第29話 2と3の鍛錬


 マーシャに勝つための作戦。

 俺は4つの鍛錬が必要と考えた。

 うち1つが『心』。

 先日、瞑想でこれを終わらせた。


 『心』の鍛錬で俺の精神力はいくらか拡張された。

 つまり魔法がたくさん使えるわけだ。


 同時に何かが変わった。

 しかし、どうもはっきりしない。

 瞑想中にモニカ――堕神が見せた光景に関係があるのだろう。


「そして先生、2つ目の修練が『技』。

 つまり魔術師としての技量を高めるということなんです」


「はあ。 いいから集中しなさい」


 なんだよ、そっちが雑談を振ったくせに。

 構えた両手に意識を集中させ、詠唱を始める。

 

 大気中のマナを導き、具現化していく……が、


「また失敗」


「『また』とか言わないでよぉ、傷つくなぁ」


 魔術師ギルドの一室。

 召喚術の導師に俺は教えを乞いていた。

 

 俺は付与魔術一派の所属だ。

 本来ここに出入りはしない。


 しかしエイダの口利きで、限定的に教えを受けている。

 優等生兼金持ちの力はすごい。


「むぅ、全然できる気がせんのう」


「君はー……雑すぎるね、いろいろ」


 モニカも同席している。

 ついでなので一緒に修練を積んでいるのだが、

 こちらも進捗は芳しくない。


 召喚術の導師はこの学院に2名在籍している。

 一人は熟練。

 俺が教えてもらっているほうは30歳手前の若い導師だ。

 昇進の秘訣を聞いたところによると、前責任者が誤って、

 自分の頭をどこかの世界に送ってしまったらしい。


 この導師、ぶっちゃけ実力は高くないだろう。

 しかし俺が求めるのは初歩的なレベルなため問題ない。

 

「しかし我が学院いちの問題児が召喚術を習いにくるとはね。

 ついにこの世が嫌になったのかい?

 どこかの次元に転移すること自体は簡単だよ?」


 お喋りが好きで茶々を入れてくるのが鬱陶しい。

 気にせず詠唱を練習する。


 構えた両手の間に光が灯った。

 そして消えた。


「あー」


 惜しい、とモニカ。

 あと一歩な気がする。

 導師も同調する。


「噂に違わずセンスはいいね。どうして地味な研究ばっかやってるんだい?

 君なら引く手あまただろうに」


「まあ、色々あるんすわ……この本、借りてきます」


 遠慮くなく古傷を抉りにくるなコイツ。


 要領はつかんだ。

 あとは反復練習あるのみ。

 俺とモニカは早々に学院を後にした。



 …

 ……

 ………



 鍛錬の3つ目、それは『体』。

 マーシャのスピードに対抗できるよう、体を鍛えるのである。

 しかし、運動とは魔術師おれが最も不得手とするところであり――


「ぐえあ」


「エルネストさん!」


 吹っ飛ばされた俺にリタが駆けよってくる。

 モニカはというと目測で測っている。

 ……俺がどれだけ飛ばされたかを。

 少しは心配しろ。


「相手の足運びにも気を配ってください」


「へ、へい」


 力強い手が俺を助け起こす。


 白を基調としたシンプルなローブ。

 刈りこんだ頭と整った髭。

 がっしりとした体躯に相応しい、いかつい顔。

 首には武神の信仰を示すブローチを下げている。


 武神または戦神ボルトラ。

 雷に跨り空を駆ける荒々しき”白き”神。

  

 数ある司祭の中でも特に”戦司祭”と称される一派だ。

 今度の教師は戦司祭ウィリアム。

 ゴブリン退治でともに戦った冒険者だった。


「エルぅー。導師によいしょされとったが、こっちはまるでダメじゃの」


「うるせぇやい」


 冒険者ギルドのツテでウィリアムに稽古をつけてもらうよう頼んだのだ。

 もちろんタダではない。

 しかし金さえ積めば知人に稽古をつけてもらえるのは幸運だ。


「ほら、折られますよ」


「イタイ!イタイ!イタイって――アッ!!!!!」


「エルネストさんー!」


 悲鳴をあげる俺とリタ。

 ……うん、幸運だ。


 なぜ稽古の相手にウィリアムを選んだのか。

 マーシャの体術に一番近いのが彼の戦闘スタイルだったからだ。


 武術の知識はないが、マーシャの体さばきを一目見てウィリアムを思い出した。

 マーシャは元・太陽神イガースの宗教騎士だった。

 対してウィリアムは戦神の信徒だ。

 同じ”白き”神々に属する以上、同じ体術を使うこともあるかもしれない。


「えぇ、イガースの修道士を訓練したこともあります。

 イガース教は優秀な聖騎士を擁しますから、我々との交流も頻繁にあります」


「やっぱり、そういうのあるんだ」


 外れた肩に”治癒”をかけてもらいながら雑談する。

 戦神は攻撃的な奇跡を多くもつ。

 そのせいか癒しの奇跡は”治癒”と”浄化”しか使えない。


 ”治癒”はどの神でも使える基本的かつ重要な奇跡だ。

 ただし自分にはかけられない。

 ちなみにリタはまだ使えない。


 ウィリアムは教師であり、癒し手でもある。

 まさに理想的な相手だった。


「しかし魔術師を教えたことはありません」


「だろうね」


 なぜ魔術師風情が体術を学ぶのか。

 理由を聞いてこない。

 渋い大人の男は詮索しないのである。


「ところでマーシャっていう司祭知ってる?」


「マーシャ、ですか」


「茶髪で、背が高くて、胸がでかくて、棒振り回す、酒好きの」


「もしや元イガース教徒のマーシャですか?」


「そうそれ」


 あれだけ腕が立ち、特徴的な人物だ。

 ウィリアムには心当たりがあるらしい。


「5年は前でしょうか。邪教徒討伐の任務で作戦を共にしたことがあります。

 将来を有望視されていましたが、破門されたとか」


「破門って……そうそうされないですよね?」


 リタがおずおずと尋ねる。

 司祭資格の剥奪はよほどのことがなければ成されない。

 リタの叔父、ウィンターもかつて知識神の司祭だった。

 しかし私欲に溺れることで破門されたのだ。


「私も詳細は知りません。しかしあの時期、邪教徒は連合を組み勢力を増していました。

 こちら側の犠牲者も多かった。その関係かもしれません」


 遠い目をする戦司祭。

 彼の眼にはかつての同胞の死が映っていたに違いない。

 おそらくマーシャの目にも。


 その死をもたらしたのが、”黒き”神々の筆頭たる堕神オヴダール。

 モニカその人なのだ。

 

「ほっ! ほい!」


 訓練用の木刀を振り回して遊ぶ姿からは想像できない。

 俺は欺かれているのかもしれない、と考える日は少なくない。


「そのマーシャが何か?」


「いや、最近噂になっててさ」


 言ってから過ちに気が付いた。

 ここは太陽神イガースの聖都だ。

 破門した人間が出入りするのはマズイだろう。

 

 俺の失言に気が付いたのだろう。

 ウィリアムは短く息を吐いて忠告した。


「その者には関わらないことです。

 イガース教徒は冷酷なまでに規律を重んじます」


「それが、教義ですからね……」


 リタが呟く。

 ”清らかさとは戒めである”とは有名なイガースの言葉だ。


 肯定するように、聖堂の鐘が響く。

 ここが敵地のど真ん中であることを、俺は強く意識した。







「自由なき生に価値はない……のじゃ」


 モニカの呟きは鐘の音にかき消された。 

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