第32話 ”博打”


「<<博打>>!」


「<<博打>>!」


 賭博司祭の猛攻は常軌を逸していた。


『ゴミみてぇな仲間に救われた、ゴミみてぇな魂でよ!』


 俺の挑発が招いた結果だ。

 信仰に命を捧げた同志を侮辱したのだ、当然だろう。


 俺は防戦一方だ。

 長杖のリーチと巧みな体術による接近戦。

 距離を離すと差し込んでくる”光輪”と投擲。


 そして賭博神の奇跡”博打”。 


「”守れ””固めよ”!――ぐぁ!」


 背中に”魔力の矢”が刺さる。

 モニカが援護のつもりで飛ばしたものだ。

 『不測の事態』で狙いが逸れたのだろう。


「すまんエル! 急に突風が」


「問題ない」


 10の指に通された10の指輪――魔道具。

 2つのキーワードで”障壁”と”対抗呪文”を同時に発動させ、俺は難をしのいだ。


「<<博打>>!」「<<博打>>!」「<<博打>>!」


(どれだけ連発すんだよ!?)


 詠唱しながら打ち込んでくるマーシャ。

 

 賭博神の司祭に許された奇跡、”博打”。

 術者は偶発的事象に対して正否を賭ける。


 勝利すれば任意の賭け金に応じた報酬――幸運を得る。

 失敗すれば賭け金を失い、何の成果も得られない。

 つまり奇跡に費やした時間、精神力が無駄になる。


 マーシャがどんな形式の賭け偶発的事象の的中を行ったかは定かじゃない。

 葉が風に揺られるかとか、猫が横切るかとか、俺が知る術はないのだ。

 しかし明白な決まりが2つある。


「<<光――きゃっ!」


「おおっ!?」


 後衛二人を『不測の事態』が襲う。

 マーシャが”博打”に勝った報酬――幸運だ。


 明白な決まりの1つは、マーシャが”博打”に常に勝つということ。

 ”博打”の奇跡は賭けに勝たなければ無意味だ。

 無意味どころか賭けたものを失い、詠唱の時間と精神力を消耗するだけだ。

 

 なのに絶対勝つだと?

 でたらめな話だ。

 しかし、”博打”の奇跡を与えたバクラト神本人が言うのだから信じるしかない。

 

「”障壁”!”障壁”!」


 ”知覚先鋭化”と魔道具を操り、紙一重の防御を繰り返す。

 二重の”対抗呪文”が長杖のダメージを和らげる。

 

(いっっってぇな!)


 ――と、このタイミングで目に砂が入った。

 ありふれた『不測の事態』だ。

 それが『マーシャを助けるように』生じるのが”博打”がもたらす幸運。


 砂の粒が粘膜を刺す激痛。

 ”知覚先鋭化”が裏目に出た。

 増幅された痛覚が集中力を削ぐ。

  

「<<博打>>!」「<<博打>>!」「<<博打>>!」


 猛攻は止まらない。

 ”博打”へのリカバー、”知覚先鋭化”による過剰な情報の処理。

 頭の回転が今にも止まりそうだ。

 しかも魔道具が次々と充填切れを起こしている。

 ”障壁”の魔道具を多めにもってきたが、そろそろ尽きそうだ。

 加えてモニカとリタの支援も期待できない。

 

 もはや攻撃全てを捌ききるのは不可能だった。

 徐々にダメージが蓄積していく。


 しかし俺には見えていた。

 俺のダメージ以上に――


「なんで! なんで倒れない!? 勝ち続けてるのに!」


 マーシャの苛立ちが募っている。

 相手は貧弱な魔術師だ。

 得意の接近戦で、ありったけの攻撃を浴びせている。

 ”博打”は常に自らの魂を賭け、勝利している。


 なのに、倒せない。

 下劣で低俗な堕神教徒だ。

 仲間を侮辱したクズだ。


(そう思ってるんだろ?)


「<<博打>>っっ!」


「――っと当たらねぇよ!」


 目が片方潰れようが戦える。

 『不測の事態』も織り込み済みで立ち回る。


 ”知覚先鋭化”で読み取れるのは視覚だけじゃない。

 マーシャの息遣い、踏み込む砂利の音、まとう風の擦れまで認識できる。

 認識できるよう、修練を積んだ。


「いい加減気づけよ!」


 そして苛立っているのは俺も同じだ。

 

「この程度の幸運が、お前の魂と等価かよ!」


 目に砂を入れるだの、突風を起こすだの。

 小さすぎるとは思わないのか。 

 わりに合わないとは思わないのか。

  

「うるさい! <<博打>><<博打>><<博打>><<博打>><<博打>>!!!!!」


「”障壁””障壁””障壁””貫け””貫け””貫け”!!」


 俺は倒れない。

 この程度の代償で、倒されはしない。

 安く見積もられた魂程度では。


「仲間を見殺しにしたんじゃねぇ! 救われたんだろうが!」


 ”博打”の連打。

 重い攻撃はかわすものの、何発かは掠る。

 一つ、また一つと指輪は魔力を失う。

 

 意識がぼやけていく中、俺は吠える。


「生き残った”罪”じゃねぇ! 意味を考えろよ!」


 ぼやける視界の端から蹴りが伸びてくる。

 よけられない。


 寸前で光の輪が阻む。

 蹴りは強引に弾かれた。 


「意味なんかない! 私はただ悔いるべきなんだ!」

 

 マーシャの勢いがわずかに落ちた。

 

「”べき”じゃねぇ! 何を”したい”か、自分で決めろ!」 

 

 振り下ろされた長杖は、”魔力の矢”で逸らされる。


「魂の価値くらい、自分で決めやがれ!!」

 

 強引に攻め続けるマーシャ。

 しかし動きは鈍りつつある。


 杖の一閃を盾で弾く。

 見据える先には目を見開くマーシャがいる。


「仲間を侮辱していたのは、私か」


 ようやく気付いたか。

 こっちはもう限界だ。

 最後の力を振り絞る。


「……<<貫け>>!」


 動揺は隙だ。

 格好の的にねじ込むべく命じた魔道具は――


「<<博打>>・・・…!」


 不発した。


「エル!」


「エルネストさん!?」


 二人から見ても俺は隙だらけだったのだろう。

 俺は勝利を確信していた。

 故に心理的に隙が生まれた。

 魔石の充填量、その算段を誤ったのだ……ここにきて。


 『不測の事態』だった。


 唖然とする。

 不敵に笑うマーシャ。


「これが私の、あいつらの魂の価値……!

 やっと……わかった!」 

  

 真価を発揮した”博打”はもう一つの恩恵をもたらしていた。


 マーシャが構えているのは、もはや杖ではない。

 本人の背丈を超える長大な斧槍ハルバード

 神の光によって構成されたそれは、邪を滅すべく輝いていた。

 

(忌々しい……!)

 本能的に感じた。

 この光にとって俺は敵である。

 この光こそ、俺が滅ぼすべき敵であると。


「ハアァァァァッ!」

 

 切っ先が俺の腹に迫る。

 反応する気力は残されていなかった。

 胴にくくった鉄板越しに、破壊の衝撃が伝わってくる。


 皮膚、脂肪、筋肉、骨、臓器、背骨へと。

 軋み、撓み、痛む。

 口の中に血の匂いが充満する。

 このまま俺は2つに両断されるのだろう。


 ”知覚先鋭化”のせいだ。

 己が胴を切り離される感覚まで実感しなければならないとは。

 同時、去来する満足感と……悔しさ。


「エルネルストさん!」


 マーシャの向こう、駆け寄ってくるリタとモニカが見える。

 泣きそうなリタと、珍しく切羽詰まったモニカの顔。

  

「いかん!」


 モニカの空色の瞳が美しい。

 空色? いや違う。

 虹彩は金色へと変わっている。

 瞳孔は横長へ、山羊のようだ。

 我が主神、仕えるべき闇……オヴダールのもつ本来の瞳に。

 

 神のもつ存在感が、場の空気を変えた。

 マーシャは察知したようだ。

 モニカを一瞥した。


 伸ばしたオヴダールの手先から、闇が伸びる。

 黒い枝、または触手。

 瞬く間に俺の元へ到達したそれは斧槍に絡みつく。


「なっ!?」


 マーシャの驚嘆。

 切っ先に絡みついた闇は、俺の両断を阻む。


 俺の腹に食い込む刃。

 刃を押し込むマーシャ。

 刃を引き戻さんとするモニカ。

 膠着状態だ。

 

 ぼんやりと、俺はその光景を見ていた。

 そして思い出していた。

 瞑想での悪夢を。

 舌を引き抜かれた痛みを。


(――オヴダール)


 繋がった。

 理解した。

 収束した。

 

 のどが痒い。

 舌がどうしようもなく熱い。

 吐き出したくてたまらない。

 あの、言語を。


「<<J=uho=h%e0感覚剥奪>>」


 無詠唱。

 命令に準じ、堕神の奇跡――感覚剥奪は瞬時になされた。


「くっそ……!」


 柄に力を込めるマーシャの顔が近い。

 吐息がかかりそうな至近距離で、マーシャは顔を歪める。

 ”感覚剥奪”に抵抗しているのだ。

 これが破られたら次はないと、俺は理解していた。


 堕神の奇跡に抗うマーシャは、俺から視線を外さない。

 1秒、2秒、どれくらい過ぎただろう。


 ――やがて。


 マーシャは膝から崩れ落ちる。

 手から離れ、光の斧槍は霧散した。


「がはっ!」


 せき込み、膝をつく。

 どうやら真っ二つにならなくて済んだらしい。

 破れた上衣から、2つに断たれた鉄板が滑り落ちた。


「大丈夫ですか!?」


 リタが駆け寄ってくる。

 

「どうやらな……とりあえず解除を頼む」


「は、はい」


 ”知覚先鋭化”を解除してもらった。

 途端に頭も体も重荷から解かれたように軽やかに感じる。


「いやぁ、危なかったのう」


 屈んだモニカが顔を覗き込んでくる。

 瞳はいつもの青色に戻っていた。


「ああいうのできるんだったら教えとけ、死ぬかと思ったわ」


「ワシも咄嗟じゃったんじゃ、次に出来るかは分からん」


「ただのラッキーってことかよ……」


 脱力する。

 そしてうつ伏せに倒れたマーシャを仰向けに転がした。


「おい、俺の勝ちだぜ」


「みたいだねぇ……全力出しても勝てないなんて」


「マーシャ、お主からだが万全ではなかったじゃろ」


 賭博神の簡易降臨でマーシャの体はダメージを受けていた。

 10日間そこらで全快はしなかったのだろう。

 もちろん俺は想定していた。


「ていうかモニカちゃんは一体なんなの。薄々わかってるけど」


「フフフ、我こそは堕神オヴダールじゃ」


「あっ、そ」


 天を仰ぐマーシャ。


「それだけ!?」


 素っ気ないリアクションに驚くモニカと俺。

 

「別に疑ってないよ。あの存在感は神そのものだったから。で、私をどうすんのエル君、殺す?」


 大の字になったマーシャが視線をよこす。


「んなわけないだろ。でもそうだなぁ……改宗しろよ、オヴダール教に。

 俺たちが勝ったんだし」

 

 強力な司祭を引き抜けるとは、なんと幸先のいいことだろう。

 苦労した甲斐があったというものだ。


「いや、普通に嫌だけど。そんな賭けしてないよね?」


「えっ、そうだったっけ」

「えっ、そうじゃったっけ」


「そう、ですね……」


 リタが残酷な補足をする。

 ていうことは俺はマーシャを救っただけ?

 それ普通にいい奴じゃん。

 いや、いい奴はいい奴だけどね俺。


 脱力。

 

「しまったぁぁぁぁぁぁぁ」


「おいエルぅー」


 モニカに責められるが俺一人の責任か?

 そんな様子を見て、体が動かないマーシャは笑う。


「オヴダール直々に勧誘されちゃあね、前向きに勧誘しておくよ。少なくとも今は君たちと敵対しないことを誓うよ……ん?」


 和やかだったマーシャが顔を曇らせる。

 耳を立てるように何かを探っている。


「なんかヤバいのが近づいてくる気配がする……!」


「おいおいエリクサーが抜けてねぇのかよ」


 突っ込む俺、笑うモニカ。

 困った顔でほほ笑むリタ。


 そんな和やかな空気を壊すかのように。

 テコのように一瞬で半身を起こすマーシャ。

 ――いや、声は別人のものだ。


「<<ワシじゃよ、ワシワシ>>」


 賭博神バクラトが再び降臨していた。

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堕神のグロソラリア ~平凡魔術師が《敗北邪神》を《最高神》に成り上がらせるまで~ 備前島 @BIZENJIMA

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