第28話 1の鍛錬

 

 瞑想とは。

 修験者、修道士、司祭。

 そして魔術師などが行う精神鍛錬の一環。


 ある種の錯乱トランス状態に身を置くことで、

 通常では感知できないマナに触れる。

 結果として精神力の拡張が望めるとされる。

 精神力が拡張される恩恵は計り知れない。


 しかし、まれに錯乱状態から者もいる。

 原因は体質や薬品の相性と考えられていた。



「?*_-.@*++.」


「全然わからん」


 どれだけの時間こうしているのだろう。

 1時間か、数日か。


 俺の精神世界に現れたモニカは、ずっと喋り続けていた。

 意味不明な音の羅列だ。


 モニカの顔は白く、無表情だ。

 瞳は人間のそれではない。

 同行が横に開かれており、ヤギに酷似している。


 異形。

 初めて出会ったときの堕神としての姿を思い出させた。


「&!././/#*#」


「わからんて」

 

 率直に不気味だ。

 口だけを機械的に動かしながら、たぶん俺に話しかけている。

 視線も表情も読めないが、顔は俺に向いているので間違いない。


「いい加減気が狂いそうだ。そうなると帰れなくなんのかな」


 溜息。

 根気強く会話を試みたが成功しない。

 思わず天を仰ぐ。

 空も星もない。


 ぐい、と。

 俺の顎が乱暴に掴まれた。


 そしてモニカの正面に向き直され、


「&!././/#*#」


 なにかを話しかけられる。

 そうまでして俺に聞かせたいらしい。


 けれど解読不能だ。

 俺の頭ではお手上げなのだ。


 このまま気が狂うまでモニカの謎言葉を聞かされるのだろうか。

 あまりにも間抜けな最後だ。


「ホズグンヌメメタゴラァ!!!!」

 

 いい加減飽き飽きした俺はヤケクソ気味にモニカに返す。

 適当にでっち上げた言語で、モニカの抑揚を真似て。


「……」


「えっ、まさか通じた?」


 すると、モニカは初めて黙った。

 そして今度はゆっくりと喋りだす。


「&――!.――//――」


 一音一音を区切るように。

 母親が赤子に、自らを母と呼ばせるかのように。


「……ひょっとして教えようとしてるのか?」


 試しに真似てみる。

 つたないながらモニカの例にならって。

 するとモニカは少し考え、また同じ言葉を繰り返す。

 俺たちはやりとりを繰り返す。


 ひたすら繰り返す。


 ひたすらひたすら。

 ひたすらひたすら。


 やがて……



「&!././/#*#」


「&!././/#*#」


 

 自分でもうまく発音できたと思う。

 現実世界なら舌がねじ切れていただろう。

 それくらい練習した。


「……」


 俺の発音を聞いたモニカは押し黙る。

 そして俺の顔に手を伸ばす。


 顔を背けようとして気づく。

 体が動かない。

 自由なのは目玉だけ。


 冷たい指が唇に触れる。

 細い指の先端が口のねじ込まれ、開かれる。

 

「=)#[%;」

 

 爪が舌を削る。

 血の味がする。

 

 そして引き伸ばされ、千切れていく。


 この痛みも幻覚なのだろうか。

 体の一部が、今まさにもぎとられる感覚も。


「(やめろやめろやめろやめろ!)」


 ――がくん、と視界が揺れる。

 赤く染まったモニカの顔。

 オヴダールの、眼。


「"+-,=$=:」

 

 返り血を浴び、堕神は薄く笑う。

 そして実に美味そうに、俺の舌を咀嚼した。


 意識が遠くなる間際。

 マナの渦、流れ、瞬き。

 それらが見えた気がした。


 

 …

 ……

 ………


「――っはぁ!」

 

 覚醒と同時。

 せき込むように息を吐く。


 激しく脈打つ心臓。

 陰惨な体験の置き土産だった。


「なんつー瞑想だよ、ったく」


 舌を動かす。

 ちゃんとついてる。


 どれくらい経っただろう。

 締め切られた瞑想室では、一目で時間経過は分からない。


 しかし肌の香油は渇き、充満していた香も尽きている。

 ろうそくも燃え尽き、部屋に明かりはない。


「あそこよりはだいぶ明るいけどな」


 呟きながら立ち上がると、人が倒れていることに気が付いた。

 失念していた。


「おい、モニカ大丈夫か!?」


 しびれた足でなんとか駆けより、

 うつ伏せに倒れたモニカを助け起こす。


 ――同時に扉が乱暴に開け放たれた。


「エル! 大丈夫!?」


 エイダである。

 全裸の俺が、全裸のモニカを抱きおこすタイミングである。


「丸一日経っても出てこないから心配……ねぇ誰それ。

 モニカちゃん? アンタ何やってんのここで」


 見開かれたエイダの目が、今度は刺すような眼差しに変わる。

 面倒なことになった。

 乾いた鼻を掻いて言葉を探す。


「ふぅー……知りたいか?

 武道では、強くなるために3つの鍛錬が必要と言われている。

 心・技・体だ」


 つかつかと歩み寄るエイダ。

 短気な彼女にもわかるように順序だてて説明してやる俺。


「そしてこれはな、『心』の鍛錬だ。つまり――オグゥ」


 歩みは止まらず、迅速な拳を打ち込まれる。

 鳩尾から持ち上げられるように、ちょっと浮く俺。


 なかなかの『技』ではないか。


 俺の意識は再び闇の中へ落ちていった。

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