第5話 堕神教団(構成員2名)、冒険者ギルドに繰り出す


 祈りの場には、朗々たる声が響いている。


 毎日の夕刻、街の広場では

 太陽神=イガース教の司祭が人を集めて教えを説いている。

 

 その中に俺とモニカもいた。


「(おいエル、太陽神の教えクソつまんない)」


「(静かにしなさいって)」


 退屈するモニカを窘めるのは何度目か。

 

 訓話を述べている司祭はまだ十代半ばくらいの若い男だ。

 駆け出し司祭というやつか。

 

 まさか駆け出しの身分で

 堕神に説教かましてるとは夢にも思うまい。

 青年司祭が啓示を受けた者か否か、

 モニカによって既に判別されている。

 

 この司祭は啓示を受けている。

 モニカは“ひとめ見れば分かる”らしい。

 実に都合がいい。


「戒律を覚えるのが既に苦痛じゃもん。これが国教とか国民全員頭おかし――」


「あとで干しブドウ買ってあげるから、黙って!」


 我が主に”我慢”の文字はないようだ。

 やがて訓話が終わると信者たちがぞろぞろ散って行った。

 俺たち以外の全ての信者が去ったことを確認する。


「あのぉ、すみませーん……」


 それを待って若い司祭に声をかける。

 神職に憧れる無知で敬虔な青年を装って。


 まさか対面しているが天敵の邪神そのものとは知る由もなく。

 実に丁寧に質問に答えてくれた太陽神司祭であった。


 ――しかし結論から言うと、大した情報は得られなかった。

 

 神が物質世界に降臨し活動し続けたことはない。

 降臨は最大級の奇跡であり、選ばれし司祭のみが挑める。

 それでも司祭の命と交換であり失敗することもある。


 数年前にイガース教徒を中心とする聖堂騎士団によって、

 大規模な邪教徒狩りが行われた。


 魔術を使いながら奇跡を使える人間は聞いたことがない。

 まとめるとこんな感じだった。


 あとは司祭、信者としての一般教養的なことを少し教えてもらった。

 これからもちょくちょく話を聞こうと思う。

 

「神はいつでも傍にいて助けてくださいますよ、もちろんあなたの隣にも!」


「フフッ」


 ありがたい言葉を最後にもらった。

 思わず笑うモニカに若干イラッとする俺。

 

 そうして俺たちは青年司祭に別れを告げる。



 ――その晩。

 

 腕枕に頭を預けながら、俺は今日の出来事を振り返っていた。


 大昔に滅ぼされた筈の、記憶喪失の堕神本人。


 魔術師なのに司祭になった俺。


 全貌の見えない闇の奇跡。


 探すことになってしまったゴブリンシャーマン。


 そして俺の隣で眠る絶妙な“微”少女。


 モニカの控えめな尻。


 モニカは無頓着に俺のベッドに入って枕を奪い早々に寝こけているが、

 この絵面もまぁまぁ非日常的だ。


「……堕尻。」


 思わずニヤけてしまった。


 男としての本能と神の下僕としての理性の板挟みになりながら、

 俺は眠りに落ちていった。



 …

 ……

 ………



 翌日、俺とモニカは冒険者ギルドに来ていた。

 

 薄暗い室内には酒と鉄と汗と、

 とにかく野蛮な匂いが漂っている。


 冒険者ギルドとは広い酒場に併設された、

 冒険者向けの仕事を斡旋する施設である。

 

 冒険者は腕っ節に自慢のある荒くれ者たちのことだ。

 

 その実力でもって魔物を退治したり、

 古代魔法文明の遺跡やダンジョンを荒らしたり、

 街道を行く者の護衛などを主な仕事としている。


 間違っても俺のような半引き篭もりや、

 モニカのような田舎娘が踏み入る場所ではない。



「くっっっさ!」

「シャレなんないからやめて!」


 入って速攻文句を述べるモニカ。

 遠慮という概念をもたない主神に悲鳴を上げる俺。


 案の定、たむろっていた屈強な男たちが白い目で俺たちをみる。

 

 彼らにかかれば俺など2秒で絶命させられる。

 本当に怖いので止めて頂きたい。

 

 ここには学院の実習で数度訪れたことがあるが、

 やはり居心地は最悪だ。


「お、お願いします…!」

 

 おずおずとは今の俺にぴったりの言葉だ。


 酒場奥のカウンターへ向かい、

 学院より預かった書状を受付に提出する。

 

 魔術師ギルドの学生が、課外授業ではなく

 個人で冒険者ギルドを利用するための許可証である。

 

 魔術師ギルド所属の魔術師が冒険者家業をすることは禁じられていない。

 

 しかし監視はされている。

 犯罪行為に魔術を用いること、加担することは厳しく罰せられる。


 魔術は人類の繁栄と進歩のために使われるべきである、

 というのが魔術師ギルドの根本理念であるためだ。


 そのため、俺のような一般学徒であっても

 魔術師の動向は逐一報告する義務があるわけだ。



「大賢者の電撃出現じゃ、さすがに視線を感じるのぅ」

「やめなさい恥ずかしい!」

 

 射るような視線の的たる俺たち。

 どこ吹く風のモニカ。

 その自信は神だからなのか。

 

 魔術は多くの脅威に対抗しうる協力な手段だ。

 冒険者の一行は魔術師の加入を当然喜ぶ。


 しかしながら魔術師の本業はあくまで研究である。

 財宝探しをしたり魔物を殺すことでは断じてない。

 

 物語の中の魔術師たちはあらゆる残忍な魔法で魔物を屠ることに熱心だ。


 しかし、あのような非生産的な魔法ばかりを修める魔術師はほとんどいない。


 軍属の破壊魔法専門の魔術師くらいだ。


 そもそも破壊魔法を気軽に撃てるような危険人物は、

 個人単位での活動をより厳しく制限されている。


(ブルーノとかいうクズはいたな) 

 

 ……破壊魔法の実地試験という名目で、

 冒険者を副業にしている奴らもいるようだが。


「エル、あれが依頼版じゃ。 本で読んだ通りじゃ」

 

 モニカが指したものこそ、今日の目的である。


 さて、冒険者が依頼を受けるためには依頼票を得る必要がる。


 依頼票は酒場に設けられた大きな“依頼板”に貼られた多様な紙たちだ。


 それぞれ討伐対象、報酬、場所、その他諸々が記載されている。

 で目当ての依頼票を剥がして受付に持っていくわけだ。


 依頼板を舐めるように探す。

 目的は無論ゴブリン駆除の依頼だ。


 ゴブリンの繁殖率は高く、

 人間の生活圏を脅かすことは少なくない。

 

 そのためゴブリン駆除は、

 冒険者にとってポピュラーな仕事のひとつと聞いたことがある。

 流石に一件くらいは募集中だろう。

 

 モニカと手分けして探すと目的の依頼はいくつか見つかった。

 

 三件もある。

 内容はほぼ同じで、

 人里近辺でゴブリンが目撃されたため対処してほしいというもの。


「エルあったぞ、とりあえず全部いっとくか」


「ねぇなんでそんなに強気なの?」


「知らんのか? ゴブリンなんぞワシの剣才の前ではバター同然じゃ」


「剣触ったこともないだろ…」


 が、これらの依頼の対象にゴブリンシャーマンが含まれているとは限らない。


 ゴブリンシャーマンが発生するためには

 群れが中規模以上でないといけないそうだ。

 

 なぜならゴブリンシャーマンは群れを統率する役割を担う個体だから。

 中規模とはおよそ二十から三十匹らしい。

 

 三件ともそれぞれ違う村の依頼であり金額にも差がある。


「この中ならやっぱ一番報酬がいいやつにするか?

 一番規模が大きいならシャーマンもいるだろ多分」


「おっ、エルわかっとるのぅ」 


 いやしかし、目的地が山奥で地形が危険なために高額だったり、

 もしかすると別の凶悪な魔物がうろついているために

 高額ということもあるのではないだろうか。


 そもそも前提として俺とモニカをフォローしてくれる冒険者一行が必要だ。


 ぺーぺーとはいえ魔術師という肩書きがある以上、

 俺は紛れ込めるかもしれない。


 が、地味娘一般人オーラ全開のモニカでは厳しかろう。

 

 

 モニカは神である以上、

 奇跡を使えるのかもしれないが使えないこともありうる。

 

 仮に使えたとして、発動する奇跡によっては堕神の縁者とバレる恐れもある。


 ここはモニカも魔術師ということにして、

 粗を出さないように立ち回るしかあるまい。



「おい坊主、邪魔だ」


 と、俺の背後から声をかける人物がいる。

 振り返った俺が見ると――というより見上げると、

 如何にも手練といった男がそびえ立っていた。


 三十歳は過ぎているだろうか。

 俺を見下す目のすぐ横に切傷の跡が走っている。


 すんません、と俺は謝罪して横にずれた。

 男は俺が立っていた位置に移動すると依頼票の一つを指し示した。


「お前駆け出しだろ? ならこの依頼はやめておけ」


 横に立つ俺に指し示したのは酬額がもっとも高いゴブリンの駆除の依頼だった。

 このおっさん、もしや親切な人物なのではという直感が頭をよぎる。


「おおかた報酬に目が眩んだんだろうが、

 この依頼は以前に一度貼られていたのを見たことがある。

 

 噂じゃ最初に向かった奴らが返り討ちにあったって話だ。

 何があるか分からねぇぞ」


 俺に一切目線を寄越さないがどうやら心配してくれているようだ。

 ありがたく親切心をうけることにする。


「忠告ありがとう。

 でもどうしてもゴブリンシャーマンが研究に必要なんだ。

 この依頼なら期待できると思って」


「シャーマンか。

 たしかに他の依頼じゃ微妙だろうな。

 

 ……シャーマンをくれてやればお前らの取り分は少なくていいのか?」

 

 俺は肯定する。


 おっさんは少し思案してからようやく俺の方を向いた。

 俺の頭から爪先まで見て、そしてモニカも同様に値踏みした。


「そっちのガキも魔術師か。 お前ら解毒は使えるのか」


「余裕だ」


「いいだろう、なら俺が仲間を集めてやる。 夕にまた来い」


 どうやら話が決まったようだ。


 立ち去る前に自己紹介を済ませる。

 素人の俺から挨拶するのが筋だろう。

 

「俺は学院のエルネスト。

 個人的に冒険者ギルドを利用するのは初めてなんだ、よろしく。

 こっちは同じく学院のモニカ」


「よろしくの」


「……俺はダン。 詳しい話は後でだ」



 思いのほか順調に計画が進み、

 俺は複雑な心境で冒険者ギルドを後にするのだった。


 興味深そうに往来を観察するモニカを、

 俺は恨めしげに振り返るのであった。


 昨日は司祭として駆け出し、

 今日は冒険者として駆け出してしまった。


 これから肉体労働が始まる。

 

 死ぬかもしれないというおまけ付きで、だ。

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