドキしていた。
「試合……がんばってくるよ。
めったに呼ばれない名前で呼ばれて、さらに心臓の鼓動が早くなる。
そっと体を離れて佑李くんの手を握った。
「行ってらっしゃい、応援してる!」
そう言ってわたしは、走って駅の改札へ走っていく。
繋がれた手が熱くなって、まだその感覚が残っていた。
********************
【佑李side】
俺はみっちゃんの背中を見送って、少しだけ深呼吸をする。
心臓が激しく波打っている。普段はこんなことは全くないのに、みっちゃんといるとしょっちゅうある。
「はあぁぁぁ……」
リンクに戻るとすぐに練習を再開することにした。
「どうしたの。佑李くん、みっちゃんと話してきたんでしょ?」
美樹ちゃんがリンクの客席でシューズを履いていて、俺もその近くで靴紐を結っていく。
「そういえば、つきあい始めたんだって?」
「うん。みっちゃんから聞いたのか?」
「そうだよ。佑李くん、良かったじゃん!」
美樹ちゃんは気になっているのか、話を掘り下げていく。
「そのブレスレット、買ったの?」
「いや。みっちゃんからもらって……試合でつけるつもり」
曲かけ練習を始められるように準備をして、いままで着ていたジャージを脱いだ。
「へぇ。幸せそうだね、佑李くん」
「え。幸せそうに見えるか?」
幸せそうに見えたようで、少しだけ美樹ちゃんはうなずく。
「だって。みっちゃんとつきあい始めて、表情が柔らかくなって思って」
そのときにみっちゃんと一緒にいるときは、いつも素のままでいられたと思っていた気がする。
「うん。みっちゃんが変えてくれた」
俺はすぐにリンクに入って、リンクの中央でポーズをとった。
試合では全力を出しきりたい。
その思いを胸に曲に乗せて滑り始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます