最終章 未来へ
第31話 軽やかに堂々と【佑李side】
俺のいるグループの六分間練習が終わり、抽選会の結果でショートプログラムはこのグループの二番目になった。
「調子は良さそうだね、
「大丈夫です」
公式練習では四回転ルッツを成功させてはいるけど、プログラムに入れるまでにはなっていないので今回はいつも通りの演技構成。
グループが始まったときの暫定トップはジュニアスケーターのアレクサンドル・ペトロフ選手、四回転ルッツを見事に成功させている。
「佑李くん、出番が来たよ」
「はい」
昔から直前に緊張するタイプで、普段は出番を呼ばれてから心臓がドキドキする。
「あれ? 今日は堂々としてるね」
今日は緊張するというよりはワクワクする気持ち、不思議と試合とは全く違う感覚になっている。
「サーシャに負けたくないんだ。いまからでも遅くないし……」
俺はふと電光掲示板を見つめる。
サーシャの得点は俺の自己ベストを軽々越えているので、四回転ルッツを解禁しないと追いつけないかもしれない。
でも、いまは堂々と演技をするだけに集中することにした。
「――representing Japan. Yuri Katono!!」
アナウンスが聞こえてきて、衣装の上からリングを握りしめてブレスレットに触れる。
――大丈夫だ。
そのときに俺は片手をあげるポーズをしたとき、ショートプログラムのメロディーが流れてきた。
バレエの『ドン・キホーテ』だ。
序曲のメロディーのあとに四回転サルコウ+トリプルトウループを成功させた。
そこから本来の予定は四回転トウループ。
でも、俺は違うジャンプを跳ぶことにした。
すぐにルッツジャンプを踏み切って、回転軸をできるだけ細くする。
そのままきれいに着氷した途端。
「ワァァァァッ!」
客席からはびっくりするくらいの大歓声が聞こえてくるけど、なんか壁を挟んでいるようだった。
次はスピンを挟んでから、曲調が変わってステップシークエンスだった。
エスコートをするようなステップもあったりして、リズミカルなテンポで滑っていく。
エスコートする相手はみっちゃんをイメージしているのは、本人には内緒だけど。
そこから最後のコーダの部分でトリプルアクセルを成功させて、喜びは最高潮になってラストのスピンを始めた。
なんか足にも疲れが来ていないのが不思議で、曲が終わったと同時にポーズを取ると目の前がキラキラしている。
「あれ……? 俺、ノーミスだったの?」
呆然していたけど、客席におじぎをして得点を待つ場所へと向かった。
「佑李くん……いま、四回転ルッツ、跳んだよね?」
コーチである
「うん。自分でも信じられないけど……」
先生いわく四回転ルッツは完ぺきだったことを教えてくれた。
「すごかった。ノーミスだったし」
「大丈夫だったなら、問題ないですけど」
俺のショートの得点が出た。
「うそだろ……」
得点は僅差でサーシャよりは低くて、暫定二位に食らいついていた。
「惜しかったなぁ」
今日は試合が終わり、俺はショート二位でフリーに折り返した。
ホテルへ戻るときにサーシャと合流した。
「ユーリャ。ルッツも跳べたんだね」
ユーリャっていうのは俺の名前のロシアでの愛称だ。
名前も同じ発音でユーリってのもあるし。
「うん。ちょっとだけびっくりした」
するりとロシア語が話せるのは母さんに教わったのもあるけど、その前に覚えていたのかもしれない。
「でも、すごいかった」
俺は隣に座ると、話を続けることにした。
「ユーリャは父さんに似てるって思った」
「そんなことない」
「ほんとだよ。ユーリャ、父さんが現役時代のときにそっくりだもん……」
サーシャが言ったときに、胸がズキンと痛んだ。
それが原因で思い出してしまうことも多くあるのは本人は知らないと思う。
ジャージの上からネックレスを握りしめたまま、サーシャに何とか答えを出した。
「そう、かな?」
俺の肩に誰かの手を置かれた。
少し嫌な予感がして恐る恐る振り向いた。
「ユーリャシュカ。久しぶりだね」
そこにはダークブロンドにヘーゼルブラウンの瞳をしている男性が立っていた。
その男性の名前はミハイル・ペトロフ。
サーシャのコーチをしているフィギュアスケート元ロシア代表。
そして、サーシャと俺の父さんでもある人だ。
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