第30話 衝突


 夕暮れ時の街はずれ。

 人通りはなく、未舗装の地面を土埃が舞う。

 

 集まった人間は4人。

 俺、モニカ、リタ。

 そしてマーシャ。


「逃げずに来るとはねぇ、あたしを舐めてんの?」


 マーシャが解毒薬を飲んでから10日が過ぎた。

 彼女は俺を邪教の司祭と看破した。

 そして然るべき報いを与えるつもりだ。


 太陽神教団に引き渡すのだろう。

 太陽神イガースは俺の主神オヴダールと敵対関係にある。

 捕まれば生かしてもらえまい。


「こっちのセリフだっつーの、バーカ!」


「ビビっとんのか? そこの木陰で用を足すがいいわ!」


「お、お二人ともお下品すぎます……!」


 加えて俺と賭博神の誓約。

 マーシャの主神であり、賭けを司る神バクラト。

 バクラトは稀有な資質をもつマーシャを気にかけていた。

 しかし当のマーシャは、自分の魂をほいほい賭けては勝ちまくっていた。

 魂は本人とって価値あるものでなくてはならない。

 でなければ賭けとして成立しない。

 マーシャの自暴自棄と魂への蔑視をバクラトは嘆いた。


「なぁマーシャ、一つお願いがあるんだけど。

 リタだけは狙わないでくれないか? こいつは本当に無関係だから」


「……いいよ。でもモニカちゃんは関係あるんだ?」


 マーシャが魂の価値を正しく自覚すること。

 それを達成すれば賭神は堕神教に力を貸すという。


 ただし達成できなければ、俺は魂を失う。


 マーシャに勝つ。

 そのうえで魂の価値を自覚させる。

 俺が生き残る唯一の道だ。


 そのために全力で鍛錬を積んだ。

 不足はない。


「お主ごときには想像もつかんじゃろうよ」


「モニカちゃん覚えときな。数で勝るほうが調子乗ると、それ負けフラグだから」


 煽るモニカ。

 手には愛用の中古杖が握られている。

 もちろん魔術が付与された『魔道具』だ。

 合言葉ひとつで定められた魔術を発動できる。

 

 一方で俺は素手。

 詠唱を安定させるための杖さえない。


「エル君、素手とはいい度胸だねぇ」


「秘策ってやつさ」


 代わりに指輪がある。

 10本の指すべてに1個ずつ。

 つまり10の魔道具を備えているわけだ。

 歴戦のマーシャなら一目見て気づいただろう。


 3対1。

 俺を先頭にモニカとリタが陣取る。

 上から見ると三角形の陣になるか。


 マーシャと俺の距離は10メートルほど。

 この距離は、すなわち俺たちが有利をとれる上限だ。

 接近戦は魔術師にとって敗北を意味する。


「鐘が鳴ったら開始だ」


「わかってるって」


 手が震える。

 戦司祭との修練で根性を鍛えたつもりだった。

 けれどダメだ。

 実際に敵意を向けられると、緊張を感じずにいられない。


 リタを一瞥する。

 かわいそうに顔色は真っ青だ。

 きっと震えているだろう。


 巻き込んで申し訳ない。

 けれどリタなしでの勝算はなかった。


 マーシャと視線がかち合う。

 お互いに開始の合図を待つ。

 心臓が時を刻む。



 ――そして、鐘の音が響く。


「<<武装顕現>>」


 マーシャが瞬時に両手を構える。

 そこに光が集まっていく。

 地下酒場で見た、武器を召喚する奇跡だ。


 マーシャは無言で発動できたはずだ。

 あえてだろう。

 力量の差を誇示するかのように詠唱してみせた。


 対し、俺たちは詠唱を開始しながら距離をとる。

 距離が敗北までの猶予なのだから当然の選択だ。


 マーシャの手元に光の長い杖が現れる。

 魔術師が詠唱の補助目的で使う杖じゃない。

 殴打、刺突を目的とした武器だ。


 マーシャが地を蹴る。

 見計らって俺の詠唱は完成する。


「<<感覚剥奪>>!」


 五感を奪う堕神の奇跡。

 抵抗に失敗すれば地面に転がる的となる。

 マーシャの踏み出した足は、これに縫い止められた。


「くっ、やっぱりこの威力……!」


 精神に作用する魔術、奇跡の場合に対象者は術に”抵抗”できる。

 術の威力、術者の練度、そして抵抗者の精神力次第で効果は左右される。


 精神を集中し、マーシャは”感覚剥奪”に抵抗する。

 マーシャは地下酒場で抵抗に成功していた。

 今回も防がれるだろう。

 想定内だ。


「<<光輪>>……!」


 抵抗を阻むようにリタの”光輪”が飛ぶ。

 威力は低いが速い、基本的な奇跡だ。

 抵抗に集中していたマーシャに避ける術はない。


 組んだ両手で受けた。

 その顔は笑っている。


「狙うなとか言っといて、めっちゃ攻撃させるじゃん」


「不参加とは言ってないからな」


 さらに俺たち距離を取り、タイミングを図る。

 

「なんで俺を敵視するんだ? 俺はだれも傷つけるつもりはない」


「その力は、堕神は、傷つけるために存在するからだよ。

 エル君は理解していないだろう!?」

 

 踏み出そうとしたマーシャに、今度は”魔力の矢”が飛来する。

 モニカが放ったものだ。

 マーシャの前進を俺たちは許さない。


「確かに無知かもしれない。でもどんな力であろうと使い手次第だろ! <<感覚剥奪>>!」


 鍛錬の一、『心』。

 オヴダールと精神面で接触したことで、

 奇跡の詠唱は飛躍的に速まっていた。


「その使い手全部が! 外道しかいないって言ってるんだよ!

 自由とかいう曖昧な言葉で汚らしい欲望をまき散らす!

 堕神も教義も信者も! 全部消さなくちゃいけないんだ!」


 マーシャは堕神の奇跡に抵抗する。

 両手を目の前に交差したまま、じりじりと近寄ってくる。

 その程度の距離など俺たちはすぐに離せる。

 しかし前進し続けるという姿が、マーシャの決意の強さを表していた。

 

 俺は問わずにいられない。


「自由って教義は邪悪でもなんでもないだろ。そりゃあ曖昧だけど」


「詭弁だよ。邪悪を容認する教義が邪悪じゃないとでも? エル君は本当に何も知らないんだね!」


 ”魔力の矢”が刺さる直前、上体を捻ってマーシャはかわした。

 そして”感覚剥奪”の抵抗を終わらせる。

 と同時、その手は胸の前で組まれていた。

 

 ――その指の形、見覚えがある。


「<<光輪>>」


 マーシャの指から放たれる光。

 リタの主力技をマーシャも使ってみせた。


 矢のように飛ぶ光は筋を残し、俺を通りすぎる。

 そしてモニカの腕に突き立った。

 

「くっ!」


 背後から苦痛が聞こえるが集中すべきは前だ。

 

「<<光輪>>……!」


 リタの”光輪”が飛ぶ。

 しかし軌道を読まれ、当たらない。


 マーシャは疾走を開始する。


「お前を救った俺を殺すことは正義なのかよ!?」


「……」


 マーシャは答えない。

 答えなくとも感情は見えた。

 ためらい、だ。


「エルネストさん!」


「頼むぞ」


 形勢の変化を見て、リタが詠唱をはじめる。

 打ち合わせ通りだ。

 俺は詠唱し、発動させる。


「”魔力の矢”!」


 マーシャの進撃を妨げるように放つ。

 難なくよけるマーシャ。

 

(想定通りだ)


「”貫け”!」


 間髪入れず、二の矢が放たれる。

 モニカの魔道具が放つ”魔力の矢”。

 俺が予め付呪した魔術だ。


 モニカが先ほどまで飛ばしていたそれとは、速さが異なる。

 ゆさぶりをかけるため、意図的に弾速を使い分けさせていた。


 俺の矢をよけるために態勢を崩したマーシャ。

 そこへ追い打ちをかけるように迫る。


「くっ」


 的中。

 よろめくマーシャ。


「平和を愛する俺を殺すんだ! たいそうな経緯があるんだろ! 聞かせろよマーシャ!」


 強めに”感覚剥奪”を当てる。

 もう少し、縫いつけておきたい。


「……教えてあげるよ、私が見た地獄を」


 ”感覚剥奪”に抗うマーシャ。

 その手には、再び光の長杖が現れていた。

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