13.先輩は料理が上手
目を開けるとそこは見知った天井だった。丸い照明に照らされ、徐々に意識がはっきりとしていく。
ここは家? 帰って来たのか。あの怪物はどうなった。蒼ちゃんや田中は無事なのか。
慌てて飛び起き、あたりを見回す。ソファーの上に横になっていたらしい。胸元までかけられていた毛布がはらりと落ちる。
使い慣れた座卓にかけられたこたつ布団。一目惚れして買ったはいいが、すぐ汚してしまったカーペット。今朝リモコンが見当たらなかったテレビは、黒々とした液晶画面にぼんやりと照明の光を反射している。
「京介、気が付いたか」
座卓の上で遠慮なくスナック菓子をむさぼっていた田中がふと手を止めた。心なしか、前より小さくなっている気がする。
こたつにもぐりこんで船をこぐ蒼が視界の隅に映った。2人ともケガはしていないようだ。京介は安堵し、気が抜けるように大きく息を吐いた。
「マジで終わるかと思った…」
両手を顔に当て、ぐっと目を閉じる。よかった。無事に帰ってこれた。
「みんな無事だ。もう大丈夫だぞ」
菓子の包装紙をそばにあった輪ゴムでとめながら、田中は蒼に声をかけ、京介が目を覚ましたことを伝える。
さっきまで食べていたのは蒼が買いだめしていたスナック菓子か?
あぁ、そっか。俺が助かったのって。
京介はハッとなる。目をこする蒼の肩を容赦なく揺さぶる田中の、前よりも小さくなってしまったからだをじっと見つめる。
「…いや、ホント感謝。マジでありがとう」
「礼はいい。お前が無事でよかった」
にっと笑う田中の姿は、とても頼もしかった。
時計を見る。時刻は夜の7時。夕飯時だ。
何かメシでも作ろうかと立ち上がり、キッチンへ向かった。
「めっちゃ体の調子がいいわ。前より元気かもしれない」
「それは良かった。わたしも頑張ったかいがあるというものだ」
京介は何かしっかりとしたものを作ろうかと考えたが、今後のことを考えると食材の節約は必須であると思いなおし、冷蔵庫から作り置きしていたおかずを取り出した。
目が覚めたらしい蒼が立ち上がり、食器棚から皿やコップを取り出して座卓に置いた。3人分の食器だ。冷えたおかずを電子レンジに入れながら横目でそれを確認し、京介は無意識に微笑んだ。
蒼が他人に歩み寄っている。初めて見た光景かもしれない。
蒼は人と積極的に関わりたがる性格ではない。田中と仲良くなれたのなら、彼をここに連れてきた身としても嬉しいことだ。
「そういえば、あの怪物ってどうなったの?」
冷凍していた米をレンジにかけながら2人に尋ねる。コップに水をそそぐ蒼が、心なしかぴくりと肩を震わせた。
「よくわからないが自殺した」
「…自殺?」
田中が淡々と言い放った不吉な単語に顔をしかめ、思わず聞き返す。
「急にピタッと止まって自らを傷つけていた。あれは自殺だ。間違いない」
「そっか、どうしてそんな…」
あの、と、蒼が切りだす。
「怪物のことも気になりますけど。先輩は2階で何か見つけましたか?」
不自然な話題の変え方だ。怪物について話したくないのだろうか。蒼の態度に若干の違和感を覚えたが、怪物の話題を避けたい気持ちは容易に理解できる。あれはもういい。死んだのならそれでいいのだ。あれはただのバグ。それ以上でもそれ以下でもない。
それに、2階で見た日記や流という人物について共有したいのも事実だ。
温まった米を取り出して、蒼が出してくれていた茶碗によそう。
「それがさ、結構ヤバかったよ」
「アタリだったわ。あの家」
「なるほどな。つまり流という人物が犯人というわけか」
「まぁ、うん。そうだね」
情報を共有し終えたのは食事が終わったころだ。なるべく簡潔に話したつもりだが、かなり長くなってしまった。どうせなら、日記を持って帰って来た方がよかったかもしれない。
「じゃあソイツをどうにかすれば解決じゃないですか。そいつが儀式を始めたのなら、儀式を終わらせることだってできるはずだ」
きっぱりと言い放った蒼の意図するところを理解し、京介は少しまごついた。彼の言うことは至極当然だとわかっているが、言葉の物騒さにやや動揺してしまう。
「あ、たしかに…」
動揺をごまかすために、納得した様子を装って相槌を打つ。
まごつく京介とは反対に、田中は鋭い口調ではっきりと主張した。
「儀式は絶対に阻止するべきだな。儀式が成功すれば神とやらが蘇ってしまう。その神は人を材料にして蘇るものだぞ。絶対にロクなものではない。絶対に蘇らせてはいけない!」
田中の言うことには賛成だ。儀式は必ず止めなければならない。だがそのためには、流を、蒼の言葉を借りるのであれば、どうにかしないといけない。
流は儀式を成功させたい、自分たちは儀式を止めたい。互いに目指しているゴールが相反している以上、対立は避けられないはずだ。蒼の言うようにどうにかする、つまり、暴力的な手段で流と対峙しなければならない。
京介はそれが少し、怖かった。
流は生身の人間を材料にしてあの壁を作り上げた。当たり前だが、人間は壁にはならない。大勢を並べて、いわゆる肉の壁を構築することは可能だが、生身の人間を材料に壁を作る、なんてことは不可能だ。常識外れにもほどがある。もはやファンタジーだ。
あいつはそういうファンタジーをこの世に実現させてしまっている。
それに、屋敷で見つけた日記では『杭から抽出した神様を自分の身体に入れた』とされていた。もう意味がわからない。メチャクチャだ。
そういうメチャクチャなヤツを相手取ることに、京介は怖気づいてしまったのだ。
だが、恐怖していても意味はない。流との対立が避けられない以上、覚悟を決めるしかないのだ。
「その、うみなり様ってのは世界を海で満たす、とも言ってたんですよね? 儀式を阻止するのに俺は賛成しますよ。その神様は絶対にロクなもんじゃない」
蒼は座卓の上の空になった食器たちを重ね、キッチンへ向かった。食器を洗うのは彼の役割だ。ルームシェアを始めた時にそう決めた。
田中が提案する。
「何とかして儀式をやめさせよう。もしくはその方法を聞き出す。これが我々の次の目的だ。怪異を解決するにはそうするしかない」
ガチャンと激しい音を立てて、蒼がシンクに食器を置いた。
「明日、もう一度屋敷へ行きましょう。きっとそこにアイツはいる」
「…うん、わかった」
覚悟を決めたはずなのに、歯切れの悪い返事をしてしまった京介はいたたまれない気持ちになってしまう。誰かに責められているわけではないが、元々気にするタイプなのだ。自分で自分を責めてしまう。
胸のつかえを吐き出すようにふぅ、と息をつく。
京介は別な疑問を口にした。
「そういえばさ、儀式を成功させるにはうみなり様の御子ってのが必要なんでしょ? 流は御子を生み出すことに成功したって言ってたけど、その人はどこにいるんだろう」
田中は濡れ布きんを手に取って座卓をふいている。
「言われてみればそうだな。儀式を始めたのに鍵となる御子がいない、というのもおかしな話じゃないか」
京介はキッチンへ向かい、蒼が洗い終わった食器を拭いては、食器棚へ戻していった。
「流がどこかに匿ってるとか? でもあのお屋敷にはいなかったよね」
蒼はもくもくと食器の泡を水で洗い流していく。
「まぁ、いずれわかるかもしれないことだ。今はいったん保留にしておこう。疑問に思ったと、覚えていられればそれでいいだろう」
「うん、わかった」
京介は最後のコップを食器棚に戻し、戸を閉める。
「そうそう、2人ともお腹いっぱいになった?」
「えぇ、ごちそうさまでした。」
「あぁ、大丈夫だ。うまかったよ。」
「え、マジ? あらためてうまいって言われるとちょっと照れちゃうな」
京介は照れくさそうに微笑んだ。
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