第28話 勇気を

 佑李ゆうりくんの試合があと一週間くらいで、開催地のあるオーストリアへと向かう。

 わたしは東原ひがしはらスケートリンクの受付で佑李くんと待ち合わせをしている。

 練習中みたいで、ちょっと時間がかかるみたいだった。

 そのときにリンクの建物に知り合いが、練習ウェアを着て入ってきた。

「あ、みっちゃん。久しぶりだね!」

「うん。美樹みきちゃん、久しぶり」

 舘野たての美樹ちゃんがたまたまスケートリンクに来ていて、美樹ちゃんが軽くストレッチをしているときに二人で話を始めたの。

「みっちゃんはなんでここに?」

「佑李くんに呼ばれて……ここで待ってれば、大丈夫って言われたの」

 美樹ちゃんはなんかびっくりしている。

 わたしは首をかしげたときに、彼女に肩を掴まれた。

「みっちゃん……佑李くんとつきあってるの?」

 美樹ちゃんの迫力に押されてうなずく。

 固まっていたけど、そのまま少しだけ深呼吸をしていた。

 とてもびっくりしているのは、明らかだと思う。

「マジで……ゆ、佑李くん。どうりで練習のときめちゃくちゃ楽しそうにしてるし、彼女ができたのかな? って噂してたの」

「え、そうなんだね……」

 そのとき、リンク側の厚いドアが開いた。

 なぜか髪型をセットした佑李くんが顔を覗かせていた。

「あ……彼氏だ~」

 美樹ちゃんがそう言うと佑李くんは顔を赤くしている。

「あ、美樹ちゃん! やめろ、その言い方……恥ずかしいだろ。みっちゃんわここじゃあれだし、外でもいいかな?」

「うん……」

 そのときに美樹ちゃんはストレッチを終えて、荷物を持ち上げている。

「うん。うちは更衣室で着替えてくるから、お二人で仲良くどうぞ~!」

 そう言って女子更衣室の方に向かった。

 佑李くんはジャージを着て、一緒にリンクの建物を出た。

 わたしは佑李くんが着ていた服を見てびっくりした。

「佑李くん……その格好って?」

「これ? ショートプログラムの衣装。ちょっと手直ししてもらって、今日しか衣装を着て滑れないんだ」

 ショートプログラムの衣装は黒地に赤と金がきれいに刺繍やラインストーンがきれいにつけられている。

「そうなんだね。とても素敵だよ」

 そのときに佑李くんは顔を赤くして、少しだけ真剣な表情になっている。

「みっちゃん……ブレスレット、お守りにする。勇気を分けてほしい」

 それは始業式に渡したブレスレットで、大切にしてくれているみたいだった。

 わたしはそのブレスレットを手に取って、そっと祈るように目を閉じた。


 ――いつも通りの演技ができるよ。


 その思いをブレスレットに注入して、佑李くんにブレスレットを返した。

 それを佑李くんは手首につけ直し、わたしの手を引いた。

「佑李くん?」

 そっと抱きしめられて、心臓がドキドキしていた。

「試合……がんばってくるよ。美智みち

 めったに呼ばれない名前で呼ばれて、さらに心臓の鼓動が早くなる。

 そっと体を離れて佑李くんの手を握った。

「行ってらっしゃい、応援してる!」

 そう言ってわたしは、走って駅の改札へ走っていく。

 繋がれた手が熱くなって、まだその感覚が残っていた。


********************


【佑李side】

 俺はみっちゃんの背中を見送って、少しだけ深呼吸をする。

 心臓が激しく波打っている。普段はこんなことは全くないのに、みっちゃんといるとしょっちゅうある。

「はあぁぁぁ……」

 リンクに戻るとすぐに練習を再開することにした。

「どうしたの。佑李くん、みっちゃんと話してきたんでしょ?」

 美樹ちゃんがリンクの客席でシューズを履いていて、俺もその近くで靴紐を結っていく。

「そういえば、つきあい始めたんだって?」

「うん。みっちゃんから聞いたのか?」

「そうだよ。佑李くん、良かったじゃん!」

 美樹ちゃんは気になっているのか、話を掘り下げていく。

「そのブレスレット、買ったの?」

「いや。みっちゃんからもらって……試合でつけるつもり」

 曲かけ練習を始められるように準備をして、いままで着ていたジャージを脱いだ。

「へぇ。幸せそうだね、佑李くん」

「え。幸せそうに見えるか?」

 幸せそうに見えたようで、少しだけ美樹ちゃんはうなずく。

「だって。みっちゃんとつきあい始めて、表情が柔らかくなって思って」

 そのときにみっちゃんと一緒にいるときは、いつも素のままでいられたと思っていた気がする。

「うん。みっちゃんが変えてくれた」

 俺はすぐにリンクに入って、リンクの中央でポーズをとった。

 試合では全力を出しきりたい。

 その思いを胸に曲に乗せて滑り始めた。

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