第31話 挑発
人間がこの世界に創造されるより昔。
神々は互いに滅ぼしあった。
白き神々の筆頭は太陽と正義の神、イガース。
黒き神々の筆頭は混沌と自由の神、オヴダール。
イガース神の勝利で神代は終わる。
神が物質界を離れた後も代理戦争は続いた。
白き神々の信徒は、黒き神々の信徒を滅すことを使命としたのだ。
「私は昔、イガースの聖堂騎士として黒き信徒と戦ってた。
来る日も来る日もね」
杖を構えたままマーシャは過去を語りだす。
……殺意が緩んだ。
俺は二人に合図して攻撃を停止する。
「聖女の輸送護衛任務だった。
私は一番近くで守護することを許された……誇らしかったよ。
それが使命、喜びだったから」
イガースは神性として規範や戒律を重んじる。
必然的に厳格な組織、階級制度に信者は組み込まれる。
「途中、ある村で私たちは一晩を明かすことになった。
何度も立ち寄った馴染みの村だった。
友好的で温かい村だった……あの日までは。
あいつらはね、ずっと待ってたんだよ。
村が聖女の輸送ルートになるときを」
「狡猾だな」
俺は緊張を緩めず話を待つ。
「あの夜、私たちは急襲された。信じてた人たちからね。
おぞましい魔物もいたよ。
自由を謳いながら襲ってくる人間は、魔物と同じ目をしてた。
みんな魔物みたいだった……本当に魔物だったらどんなによかっただろう」
モニカはいつもの無表情。
リタは息を呑んでいる。
「あいつらは仲間を騙し、殺した。
殺すだけじゃ飽き足らず、弄んだ!
その”感覚剥奪”で、無抵抗のまま切り刻まれたんだ!
奴らは卑怯で下劣で残忍で、欲望に塗れた魔物だ!」
だから殺さなくてはならない、と。
一層鋭い眼光を俺に向けた。
「”障壁”!」
投擲された長杖を弾く。
ダークエルフのときと同じく、指輪の一つが魔道具になっている。
戦司祭の鍛錬を受けていなければ反応できなかった。
防御できたことの安堵に、次の反応が遅れた。
マーシャは疾走を再開している。
「それだけじゃないだろ! イガース教を破門されたのは何でだよ!」
「ふっ、そんなことまで知ってるんだ」
リタの”光輪”、モニカの”魔力の矢”を長杖で弾くマーシャ。
この短時間で主力技は見切られている。
「私には成すべきことがあった。
仲間を見殺しにして、逃げなくちゃいけなかった!」
任務を放棄するなど、敬虔な信者ほど許されないだろう。
「地獄から逃れ、都に辿り着いたとき、
”そんなに思い悩むなら残ればよかったのに。悪を滅することも教えですよ”ってね!」
マーシャの怒気が増す。
……当然の感情だ。
聖女が世間知らずだとしても、到底許される発言ではない。
「滑稽でしょ? こんな奴のために仲間は死んだんだ。
村人たちを殺したんだって思ったら、
気が付けば司祭じゃなくなってた……それだけ!」
長杖の投擲に続き”光輪”。
狙いはモニカだ。
「”守れ”!――うぐっ」
モニカが魔道具を起動する。
”障壁”を付呪した腕輪をもたせていたのだ。
杖と”光輪”のダメージを軽減したモニカだが、
かなり辛そうだ。
「信じられなくなった太陽神に義理立てすんのかよ!」
リタの光輪に合わせ、”感覚剥奪”を打ち込む。
抵抗中のマーシャに”光輪”が当たるが、まだ倒せない。
この抵抗が終われば接敵される。
「論点のすり替えにもなってないよ。エル君」
嘲るマーシャ。
諸悪の根源は堕神教徒だ、言うまでもない。
考えながら詠唱を開始する。
鍛錬その2『技』。
慣れない召喚術に手を出し、なんとか実践レベルに漕ぎつけた。
「さあ、私の間合いだよ!」
マーシャが迫る。
有利が取れる間合いが逆転した。
「”武器召喚”!」
振り下ろされた光の杖。
防いだのは、これも発光する光の盾だ。
2つの召喚武器がかち合い、光が舞う。
「なっ!?」
俺の右手に瞬時に現れた武器。
召喚魔術の初級呪文、”武器召喚”。
「まだ話は終わってねぇぞ」
マナで構成された武具。
その高度や切れ味は至って普通だ。
しかし決定的な長所がある。
それは軽さ。
筋力で劣る魔術師に一切の負担をかけないのだ。
「”貫け”」
「”貫け”!」
俺とモニカが同時に魔道具を発動する。
二本の矢がマーシャを俺から引きはがした。
「で、やけになって博打ち酒とクスリに溺れてたらバクラトに拾われましたってか。
結局は逃げてるだけかよ」
マーシャの攻撃をぎりぎりでかわしていく。
鍛錬の成果のひとつだ。
タネは別にあるが。
「なに、その動き……っ!」
マーシャの口ぶりに焦りと苛立ちが滲む。
魔術師が接近戦で粘るなど想定外だったはずだ。
だからこそ、マーシャは強引に遠距離攻撃を突破してきたのだから。
俺は防御に徹しながら揺さぶりをかける。
「盗賊ギルドからエリクサーの捜査に協力しろって言われて、従った。
売人に近づいて情報を盗賊ギルドに流した。
販路を探って撲滅する……それで罪滅ぼしのつもりか?」
「くっ!」
マーシャの足さばきが変わる。
フェイントを織り交ぜるつもりだろうが、よく見えている。
的確に攻撃を弾く。
その間にもリタの”光輪”がマーシャの動きを阻害する。
「”貫け”!」
さらにモニカが”魔力の矢”を差し込み、じわじわと体力を削っていく。
「結局カッコつけた死に方をしたいだけだろ?
潜入するたびに”博打”の奇跡で魂をかけて。
生きながらえては善行をなしたフリ。
”博打”に勝てばエリクサー撲滅に貢献、
負けても非業の死ってか――おっと、当たらねぇ」
「なんで、そんなことまで知って……っ!」
挑発するが、さばくのは毎回ギリギリだ。
そろそろマーシャの本音を引き出さねばならない。
そのためにジェイからマーシャの情報は仕入れていた。
「イガースに命じられたから堕神教徒を殺して。
教団の任務だから仲間を見捨てる。
盗賊ギルドに命令されたから、麻薬を撲滅するだ?
そのくせ自分の命は運任せ。
結局、何一つ自分で決断しちゃいない!」
首を傾ける。
俺の顔があった位置を、鋭い蹴りが貫いていく。
それも見えていた。
”感覚先鋭化”。
知識神の奇跡によって、今の俺はあらゆる予備動作を見逃さない。
加えて戦司祭との鍛錬が、度胸と判断力を与えてくれた。
「アンタに何がわかる!!」
マーシャは怒りに支配されつつある。
「”貫け”!」
指輪の一つが光り、”魔力の矢”が発動される。
がら空きの胴へ打ち込む。
命中したがマーシャは倒れない。
恐るべき胆力。
リタとモニカの攻撃が打ち落とされる隙に、俺は距離をとった。
「俺は俺の正しいと思う教えを導く。
魔術も、邪悪な奇跡だろうと、自由と平和へ続くものにしてやる。
気に食わないなら止めてみせろよ」
胸元に忍ばせた魔石を砕いて精神力を補充する。
「ゴミみてぇな仲間に救われた、ゴミみてぇな魂でよ!」
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