第25話 全身全霊

 ダークエルフ。

 褐色の肌と長い耳が特徴の亜人種。

 太古、”黒き”神々の尖兵として戦い、敗れた種族。

 

 マナへの感受性が強く、ゆえに強力な魔術師を数多く有するといわれる。

 エルフと同じくして排他的。

 加えて攻撃的な性格から、闇社会における実力者でもある。

 

「ダークエルフに畳みかけろ!」


 俺たちは詠唱を開始する。

 

 相手はダークエルフと手負いの盗賊。

 たしかにダークエルフは強敵だ。

 ここにいる誰よりも強いだろう。

 

 一方こちらは数で勝り、

 しかも俺は(不安定ながら)治癒が使える。

 だれか一人でも残れば味方を回復できるのだ。

 

 リタを後ろに庇いながら俺は思考する。

 俺が障壁を唱えれば、リタと俺を同時に守れる。

 

 となると相手が狙うのは――

 

「”影斧”!」


 ダークエルフの影から黒い塊が浮かび上がる。

 すぐに手投げ斧の形をとったそれは、モニカに向け飛翔を開始した。

 

 速度は”影槍”よりも遅い。

 詠唱も若干遅かった。

 

(だから間に合った!)


「”対抗呪文”」


 俺の得意呪文の一つ。

 術者、または対象の精神力を一時的に高める。

 つまり魔術によるダメージを軽減できる。

 

 ゴブリンシャーマンと戦ってから、磨きをかけていた魔術のひとつだ。

 

 モニカの体へと、俺の魔力が伸びる。

 そして到達する。

 

「ぐっ!? 効くのぅ」


 それはダークエルフの”影斧”が届く直前だった。

 間一髪である。

 

 モニカは眼前を両手で覆うようにして”影斧”を受けた。

 黒い斧は破砕音を響かせて砕け散る。

 

「”貫け”!」


 態勢を立て直したモニカが、杖から”魔力の矢”を発射する。

 お返しと言わんばかりにダークエルフめがけて飛ぶ。

 

「”影斧”も受けるか。 耐性を得ているとはいえ大したものだ。

 しかし能力のわりに詠唱が拙いのは何故だ?」

 

 悠長にモニカに問うダークエルフ。

 その胸に光の矢が突き立った。

 

「決まった!」


「でもないようじゃ」


 俺の希望は叶わなかった。

 自らの体に突き立った矢を一瞥するダークエルフ。

 矢を受けた瞬間こそ苦痛の表情を浮かべたが、

 いまはそれが笑みに変わっている。

 

「未熟な魔術だ。 効くと思ったか」


「冗談だろ、おい……」


 即死はしないにしろ戦闘不能にはなると思っていた。

 ダークエルフのマナへの適正が高いとは知っていたが、

 ここまで魔術に耐性をもつとは。

 

「<<光輪>>!」


 続けてリタの奇跡が飛ぶ。

 ダークエルフはこれも余裕で受けた。

 

 その表情は痛みではなく怒りによって歪んでいる。

 

「くだらん奇跡だ。

 このぬるさ、お前たちイガース教徒ではないな?」


「だったら手加減でもしてくれんのかよ……っとぉ!」

 

 ならば矛を収める、とはならないだろう。

 周囲を確認する。

 敵はもう一人いるのだ。

 

「<<感覚剥奪>>っ!」


 モニカを狙おうとした盗賊を、俺は感覚剥奪で一蹴する。

 詠唱はずいぶん早くなった。

 結構消耗するが。

 

 それを見てダークエルフの目つきが変わる。

 予想通りだ。

 

「お前も司祭なのか。 しかも”黒き”神々こちら側の。

 なぜゴミとつるんでいる?」

 

 質問の多いダークエルフだ。

 今回ばかりは好奇心のある人物でよかった。

 

「”なりいき”ってやつさ。 少しお喋りしようじゃないか」


「エルネストさん!?」


 困惑するリタを手で制す。

 

 大丈夫だ。

 ダークエルフが俺と同じ神を崇めるのなら、

 ゴブリンシャーマンと同じ方法で乗り切れる。

 

 モニカに目配せする。

 同意の視線が返ってくる。

 

 すう、と息を吸いモニカが”神の威光”を露わにした。

 

「<<我が名は堕神オヴダール。 わが眷属よ、争いをやめよ>>」


 相変わらず凄まじい存在感だ。

 猛烈な日照りを受けたように、肌がちりちりする。

 

 俺ですら膝を折りたくなるのだ。

 リタが口を開けたまま膝立ちになっているのも頷ける。

 

「堕神オヴダール、だと……」


 ダークエルフも神の出現に戸惑いを隠せずにいる。

 目を見開き、後ずさっている。

 これは、勝負あったか。


「<<ひれ伏すのだ。 さすれば此度の行い――>>」


「モニカ待て、なんかおかしい」


 最初は感動に震えていると思っていた。

 自分もそうだったから。

 しかしあのダークエルフ、どうやら違う感情で震えている。


「我々を捨てた上、あまつさえ”眷属”だと……!?

 よくも抜け抜けと!!」


 怒髪天を衝く、とはこのことか。

 両目は吊り上がり目には涙を浮かべ、歯を食いしばっている。

 

 さきほどまでの余裕を感じさせる雰囲気と打って変わって、

 暴力的な様相だ。

 

「め、めちゃくちゃ怒っとるんじゃが」


「分からんけど、絶対に信者ではないな」


 ともすればイガースに向けるよりも深い憎悪をぶつけられ、

 モニカも俺も驚いている。

 

 すんなり解決どころではない。

 

 「リタ、モニカ!俺の後ろから出るな!」

 

 「あっ、ひぇ」

 

 呆然としているリタを掴んで立ち上がらせる。 

 二人を庇うといつでも”障壁”を起動できるよう備えた。

 

 しかしどうする?

 ”魔力の矢”では十分なダメージを与えらない。

 二人の攻撃も微妙だ。

 

 白き神々の聖地に潜入するくらいだ。

 奇跡への抵抗力を相当高めているのだろう。

 

「”影槍”!」


「”障壁”!」


 攻撃が届く前に、前もって魔道具を発動させる。

 ダークエルフの詠唱は乱れており、若干発動が遅い。

 ただし威力が上がっている。

 

「”影槍”!」


「”障壁”!」


 余裕をもって展開。

 衝撃音とともに障壁が消失する。

 ダメージはなし。

 それも俺の精神力がもつまでの間だ。

 

 白の奇跡も魔術も効きが悪い。

 俺たちに残された手段は少なかった。

 

「リタ、あっちの奇跡をくれ!」


「えっ!? わ、わかりました……!」


 リタが詠唱を開始する。

 あまり使い道がないと思っていた、知識神の初級奇跡だ。

 

「<<知覚先鋭化>>」


 リタの詠唱が終わるとともに、俺の視界が変化する。

 いや、視界だけじゃない。

 

 目に映るもの。

 肌が纏うもの。

 耳に響くもの。

 鼻に満ちるもの。

 舌に触るもの。

 

 すべてがねっとりと、極彩色の絵画のように知覚できる。

 

「頭が痛くなりそうだ」


 呟く自分の声すら耳に障る。

 ダークエルフの詠唱も不快に感じるほど聞き取れる。

 

 ”知覚先鋭化”

 知識を司るルオラ神の奇跡の一つ。

 対象は五感が鋭敏になり、短時間に膨大な情報を得ることができる。

 観察物からより深い知識を得るための奇跡だ。

 

「 ”  影   槍   ” ! 」


 ダークエルフの詠唱完成がしっかり聞こえた。

 飛来する、漆黒の槍も認識できる。

 

 俺は十分にそれを観測し、ちょうどのタイミングで

 魔道具を発動させる。

 

「”障壁”」


 耳障りな衝撃音。

 しかし完璧だ。

 

 障壁は発動してから効力を失うまで精神力を食い続ける。

 前もって発動すれば安全だが、その分無駄が出る。

 しかし攻撃の着弾を読み、発動時間を短くすれば効率よく使えるのだ。

 

 相手の動作を見切る。

 そのために”知覚先鋭化”をかけさせた。

 

 ダークエルフの詠唱を観察し、

 最適なタイミングで障壁を張る。

 

 盾の俺を先頭に詠唱するモニカとリタが続く。 

 何度かの防御の後、俺たちは攻勢に出る。


「今だ!」


「はい!」


「おう!」


 十分に近づいた。

 このころには完全に詠唱ペースを見切っていた。

 

 相手の詠唱が完成する直前、俺たち3人は散開する。

 

 身を屈めた俺の頭上を”影斧”が掠めていく。

 俺の左右にリタとモニカ。

 二人とも攻撃準備はできている。

 

「”貫け”!」


「<<光輪>>っ!」


 二筋の光がダークエルフに突き刺さる。

 

「まだ、まだ……っ!」

 

 これで倒れないとは。

 しかし、さすがに仰け反る。

 

「オラぁ!」

 

 屈んだ姿勢そのままに、俺は杖の先端を腹へ突っ込む。


(魔術がだめなら物理で押す!)

 

「ぐ、くっ!」


 目を剥いてダークエルフが杖を掴み返す。

 更に俺の目に向かって指を突き刺そうとする。

 恐るべき気迫だ。

 

 が、

 

「よく視えるんだわ」


 その手首を掴み返す。

 そして渾身の――

 

「<<感覚剥奪>>!!」


 全精神力をかけた。

 途端、視界が明滅する。

 

 精神力の限界がきたのだ。


(白き神々の奇跡が効かないなら!)


 視界が白くなってきた。

 まずい、もう少し踏みとどまらないと。

 このままでは効きが半端になるかもしれない。

 

「エル! ワシがついとるぞ!」


「わ、わたしもです!」


 腰に小さな感触。

 モニカとリタだ。

 

 感覚先鋭化により鮮明に感じる。

 細い手指と、流れ入ってくる堕神の力を。

 

 氷水のように冷たく意識が引き戻される力だ。

 

「感覚剥奪!!」


 詠唱ではなく叫びだった。

 

 全身全霊の感覚剥奪を受け、闇の精鋭ダークエルフは地に沈んだ。

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