第18話 月の光(後編)【佑李side】

 俺は得点が表示されたモニターを見つめ、驚いて固まってしまった。

「うそ……マジで?」

「すごいよ! 自己ベストでダントツで暫定トップだ」

 隣に座っている大西おおにし先生とハイタッチをした。

 声が大きくて高くなってる、テンションが高くなってるのは明らかだった。

 俺は過去最高得点を叩き出して、二位とはかなりの点差があったのでびっくりした。

 こんなに高い点をもらえるのは初めてで、ちょっと信じられなかった。

「でも……覚えてないっすよ? 先生。滑っていたときのこと」

 俺はプログラムの間の記憶がなくなっていた。いわゆる「ゾーンに入っていた」という感じらしく、先生からもそう言われた。

 トップアスリートなら聞いたことがあったけど、自分がそうなるとは思っていなかった。

「ゾーンに入っていてもなくてもさ、これなら上位に入賞すると思う」

「うん。わかった……」

 キス&クライの場所を出ると、そのまま取材とかのインタビューを受けて更衣室に向かう。

 こんなに調子が良いのがとても不思議でしかなかった。

 フリーを滑り終えたとき、俺は目の前がキラキラと輝いて見えた。

 それは気のせいではなくて、まるで初めてスケートの試合に出たあとのようだった。

「また辞めたくないな……フィギュアスケート」



 男子シングルのフリーが終わった。

 これで全日本選手権の全競技が終了して、俺は男子シングルの総合七位になった。

 やっぱり最終グループとの点差はショートプログラムからついていたので仕方がなかったけど。

 全日本選手権までの今シーズンの成績をもとに選考した結果、俺は来年の二月にオーストリアで行われる国際大会に派遣されることになった。

 泊まってるホテルの部屋に戻ると、ベッドに寝転ぶ。

 俺には会いたいと思っていた人がいた。

 それは元リンクメイトのみっちゃんだった。

 同じスケートクラブで同じ時期にスケートを始めた女の子だった。

 みんなに「みっちゃん」と呼ばれていた。

 彼女とは話すことが少なかったけど、ノービス(ジュニアの下のカテゴリー)最後のシーズンはすごかった。

 そのときの白い半袖のパフスリーブに青いビスチェとスカート――バレエ『ジゼル』の衣装がとても似合っていた。

 俺が全日本ノービスというシニアの全日本選手権のようなノービスの全国大会があった。

 みっちゃんは二位になったけど、俺はボロボロの演技をして会場の隅っこで泣きじゃくっていた。

佑李ゆうりくん」

「なんで、来たんだよ……」

 みっちゃんは思いもよらないことを話した。

「とてもかっこよかったよ」

「かっこよくないよ……関係ないだろ。みっちゃんとは」

 もう俺はふてくされた感じで言った。

「わたし、今シーズンでスケートを辞める」

 俺はその言葉を聞いて、とてもびっくりした。

「どうして……」

「小六の頃から体が変化してきて、ジャンプも思ったように跳べないの。もうスケートをしたくないって思ったの」

 みっちゃんは俺の両手を取り、念を送るように握りしめた。

「佑李くんは絶対に強くなる。わたし、応援してるから」

 その瞬間、俺は彼女のことが好きになっていた。

 みっちゃんが碧峰あおみねだということをわかったのはつい最近で、それで余計に意識してしまう。

 スマホを見ると碧峰からメッセージが来ていた。

『お疲れ様』と書かれただけのメッセージだったけど、俺はとても嬉しくなってしまった。少しだけ疲れが吹っ飛んだ。

『応援してくれて、ありがとう』と、メッセージを送り、俺は寝る支度をすることにした。

 心臓がとてもドキドキして、なかなか寝つけなかった。

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