第6話 討伐準備


 冒険者ギルドを後にした俺たちは、

 商店を梯子して必需品を買い足した。

 

「このイモ娘、どう偽装してやろうか」


 自分で指定しておいてなんだが、

 モニカは冒険者とは程遠い風貌だ。

 

 なんせコンセプトが”普通の娘”なのだから。


 モニカをどう魔術師と偽るか一計を案じることにした。


 魔術師ギルドに併設された用品店。

 俺はそこで最後の品を探す。

 

 陳列棚を行き来する俺の背後で、

 モニカはというと立ちながら本を読んでいる。


「エル知っているか?

 魔術師は最初杖を持っていて、

 最終的には無くても魔法が使えるようになるらしいぞ。

 でも美少女の魔術師はキラッキラな杖を持たなくてはいけないらしい」

 

 棚を漁りながら雑談に付き合う俺。


「物語上の見栄えの問題だろうな。実際に杖を使わないのは緊急手段だ、あったほうが絶対安定するし」


 高度に熟練した魔術師ならば、

 一切の媒体や呪文を省略して魔法の発動が可能ではある。

  

 この店は実地研修(というか冒険者)向けの用品店の中でも

 “中古”を中心に扱っている店だ。

 ものによって得体のしれない黒い染みや歯型などがついており、

 縁起を担ぐ冒険者たちは敬遠しがちだ。


 しかしその分価格は安く、

 懐が寒かったり駆け出しの冒険者などは大いに利用している。


「君に決めた!」

 

 そんな曰くありげな品々が並ぶ棚から、俺は一本の杖を引き抜いた。

 なんの変哲も無い一般的な木製の杖である。

 切創や凹みがあるが魔術の媒体としては十分機能するだろう。


「くさそう」


 後ろから覗き込んだモニカが率直に感想を漏らした。

 かつての持ち主が草葉の陰で泣いているよ。

 

「これモニカのだからな」


「うぇっ!? ……い、いや、そのような供物はいらん」


「じゃあ早く稼いで素敵な杖を買うことだな」


 苦虫を噛み潰しような顔のモニカ。

 

 

 次に俺たちは魔術師ギルドへ戻る。

 やってきたのは調合台、付呪台が立ち並ぶ作業室。

 俺はさらに一本の杖と魔石を二つを持ち込んだ。

 

 中古店が買い求めた杖とはひと目見て違う。

 明らかに品質がいい。

 

「こんな形で使うことになるとはなぁ」


「さっきの杖よりイカすのう、ワシそれがいい」


「そう慌てなさんな」


 奮発して取り寄せたはいいが、まったく手に馴染まなかった杖である。

 以来、クローゼットの肥やしになっていたが、晴れて出所となった。


「まずこれだ。本で読んだろ?」


 杖と一緒に取り出したのは魔石だ。

 魔術師にとって馴染み深い品である。


 魔石とは結晶が含まれた石のことで、

 結晶には天然の魔力が封じられている。

 

 今とりだしたものは手のひらに乗るサイズで、

 含まれる結晶も小さく疎らだ。


 等級でいえば下の上くらい。

 魔石は含まれる結晶が大きいほど宿す魔力が多く高価になる。

 

「それは“魔石”ではないか!? 本物は……思ったより地味じゃな」


「現実はそんなもんよ」


 モニカが俺の手から魔石をひったくった。


 色んな角度から石を観察しているが

 残念ながらその魔石は安物であり、格好はよくない。

 

 モニカが読んだであろう物語では、

 それはそれは大きくまるで水晶のように美しい魔石だったに違いない。


「知っておるぞ、体から失われた魔力を魔石から補給するのであろう?」


「さすが我が主、勉強熱心でいらっしゃる」


 フフンと得意げに鼻を鳴らすモニカだが今回の使い方は違う。

 魔石から魔力を補給するのは用途の一つに過ぎない。

 

「けど残念。今回は魔石から杖に魔力を移すのさ」


 今から利用するのは付呪台と呼ばれる設備で

 付与魔術の簡易儀式を行うことが可能だ。


 しかも備品の触媒を使うことで、

 付与魔術の門外漢でもある程度成功率を底上げすることができるのだ。


「備品は共有だから、使ったら記帳を忘れずにな」


「使用者:オヴダール、と……」


「おい」


 勝手に代筆したモニカに突っ込んでおく。


 付与魔術は魔術体系の中でも高度な分野であるとされる。

 静物に対して呪文を付与したり、逆に除去したりする。


 付与呪文そのものの開発は勿論、

 より優れた被付呪素材や触媒を開発したりというのが主な研究内容だ。


 付与魔術により魔法の力が封じ込められた物は”魔道具”と呼ばれる。

 その昔、人間の魔術が現代よりも遥かに発達していた頃、

 魔道具は生活品として当たり前に流通していた。


 残念ながらその文明は滅び、

 ほとんどの魔道具――と共にあらゆる魔術――が失われてしまった。

 けれども、かつての文明の遺跡に潜り、

 残存した貴重な魔道具を発掘している者たちがいる。

 

 冒険者である。

 魔道具の解明は魔術の発展に必要不可欠だ。

 冒険者を嫌う魔術師は多いがこの一点については感謝しかない。

 

「まぁあいつらは金目当てなんだろうけどね」


「その金で美少女奴隷を買うんじゃろ、知っとる」


 主神は大衆娯楽に敏感だ。

 ちなみに呪文を付与することを付呪、除去すること解呪という。


「で、付与するとどうなるんじゃ? 相手は死ぬのか?」


「そんな魔術はないと信じたいね。

 ざっくり言うと、握って合言葉を言えば即魔術が発動する。

 しかも魔術師じゃなくても使えちゃう」


「つまりワシでもじゃんじゃか

 ”隕石”を降らせられるということじゃな!? アツイな!」


「そこまでは言ってねぇ」

 

 魔道具の発動条件は操作者の魔術的資質を原則的に問わない。


 どういうことかというと、

 そのへんの二日酔いのおっさんに魔道具を持たせて、

 合言葉を言わせれば魔術が使えてしまうのである。


 長くなったが、魔術の何たるかを理解しないド素人田舎娘であっても

 魔術を使えるというわけだ。

 ちなみにモニカの言う”隕石”は魔術の象徴として度々物語に登場するが、

 十中八九、禁呪だろう。


 だって危なすぎるから。

 

「まず撃てる魔法は有限だ。今回は”魔力の矢”を込める。

 すると大体……15発くらいかなぁ」


「しょっぼ」


 露骨に肩を落とすモニカ。


 言っておくが15発というのは、

 破壊魔法専門じゃない学徒としては優秀なほうだ。


 呪文の発動には体内の魔力――精神力とも――が必要だ。

 魔道具の場合、体内ではなく魔石からそれを得る。

 魔石に宿る魔力をあらかじめ、

 呪文と一緒に杖に移しておくわけだ。



「ちなみ魔石抜きで魔道具を作るとどうなると思う?」


「……呪文を知らなくても魔法が使える、とかかの?」


「半分正解。 魔力は必要だけど詠唱しなくてよくなる。

 ただ術への理解は要るな」


「でもなんでわざわざ杖に付与するんじゃ? もっとカッコいいのがいいぞ!

 剣とか!」


「前半の指摘は頭いいのになぁ」


「今、主神のことバカにしたか?」


 モニカの言うことは一部正しい。

 指輪などの宝飾品に付呪のが一般的だ。


 剣に付呪するのもまぁ……


「いや、意表を突くという点でアリなのか……?」


 冒険者視点だとアリなのかもしれないと思う。

 今回は魔術師のお馴染みアイテムである杖に敢えて付呪する。


 杖状の魔道具をもって呪文を発動することで、

 あたかもモニカが魔術を使っているかのように演出するのである。


 俺の腕前では一つの静物に対して

 一種類の簡単な呪文しか付与することはできない。

 

 そのためわざわざ杖を二本調達してきた。

 込めた呪文はそれぞれ

 ”解毒“と”魔力の矢“――通称”矢“――である。

 

 ”解毒”は対象に侵入した毒を無力化する魔術。 

 ”魔力の矢”は少量の魔力に指向性を持たせ、

 一本の矢状にして射出する初級の破壊魔法だ。





 ――それから俺たちは自室に戻り魔術師モニカの演技指導に入ったのであった。

 

 モニカの迫真の詠唱が木霊する。

 

「深淵なるマナの源よ、今こそ我が意に応じ――」


「一旦止めろ」


 モニカは何かと呪文を発動するポーズに拘った。

 しかも児戯のような身振りが目立ちすぎるため却下した。

 

 また無駄に長いオリジナルの詠唱を披露もしてくれたが、

 俺が恥ずかしいのでやめてくれと釘を刺しておいた。


「いよいよじゃのう! 緊張するのう!」


 諸々の打ち合わせを終えて俺とモニカは一服する。

 愛読書のような冒険譚がいよいよ始まるのだ、とモニカはテンション上がりっぱなしだ。


 対して俺は憂鬱でしかない。

 生き物を殺すのが楽しみでたまるか。


「ていうかゴブリンシャーマンはアンタの信者で、

 それをぶちのめしに行く罪悪感はないのかよ」


「ワシを信仰するのは奴の自由じゃし、

 信者をどうこうするのもワシの自由じゃろ?」


 ゴブリンシャーマンの信仰対象は全く悪びれずに言い放った。

 ていうかこいつは口を開けば二言目には自由だの、知らんだの適当がすぎる。


「“自由“ってのは本当に教義なのかよ。

 忘れたからって都合のいいこと言ってるだけじゃないのか?」


「はぁー、これだから人の子は困る。

 よいか、教義というのはな、神自身を象徴する言葉なのじゃ。


 神の本質と言ってもいい、それを忘れると思うてか。

 よもやそんなことも知らんとは……はぁー! 人の子は、はぁー!」


 モニカの大仰なため息が腹立たしい。

 その手にはいつの間にか別の本が開かれている。


 タイトルは“神と生きる”。

 俺が枕代わりにしたイーガス教のありがたい本である。


 モニカの手元から素早く本をひったくる俺。

 開かれていたページには先程モニカが述べた文句がそのまま記されていた。



 “教義とは神の本質であり

 教義を理解することは神を理解することであり

 教義を実践することは神に身を捧げることである ” 



「ほー、さすがイーガス教の本はためになるなぁー! ほぉー!」


 俺は大仰に感嘆の息を吐いた。

 モニカが歯軋りしてこちらを睨んでいる。


「そういえばモニカが山羊頭だったとき、なんで片言だったんだ?」


「あの時は肉体の再構築が途中だったからじゃ。

 自分自身、何をやっているかもあやふやじゃったしの」


「肉体の再構築?

 “降臨”とか“受肉”に関係あるのか?


 駆け出しイーガス司祭が言うには、神を降臨させるにはかなり大掛かりな準備が必要で、その割に神本人はすぐ帰っちゃうって話だったよな?」


 忘れていた疑問をぶつける。

 それに対してモニカは首を捻り、懸命に記憶を掘り起こそうとしているようだが、


「んー知らん」


 やはりか。

 わからないことだらけということも含めて

 モニカ――堕神オヴダール――はかなり異質な存在のようだ。



 ”黒き神々“は”滅ぼされた“というのは文献によくある表現だったが、

 であればモニカが今ここにいる現象は何なのだということになるし。


 ともあれ俺が奇跡を使えるようになるのはまだまだ先になりそうだ。


(もういいや、本人もああ言ってるし好きにやらせてもらおう)


 そんな投げやりな思考になった俺だった。


「あ。今、ワシの力がちょっぴり強くなった気がする。

 きっと世界のどこかでワシの信者が信心を深めたに違いないのう!」


 何故かモニカはなんとなく嬉しそうだ。

 その信者というのはこれからぶち殺しにいくゴブリンシャーマンかもしれないのに。




 ――このとき俺は知らなかったが“神に生きる”には以下のように記されていた。



 “教義を実践することは即ち、人生の一部を神に捧げることである

 人生の一部とは即ち命の一部であり、信者の清らかな命は神の一部となる”

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