第21話 軽く降臨



 ――頭が痛い。



「エル! 目が覚めたか!」


 まぶたを開くのと同時、モニカの声が頭に響く。

 神の威光とかではなく、純粋にけたたましかった。



「うるっせぇ」


「ほぅ、命の恩人に向かってそういう口を利くか」



 命の恩人?

 そういえば俺は何して――



「どこだ、ここ?」


「宿屋だ」


 勢いよく半身を起こす。

 そこはベッドがいくつか並んだだけの質素な部屋だった。


 寝かせられていたのは俺とマーシャ。

 マーシャはまだ眠っているようだ。

 モニカはどうやら先に目が覚めていたらしい。


「なんでジェイさんが?」


「それはこっちのセリフだ」


 そして顔見知りの盗賊が一人。

 ゴブリン討伐で苦楽をともにしたメンバーの一人だ。

 薬屋の一件といい最近よく会うな。


 「あの、ご無事ですか……?」


 予想外の人物がもう一人。

 知識神の司祭でモニカのお友達1号、リタである。



 「なんでリタまで?」


 「のぅジェイ、なんでじゃ?」


 「”成り行き”ってやつだ。 それより地下酒場のことを話せ」



 俺とモニカの質問に答えないジェイ。

 まぁリタ本人から聞けばいいだろう。


 ベテラン冒険者ジェイの圧力に負け、

 俺は地下水路から地下酒場までの一連の経緯を説明した。

 もちろん”奇跡”を使ったところは誤魔化して。

 

 しかし途中で俺は気づいた。

 自分の記憶が飛んでいることに。


「あれ? マーシャが倒れた後、俺どうしたんだっけ?

 モニカが当てにできなくて、えー……」


「都合よく忘れおって。  ワシが――」


「いや待てモニカ。 言わなくていい」


 慌ててモニカを制す俺。

 思い出した。

 あのときの予測が正しければ、モニカはマーシャを回復させた。

 そして窮地を脱したはずだ。


 俺たちがここでのほほんとしていることが、

 その計画の成功を意味している。


 ならば、モニカが”回復させる手段を持つこと”は

 リタとジェイには秘匿しなければならない。


「そうか、やはりウィンターか」


 マーシャが奮起して脱出できた、ということにして話を終える俺。

 思い返すと、自分史上かなりの修羅場だった

 

 リタにとって刺激が強すぎたのかもしれない。

 青い顔で俯いている。


 ジェイのリアクションは薄い。

 得心が行った様子で頷いているだけだ。

 頑張ったなとか、すげぇなとかないのか。


「頑張ったなとか、すげぇなとかないのか!

 こちとら命がけの脱出劇じゃぞ!」


 こういうときモニカは代弁してくれる。

 言わなくていいことのほうが多いが。


「その頑張りに応じて、話してやろう。

 街はずれの地下水路出入り口でお前らを見つけたのは俺だ。

 そこに居合わせたのがそいつだ」


 ジェイが顎でリタを示した。

 リタの顔色は相変わらず悪い。

 しかし人の体調を気にしている一方で、

 俺自身、頭痛に加えて寒気がしてきた。

 

「3人でぶっ倒れてたところをこの宿屋まで運んでやった。

 半日くらい前の話だ」


「ありがとうジェイさん。

 ……ところでこの部屋めちゃくちゃ寒くない?

 震え止まらないんだけど俺」


 薄い毛布を巻き付けるが何の足しにもならない。

 こんなときそっと手を握ってくれる主神がよかった。


「どうぞ」


「ありがとうリタ……!」


 と、リタが別のベッドから毛布をとってきてくれた。

 涙が出そうだ。

 とうの主神はジェイの話を待っている。

 見習え、人間の優しさを。


「ここからが本題だ。

 お前らが遊び呆けた酒場は、エ――サーの取引場所の一つだ。

 最近この国に――きた厄介な薬だ。

 盗賊ギ――追っている」


「そんなに危険な薬なんでしょうか……?」


 よく聞き取れなかった。

 俺とマーシャを見てから、リタがおずおずと質問する。

 

「麻薬の類だが、依存――尋常じゃねぇ。

 しかも生産方法――んど謎。

 それ――賊ギルドを通さず出回ってんだから――」


 さっきからジェイの声が聴きとりづらいのは俺だけか?

 リタもモニカも平然とした様子だが、気にならないのか?


「なぁなんか妙な音がしないか? 俺だけ?」


「禁断症状だ。 寒気、震え、幻覚、幻聴に襲われる。

 で最後はそこの女みてぇに廃人だ」 


「えっ、これ禁断症状!? ていうかマーシャ大丈夫かよ!?」

 

 ぎょっとする俺とリタ。

 モニカは少しくらい心配しろ。


「とりあえず生きてはおるぞ」


 マーシャに歩み寄ったモニカが報告した。

 そして得意顔で続ける。


「落ち着けエル、ワシは勤勉じゃ。

 治療方法に心あたりがある、それは――」


「”解毒”の魔術、”治癒”や”浄化”の奇跡は効かねぇぞ。

 解毒薬も研究されはいるらしいがな。

 一番厄介な問題だ」


「ほぉーん……」


 おもむろに天井を見るモニカ。

 どうやら当てが外れたようだ。

 正直、俺も治療系の魔法でどうにかできると見込んでいた。


「禁断症状に苛まれながら生きるか、

 追い込まれエリクサーに手を出すか、なんて残酷な薬物……」


 リタが呟く。 


「わかったら静かにしてろ。 狂って人殺しになりたかないだろ。

 運が良ければ治療方法が見つかるかもしれん。

 ……死ぬまでにはな」


 じゃあな、と言い残してジェイは去る。

 なんとも薄情な男だ。

 お元気で、と皮肉を込めて見送った俺だった。


「本人に聞くのもアレじゃが、エルどうする?」


「とりあえず学院に泣きつくしかないな。

 最悪実験サンプルとして後世の役に立つかも」


 自嘲気味に笑う俺。

 今回はノってこないモニカ。


「”解毒”の魔術が効かないってことはだ。

 エリクサーの中毒は”侵入した毒”とみなされないってことだ。

 ”治癒”の奇跡が効かないのは、まぁ外傷じゃないから当然だろうな。

 で、頼みの綱は解毒剤だが。

 そもそも原材料不明だから進捗が芳しくない、と」


 きりきり痛む頭で考える。

 ほかに有効な手段はあるか?


「癒しの神の上位司祭なら、より強力な回復の奇跡が使えます……」


 リタがぽつりと言った。 


「ツテはあるのかリタ?」


「……ごめんなさい」


「だよなぁ」


 とにもかくにも学院に帰るしかあるまい。

 ベッドから降りようとした俺をリタが補助してくれる。

 ……ん?


「あれ? マーシャ、平気なのか」


 徐々に激しさを増す目まいの中で、

 俺はマーシャがベッドに腰かけていることに気が付いた。


「……いや、マーシャじゃないのぅ」


 モニカがいつになく怪訝な視線を向けている。

 マーシャの目は虚ろで焦点が合っていない。

 やはり意識が正常じゃないのだろう。


 ――と、その視点が結ばれるとマーシャが口を開いた。

 まるでモニカのような口ぶりで。 


「方法ならまだあるぞ。

 しかも今から施してやろうぞ」


(モニカのような、というかこれは……)


 禁断症状とは違う悪寒を感じる。

 この気配、覚えがある。


「<<我が名は賭神バクラト。 約定通り参上した>>」


 堕神に続いて賭博の神までもが、俺の前に降臨したのだ。

 呆然とする俺とリタ。

 それを尻目に嬉しそうなモニカ。


「久しぶりじゃのぅ、バクラト。

 と言っておいてなんじゃが、ワシ記憶がうろ覚えでのぅ」


「その姿といい、やはり万全ではないようだの。

 お前さんの濃厚な気配を感じて降りてみれば、

 随分と面白いことをしてるようだの」


 別人のような口ぶりのマーシャ。

 しかし悪ふざけでないことは直感的に理解していた。

 神の気配、とでも言うべきか。

 

「よっっっっこいしょ! ったく神に与えられた体を粗末にしおって」


 しんどそうに立ち上がったマーシャ――バクラトが、俺の前に立った。

 そして両の手を広げ尊大に述べる。


「不運にして幸運な青年よ。

 マーシャは”博打”の奇跡に宣誓し、打ち勝った。

 よって見返りをとらせる」


 何を言っているのか、と思うよりも早く実感した。

 喧騒に包まれていたかのような頭痛、幻聴。

 氷水に浸されていたかのような寒さ。

 馬に揺らていたかのような視界。


 すべての不調が取り払われ、普段の自分に戻ったのだ。

 感謝の意を述べる俺の肩を力強く叩いた。


「青年よ、あの状況で得体のしれぬ薬を呷る大博打! 素晴らしかったぞ!

 どうじゃ、このバクラトに鞍替えせんか!」


 ガハハと大口を開けて笑う賭神。

 そうだ、思い出した。

 エリクサーを一気飲みしたときだ。

 薄らいでいく意識の中で、俺はこの声を聞いていた。


「お近づきのついでと言っては何だけど、

 マーシャも治してやってくれないか?

 あんたの敬虔な司祭なわけだし」


「そういう取り決めはないぞ」


 無下に却下された。

 マーシャではなく俺を助ける経緯とは何なのか。

 釈然としない。


「そこな賭博司祭は敵に囲まれたときに

 ”博打”の奇跡を願ったのだ。


 ”魂の所有権”と掛け金として、

 ”お前さんたち2人が無事に帰ること”をな」


 マーシャが隠したがっていた、賭博神の”奇跡”についてだ。

 思いがけず断片的な情報を聞かされた。

 俄然興味が湧く俺だ。


「その”魂の所有権”ていうのは――」


 俺の質問は堕神に遮られる。


「バクラトよ、”白き”側のお前さんがワシを助けてええのか?」


「構わん構わん! いい加減あいつらには飽き飽きしとったわ」


 モニカの肩もバシバシ叩くバクラト。

 小さな体が揺れる揺れる。


「そもそも”白き”側についたのも、”黒き”側が強すぎたからだしの!!

 あれじゃ勝負にならん! そういうわけで水に流せ!」


 

 豪快に笑うバクラト。

 おそらく神代の遺恨について話しているのだ。


 堕神にして闇神オヴダールは”黒き神々”の頂点として、

 賭神バクラトは”白き神々”の一柱としてかつて滅ぼしあった。


 どうやらバクラトは本来は”黒き神々”側だったようだが、

 ”博打”という観点から敢えて劣勢だった白き神々に与したらしい。



 そのほうが「面白い」から。

 とんだ賭け狂いだ。


「それだけ言いに降りてきたわけではあるまいの?」


 モニカが肩をさすりながら問う。


「お見通しか! 実は提案がある。

 このマーシャという司祭、救ってやってくれんか。

 こやつ、イガースから此方に改宗したのはいいが死にたがりがすぎてな。


 軽々しく自分の魂を賭けるわりに、一度も負けん。

 掛け金たましいの価値が低くては博打に成らんのよ」


「結局、俺たちはマーシャをどうすれば?

 ギャンブルから立ち直らせればいいのか?」


「エル、お主たまに鈍いの。 つまりマーシャに自覚させるのじゃ。

 己の魂に価値があるということを」


「……(よくわからん)」


 ぽかんと口を開けたままのリタをしり目に、

 俺たちの協議は続く。


「で、ワシの見返りは?

 お主のしょっぼい葉っぱペンダントならもう要らんぞ」


「この賭神バクラトが力を貸そうではないか。

 お前さんの信仰復興ホーリーリバイバルにな」


「本当かよ!?」


 驚愕だ。

 最初の信者も獲得していないのに、

 いきなり白き神々の一柱が協力を申し出たのである。


「エル、喜ぶのは早いぞ。 

 提案などと嘘つきおって、どうせ賭け事のひとつじゃろ。

 ……とはいえ乗らん手もないの」


「良し! 賭神として約定は守ろうぞ」


 そこで俺は気づいた。


「……賭け事ってことは、もしマーシャを救えなかったらどうなる?」


「そのときがお前さん、死亡決定じゃ」


「えっ!? いや待っ――」


 途方もないリスクだ。

 しかし俺の制止は届かない。


 「帰りおったの」


 バクラトは高笑いを残して帰ったようだ。

 再び昏睡状態に戻ったマーシャが頭から倒れこんでくる。

 それを受け止めると、俺の代わりにベッドに横たえた。


「でも困ったな。

 マーシャが起きないんじゃどうしようもない。」 


「そうじゃなぁ、なんとかしてバクラトをもう一度……」


 首を捻るモニカと俺。


「あのぅ……」


「しかも放っておくと死ぬんじゃろ、こいつ。

 時間もないぞ」


「俺たちで癒しの上級司祭を探すか、解毒薬を作るしかないってことか」


「あのぅ……!」

 

 学院のツテを全力で頼るか。

 冒険者ギルドに依頼でも出してみるか。


「あのぅ!!!!!!」


「うぉビックリした」


 すっかり忘れていた。

 注目を集めたモニカは手を懸命に動かして、

 口をぱくぱくと開閉している。


 いまだ混乱の中にあり、といった趣だ。


「リタ、話は聞いた通りじゃ」


「ああ、リタの想像する通りだ。

 それでこれからなんだけど――」


 無慈悲にスルーするモニカと俺。





「分かるように説明してくださああああい!!」 




 さすがに流されてくれないリタであった。

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