第22話 ”叡智”


 賭司祭のマーシャを救うこと。

 それが賭博の神バクラトが提示した勝負だった。


 勝てばバクラトの助力を得られる。

 負ければ俺は死ぬ。


 そしてマーシャを救う条件は2つ。

 まず麻薬に侵された体を治す。

 次に、己の魂の価値を自覚させる。


 しかし俺はまだ、差しあたって解決すべき問題が

 もう一つあることを忘れていた。



「分かるように説明してくださああああい!!」 



 リタだ。

 賭博神と堕神、堕神司祭。

 リタは三人の会話に入れず、完全に部外者扱いだった。


「お二人は魔術師じゃないんですか?

 なんで普通に神様と対話してらしたんですか!?」


「のぅ、エル。 記憶を消す魔術とかないんかのう」


「んー、平和を愛する魔術師には縁遠い術だなぁ」


 顔を見合わせる堕神オヴダール――モニカと俺。

 

 実はモニカは堕神オヴダールその人で、

 俺はその正式な司祭。

 信仰復興のために暗躍しています。


 などと知識神の司祭たるリタに言えるはずもない。


「実はワシは邪神オヴダール本人で、エルはその正式な司祭。

 信仰復興のために暗躍おるんじゃ。

 応援よろしくの!」


「おいバカ」


 淀みなく言い放つモニカ。


 賭博神バクラトは“白き神々”側で堕神と敵対している。

 しかし昔は仲が良かったようで、賭神との会話は

 終始和やかな雰囲気だった。


 が、知識神はゴリッゴリの“白き神々”側だ。

 “白き神々”の中でも特に重要な神と位置づけられている。


「モニカちゃんが堕神オヴダール……?」


 怪訝な目で俺たちを見比べるリタ。


 リタは知識神の啓示を受けた司祭である。

 つまり“黒き神々”の首魁たるオヴダールに

 強い敵意を抱くのは当然だ。


「じゃあ、これから私のする質問に全部、正直に答えてください」


「おぅ、どこからでもかかってくるのじゃ!」


「まず身長と体重と出身地と好きな食べ物とあれとこれと――」


「多いな!」


 どういうわけか始まった、リタの質問攻めに答えていくモニカ。


 残念ながら記憶喪失なので

 「知らん」がちょくちょく出てくるのは ご愛嬌だ。 


 質問が尽きたのだろうか。

 リタは咳ばらいをすると掌を組んで祈る姿勢をとる。


「――わかりました、充分です。

 それでは知識神の奇跡で確かめさせてもらいます……!」


「んっ!? どういうこと!?」


 突然の宣言に戸惑う俺。

 リタが知識神の奇跡をもっているだろうことは知っていた。

 まさか俺たちがその標的になろうとは。


「エル落ち着け。 あんなモヤシ神の奇跡に動じるワシではないわ」


「逆になんで余裕なんだよ、根拠のない自信を司る神なの?」


 リタの主神を平然と謗るモニカ。

 そんなんだから嫌われるのでは?


 目を閉じ詠唱を終えたリタ。

 

 1秒……2秒……そのまま動かない。


「お、終わったのか……?」


「…終わり、ました」


 ゆっくりと目を開いたリタが告げる。

 その顔は困惑に満ちていた。


「知識神の奇跡“叡智”は術者に知恵を授けます。

 奇跡の対象について、術者が知らない情報を明らかにするんです。


 今回はモニカちゃんについて、

 いろいろ調べたうえで奇跡を行使しました」


「下調べをするほど重要な情報が手に入りやすい、ということかの」


「らしいな。 魔術師としてこれ以上ないほど魅力的な奇跡だ。

 ……奇跡を持ち出されたらお手上げだな」


 長々として質問タイムには意味があったのだ。

 たぶんリタは、モニカが堕神かどうかについて情報を得たのだ。


「でも、わかりませんでした。 こんなことは初めてです。

 まるで何かに阻まれているみたい……」


「なんと」


 残念そうなリタとモニカ。


「リタはともかくモニカは危機感もてよ。

 ……で、この場合俺たちの正体はどうなるんだ?」


「……どちらとも言えません。 でも明らかにしてみせます。

 それが教義ですから!」


 決意表明するリタ。

 本当にそれでいいのか?


「なんじゃーつまらんのぅ」

「余計なこと言わない」


 ふて腐れるモニカを窘める。

 と、俺は閃いた。


「その“叡智”でエリクサーの原料調べられないか?」


「それじゃ!」


「あっ、なんで私思いつかなかったんだろう……」


「そういうこともあるさ! な!」


 即座に賛同するモニカ。

 うなだれるリタ。


 それを元気づける流れで、

 俺たちの正体から話題を遠ざけたい俺だった。



「では、エリクサーについて知っていることを

 全部教えてください」


 俺の実体験と、モニカがくすねてきたエリクサーから

 リタが情報を得る。


 そして知識神の“叡智”によって麻薬エリクサーの

 分析が試みられた。


「……わかりました」


 祈りの姿勢を解き、リタが紙に書きつけていく。

 

 リストアップされた材料のほとんどは見覚えがある。

 しかしその中に1点、見慣れないものがあった。


「“コボルドの腐った金属”? なんだこれ」


「毒草か何かの別称でしょうか……?」


「引っかかるのぅ、ここまで出とるんじゃがのぅ」


 モニカがヘソの辺りをさすりながら言う。

 ほぼ出てねぇからそれ、とツっこんでおいてやる。


 リタ本人も首を捻る。

 “叡智”によって得た情報は抽象的なイメージでリタに伝わる。


 もしリタが知っている物であればイメージはそれに置換されるが、

 イメージが未知の物の場合、近い言葉で代用されるようだ。


「総合的に見ると間違いなくコイツが解毒の鍵だ。

 よし詳しいやつに聞きにいこう!」


「そんな間柄の人間がおるのか? エル如きに?」


「いるわ! 吠え面かくなよ!!」


 俺は涙を拭いて立ち上がった。

 実際、頼れる人物は一人しかいない。

 

 彼女に助力を乞うべく、俺たちはひた走ったのである。





 ――その道すがら。


「それで、なんでリタはジェイさんと居合わせたんだ?」


「ワシらのことを嗅ぎまわっとったんか?」


「別にやましいことしてないだろうが」


 すっかり忘れていた疑問をぶつける。

 リタは夜の町中をうろつくタイプには見えない。

 箱入り娘と言われれば納得できる儚げな女の子だ。


「それは……お話しします」


 少し考え、リタは語りだす。


「私の叔父は、この街で商人として成功しました。

 とても才覚があり、私も小さいころ沢山お世話になりました」


 そういえばリタの実家は商家だったか。



「叔父には一人息子がいました。

 彼も伯父と同じで頭がよく、優しい人でした。

 私に本の楽しさを教えてくれたのも彼でした……」


 “でした”という言い回しに嫌な予感が走る。

 リタの寂しそうな笑顔がそれを裏付けている。


「ですが彼は病気で死んでしまいました。

 それから叔父は貪欲に金を求めるようになりました。

 汚いことも始めたようです。


 そのころ、エリクサーが出回り始めたんです」


「叔父さんが手を回していたと?」


「たぶん、そういうことなんだと思います。

 私の家の使用人にも、それで死んだ人が出ました。


 慕っていた従兄も、家族みたいだった使用人も死んで……。

 辛くて辛くて、私は本に没頭しました。


 そんなとき私に啓示が下りたんです。

 そして同じときに、叔父は司祭の資格を剥奪されました。

 知識神の司祭の資格が、叔父から私へ移ったようでした」


 因果なのか、神が仕組んだのか。

 ともかくリタが立ち上がるきっかけになったようだ。


「私には叔父を止める使命がある、って思いました。

 その叔父が……ウィンターです」


「そう繋がるか」


 驚く俺とモニカ。

 以前、リタが冒険者ギルドに顔を出したことがあった。

 往来でエリクサー中毒者が凶行に及んだときだ。


 リタはエリクサーの情報収集にきていたのだ。

 地下酒場への通路近くで、ジェイと居合わせたのも当然だ。 

 ジェイと同じ標的を追っていたのだから。



 そして俺たちは魔術師ギルドの一角へたどり着く。

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