第4話 記憶を探して

 

 ”蔵書室”とは通称で、研究室の一つである。


 導師は魔術師ギルドに所属する魔術師の階級の一つ。

 魔術師ギルドは魔術全般を研究する機関だ。


 その構成員は導師と学徒に大別される。

 学徒と導師は言わば生徒と教師の間柄だ。

 魔術師ギルドには俺たち学徒のための寮なんかも設けられている。


 堕神オヴダール改めモニカと俺は、

 二人きりの蔵書室で黙々と本をめくっていた。


 記憶喪失にも等しい、

 この残念な堕神について調べるためである。



「ここには過度に扇情的な書物はないのかの」


「いきなり思春期の少年みたいなこと言うのやめてもらえます?」


 モニカが期待するような書物はない。たぶん。

 

「ぬしの導師は協力してくれんのか?

 もしや嫌われとるのか? 導師からも」


「”も”ってなんだよ。

 他の生徒じゃ分からないんだよ、この領域の話は……」

 

 文字を追いながら俺を追い込むモニカ。

 研究に仲間など不要だ。


 答えは己の中にあるのだから。

 俺はこっそり涙を拭う。


 俺たちの使う長机には本が五十冊程度積まれている。

 けれども堕神について詳細に記された文献は見つからない。


 “かつて物質世界は闇神オヴダールを最高神とする神々が治めていた。

 しかしあるとき太陽神イガースを旗印として反逆した。

 勝利した太陽神らが最高神となり人間を導いた。

 敗北した闇神らは滅ぼされた”


 神話――であり史実――とは上記のようなもので、

 これは調べるまでもなく一般教養として俺も知っていた。


「ここまでは覚えてるのか?」


「大筋はの」


 当初、”闇の神”として記述されたオヴダールは

 白き神に敗北を喫したことにより”堕ちた神” ”堕神”と

 称されるようになったようだ。

 

 もし黒き神々が勝利していたのなら、

 ”堕神”はイガースになっていたのだろうか。


「いわゆる”勝ったもん勝ち”じゃな」


「もはや情報量0じゃん、その言い回し。

 しかし”堕神”てニュアンスひっかかるな」


「まるで今は神じゃないような言われようじゃの」


「(…実際、神じゃなかったりして)」


 いやな推測だ。

 一瞬、悪寒が走る。

 もしや魔物の精神支配によって

 神だと洗脳されているのでは。


「ほっほ! 実際、神じゃなかったりしてのぅ!」


 俺の思考を読んだかのようにモニカが笑う。

 まったく笑いごとじゃないのだが。

 

 ひょっとしたら教会になら神々に関する書物があるのかもしれない。


 信徒でも何でもない人間に、

 ここまで秘匿する堕神の資料を見せてくれるとは思えないが。


「おいエル、ここを見てみ」


 対面に座っていたモニカが手元の本を俺に寄越した。


 ”エルネスト”とファーストネームで呼ばれると長く感じるため、

 今ではエルという愛称で呼ばせている。


 “汝”と呼ばれるのも大概目立つだろう。

 たまに”ぬし”とか言うが。



 受け取った本のタイトルは“魔物大全 幻獣編 上巻”。

 

「ちなみにワシの奇跡を使える魔物はたくさんおったぞ。

 ラミア、ゴブリンシャーマン、ダークエルフ、

 マンティコア、吸血鬼、ゴルゴン、一部のドラゴン、

 デーモン、デュラハン、リッチ……このリッチとかいうのは、人間じゃろ。


 高度な魔術師になったら同族から排斥するとは、人の業かのう」

 

「死霊術は禁忌だからな。

 それに不老不死の術なんか公に出たら社会が成り立たなくなるだろ」


 不老不死に至るための”死霊術”は

 魔術師ギルドにおいては禁忌とされる。

 

 俺も概要しか知らない。


「この辺の名前は見覚えがあるのう、たぶんワシの手勢だったんじゃろうな」


 ダークエルフのページを開くモニカ。

 魔物の一部が黒き神々の配下として戦ったのは周知のことだ。


 厳密に言えばゴブリン、

 ダークエルフは魔物ではなく亜人の一種である。


 デーモンに至っては神や精霊に近い種族といえる。

 この“魔獣大全”では、人間に仇なす種族は

 魔物扱いというスタンスで書いているのだろう。

 

「そうそうたる顔ぶれだなあ、

 特に後半の奴らは御伽噺レベルだぞ。

 万が一出会えたとして話が通じるとも思えないし

 ……そんなこともないか」


 俺ならばきっと命を取られて終わりだ。

 しかし堕神直々に言葉をかければ、

 流石に刃を向けることはあるまい。

 

 ひょっとしたら力を貸してくれるかも。


 ふっさふさの白髭を撫でながらページを捲るモニカを見て、そう思った。


「っておい! 何で顔だけ爺さんになってんだよ! 心底びっくりしたわ!」


「え? あぁ、すまんすまん、本を読んでたら賢者的な雰囲気になってついの」


 次の瞬間に老人の顔は、地味に愛らしい女性のそれに戻っていた。

 アンバランスな顔と胴体はさながらマンティコアのようであった。

 モニカ曰く、まだ肉体を操る”勘“とやらを掴めていないとのことだ。


 こんな場面を誰かに見られたら面倒なことになる。



「で、どうするんじゃ?

 これらの魔物を探して冒険者ギルドに行くお決まりの流れか?」


「”お決まり”て」


 冒険者ギルドの存在は知っているのか。


 俺は驚いたが、モニカが積んだ――読み終わった――本の中に

 有名な冒険者の伝記があることに気がついた。

 傭兵出身の冒険者が一代で財を成した爆売れサクセスストーリーだ。


「そんな本まで読んでんの」


「そんなとはなんじゃ!? この本は最高じゃ! 我が聖書バイブルじゃ!」


「邪神が聖書バイブルはマズイだろ聖書バイブルは……」


 筆者は冒険者ギルドの現マスター、つまり全冒険者憧れの的である。

 大ヒット書籍であるこの本の影響を受け、

 冒険者を主人公とした物語は数多く生まれた。

 

 最近の派生作品では、

 虚弱な主人公が何故か美女にモテまくる筋書きが受けているらしい。


「おのが剣一つで成り上がり、仲間を集め、悪しき魔物を打ち倒す……熱いのぅ!」


「悪しき魔物はたぶんお前の元手下だろうに」


 ていうかモニカ、調べ物をしつつ伝記を読んでいたのか。

 恐るべき速読である。


「冒険者ギルドに行ったとして、

 さっきのトンデモレパートリーが依頼されていると思えないんだよなあ。

 それに俺らに任せてくれるのか……?」


「ゴブリンシャーマンくらいなら可能性があるのではないか?」


 ゴブリンシャーマンか。

 モニカが本の中から該当のページを開いて見せてきた。


「“ゴブリンシャーマンは幾らか知恵のあるゴブリンだ。

 中規模以上のゴブリンの群れにリーダー格またはそれに準ずる役割として君臨する。

 群れのために原始的な儀式を執り行なったり、治療を司る。

 ゴブリン属では唯一下級の精霊魔法と闇の奇跡を操ることが特徴”


 ……確かにゴブリンなら冒険者ギルドに依頼が出ていそうではあるな」


 ゴブリンはエルフやドワーフと同じく、亜人の血縁とされる。


 が、その知性は甚だ低劣で文化をほとんど有さないと聞く。

 人間とはおよそ交流もなく人里を侵す害獣と同じような扱いをされている。

 

 そんなゴブリンの中で、

 ごく原始的とはいえ祈祷を行う個体がゴブリンシャーマンらしい。

 少なくともゴブリン以上の知性は期待できるだろう。

 しかし俺には懸念事項がある。


「ゴブリンに勝てる気がしねぇ。

 あいつら、つまりは小型マッチョの群れだろ?」


 俺は人間の大人と喧嘩したことすらない。

 物語の主人公のように、並み居るゴブリン共を

 ちぎっては投げちぎっては投げと行くわけがない。

  

「そんなことワシは知ったことではない。

 ゴブリンシャーマンに会いに行くのじゃ、これは神託じゃ」


 神託。

 啓示の類義語で、神が信者を導くときに告げる言葉らしい。


 行きたくない理由をごねる俺にモニカはとってつけたような神託を授けた。

 考えようによってはモニカが口にするすべての言葉は絶大な力を持つわけで、

 はた迷惑な神託量産機と言える。

  

 神の下僕として拒否権はなく、俺は渋々神託を受け入れる。

 

「とはいえ冒険者に同行するとなると色々準備がいるんだわ。

 それに本物の司祭の経験談も聞いてないしそれからでいいよな?」


「イガース教徒との接触は避けるのではなかったのか?」


「あぁ、考えてみたんだけど信者のふりして近づけば大丈夫かなって」


 だって俺は神本人を目の前にしても神だと分からなかったわけだし。

 モニカさえ静かにしていればバレない気がする。


 そういうわけで俺たちは、

 現役司祭の話を聞きに行くことにしたのだった。

 

 思いっきり敵対宗教だけれども。

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