第26話 小休止
魔術の行使は精神力を消耗する。
精神力が枯渇すると人は昏倒し、しばらく目覚めない。
そんなときの便利アイテムがこれ、魔石である。
「ふー、生き返るわ」
「ほぉ、そうやって使うのか。
どれワシにも貸してみよ、貸してみよって」
「お前はそんなに疲れてないだろうが。
やめなさいって、これ安くないんだぞ?」
奪い取ろうとするモニカをかわす。
ひんやりとした冷たさが心地よい。
俺は魔石を額に押し当てながら精神力を回復していた。
魔石に溜まったマナを体内に取り込むことで、
俺たち魔術師はしばしば活動時間を延ばせる。
ダークエルフとの激闘で干からびた俺の精神に、
魔石のマナが染み込むようだった。
「爺さーん、あとどれくらいでできるー?」
店の入り口で見張りをしつつ、中に呼びかける。
返事は聞こえない。
「……黙らないとお前の目玉をすり潰して加えてやろうか、だそうですー」
店内で爺さんを見守るリタが代わりに答えた。
悪態をつけるなら元気そうだ。
爺さんの店に着いた俺たちを迎えたのは、
ダークエルフ率いる怪しげな3人だった。
奴らとの激闘を制した俺たちは店主と無事対面し、
事情を説明した。
そして麻薬エリクサーの解毒薬を調合してもらっているのだ。
3人組が何故この店を訪れていたのか、店主に尋ねたが教えてくれなかった。
「高価な材料を使うが支払えるのか、だそうです」
店主のか細い声をリタが代弁する。
伝えられた金額は俺にとってあまりにも高すぎた。
「ま、まぁ明日から髪の毛とか食べればなんとかなりますよ……!」
「リタ!? お前急に厳しく当たってどうした!?」
「私見たいんですよ、珍しいお薬が実際に調合されるところ……!
色とりどりの材料が刻まれ、潰され、捏ねられるところ!
だから、ね? 払いましょ?
払いましょうよ、エルネストさぁん」
「怖いこの子!」
知識の神を崇めるだけありリタの好奇心はたまに恐ろしい。
そんな一幕もあったわけだがツケということで落ち着いたのである。
リタが調合をガン見している間、俺とモニカは店の入り口で番をしていた。
3人組の仲間が駆けつけないか心配だったからだ。
その3人組はというと気絶させた上にガチガチに締め上げられ、
積まれ、挙句モニカの椅子となっている。
ダークエルフに腰かけたモニカが、足をぶらつかせて問う。
「エル、払うあてはあるのか?」
「なくはない。
ところでモニカ、聞きたかったんだが
地下酒場で俺が暴走した後どうした?」
「あぁ、マーシャが薬を所望しおったから飲ませた。
そしたらお主を殴って脱出して終わりじゃ」
「それだけか?」
俺はモニカの顔を覗き込む。
対し、モニカはおもむろに遠くを見つめ目を細めた。
「……そうじゃ」
「嘘つけ」
「神は嘘つかない」
「じゃあマーシャの傷、なんで治ってた?」
「知らん」
ぷい、と横を向くモニカ。
怒って煙に巻こうとしているのか?
「モニカ、お前治癒が使えるだろ。
じゃなきゃ上手くいかなかったはずだ」
「じゃったら何じゃ、悪いか!
せっかく可愛い信者を助けてやったのにその言いぐさ!
しかも試すようなマネをしおって!」
(嘘ついてたじゃん実際……)
拗ねられても困る。
地下酒場でマーシャが傷つき、
俺の”治癒”が不発に終わったとき。
俺はエリクサーを飲んで敢えて暴走した。
暴れる俺を連れ出すのはモニカの膂力では難しい。
力に勝るマーシャが必要だ。
となればマーシャを復帰させなければならない。
「だってああでもしなきゃ、お前マーシャを見捨ててただろ」
俺を救うためにはマーシャを救わねばならない。
モニカが奥の手を使わねば脱出できないよう仕向けたのだ。
「そ、そそそんなことないわ」
図星か。
とはいえ喜ばしい結果に変わりはない。
「実を言えばモニカは俺のことも見捨てると思ってたよ。
だから助けてくれたことは意外だった」
「はぁ意外じゃと!? そんなこったろうと思ったわ!
もう二度と助けてやらんからの! ショボ司祭!」
憤慨するモニカ。
自分の司祭に向かってその言いようはどうなんだ。
……少し言い回しが悪かったかもしれない。
以前エイダに注意されたことを思い出した。
「いや、悪かったモニカ。そういうつもりじゃなかった。
意外じゃなくてなんというか……うれしかったよ」
「……」
モニカが丸い目で俺を見る。
濁した言葉尻を追及するかのような顔だ。
「うぇーい、お主『デレ』たのぉ! よしよしよし」
「やめろウザい」
わしゃわしゃと俺の頭を撫でてくる。
俺は舌打ちするが存外悪い気はしなかった。
モニカは”治癒”の奇跡を使えたわけだ。
そしてマーシャを癒し、俺を救った。
つまりモニカにとって俺は切り捨てる対象ではなかったということだ。
あの、ゴブリンシャーマンと違って。
それが打算的なものかは置いておくとしよう。
「で、なんで奇跡を使いたがらないんだ?」
「神としては物質界で力を直接振るいたくないのじゃ。
それは神の在り方、性質としての問題じゃな」
神話には、神は天上界に居を移す際に
人間を代行者として住まわせたとあった。
物質界の主人として管理を委託したという意味合いもあるのだろうか。
「あとなんかな……バレそうな気がするんじゃ」
続くモニカの言葉に背筋が凍る。
他の神に、堕神オヴダールの復活が知れるということか?
「それは、どこまでバレる? 居場所もか?」
「知らん。 じゃが物質界は言わば代理戦争の場。
そこに本人がノコノコ出て行ってみぃ、目立つじゃろ」
「確かにそうかもしれないな」
モニカが奇跡を振るうのは最後の手段ということだ。
ここは正義を司る太陽神イガースの居城。
存在が明るみに出るわけにはいかない。
「……なぁ、マーシャもリタも敵にならないかな」
ぽつりと。
かねてより付きまとっていた不安を口にする。
「あやつらは大丈夫じゃ。 お主がうまくやればの」
対しモニカは、あっけらかんと言い放った。
そんなものか。
まぁ考えていても仕方ない。
「お薬できましたよー」
店の暗がりからリタの声が聞こえてきた。
俺とモニカは微笑を交わし、生温かい席を立つのであった。
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