第3話 地味系堕神


 主神の姿を決める作業は難航を極めた。

 堕神教司祭として、最も熱い仕事だったと言える。


「できればこう、親しみやすい普通の女の子になれませんかね、普通の」


「普通ぅー?

 ”普通”って名前も知らない大勢たちが

 いつの間にか決めた不条理な枠組みのことぉー?」


 反抗期のガキのような返答をする主神。


 一瞬いらついたが何とか交渉すること暫し。 

 神の姿は“丁度いい”塩梅の女性になった。


 なぜグラマーな美女にしなかったか。

 それは俺が男色家だからである。



 ……嘘である。


 たしかに好み全振りのパーフェクト女子を再現しようという考えはあった。

 当然だ。


「なんでこんなつまらないオナゴにしたんじゃ?

 おっぱい盛らなくてええんか? おっぱい好きじゃろ?」


 ”出来上がった”体を見て邪神は不服そうだ。

 そしてこの神、おっぱいおっぱいうるさい。


「いいですか?


 仮に地味フェイスの俺が

 絶世の美女を引き連れてそこらを闊歩したとする。


 すると間違いなく目立つ。

 イガース教徒にバレようものなら

 速やかに“神のみもと”に召されるでしょう」


 ……俺の主神は隣にいるにも関わらず。 ”神のみもと”て。


 ともかくあらゆる側面において

 衆目を集める行動は控えるべきだろう。


 とはいえ俺も男としてギリギリのラインを攻めたつもりでいる。


 つまり目立つほどではないけれども、

 十分妥協できるレベルの外見を見出したということだ。

 元魔物は今や十代半ばの少女に変貌している。


「そしてそのオナゴは決して、つまらなくない!


 いいですか! まず髪!

 活発そうな赤毛! セミロングの大きな三つ編み!

 これは歩くたびに揺れるのが可愛い!


 次に身体!

 大きすぎず小さくもない、絶妙に慎みのあるおっぱい!

 長さと肉付きを両立した健康な足! 尻!


 そして顔!

 キレイ系よりはかわいい系で三つ編みとの相乗効果!

 愛嬌ある顔立ちで安心感がすごい!


 つまり――」


「普通じゃの」


 ――そう、普通さこそがキモなのだ。

 

 顔立ちに派手さこそないものの、

 ときたま見せる笑顔、

 不意に気づく横顔の曲線、

 滑らかな鎖骨、しなやかな足首、着痩せする肉付き、少しのドジっ気、

 それでいて地味さを密かにコンプレックスに感じている設定等々――


“あれ? 今まで気づかなかったけど、

 この子って結構可愛くね?


 俺だけがこの事実に気づいてね?

 このチャンス手放すわけにはいかなくね?”


 と男なら誰しも経験のある、

 絶妙なレベルの“微”少女に仕上げたのである。


 ”普通”の中にちりばめられた”愛らしさ”、

 ”親しみやすさ”が最終的に結晶となり、

 分かる人には分かる魅力を地味に放っているのである……!



「そういうわけなのです、我が主よ」


「いや後半頭の中で語っておったろ、分からんわ。

 聞いたところで分かる気がせんが」


 ちなみに魔物形態の美乳よりやや小さくしたのが今のサイズだ。


 これらの成型作業には実に半日を要した。

 否、半日しか時間を与えられなかった。


 何故なら最後の方は神が飽きてきて、


「お主がストップと言うまで顔面をランダムに生成するぞ」という脅しをかけてきたのだ。


「……ふぅ、久しぶりにいい仕事したな。 今日のお勤めはここまでかな」


「そんなわけあるかバカ者。 情報を仕入れにいくんじゃろうがタワケ!」


 汗を拭った俺を堕神が小突いた。

 そんな華奢な手に触れられては役得な気分になってしまう。


 自然、微笑みが溢れる。


「きーもち悪いのー……

 気軽にしろとは言ったが、

 気持ち悪くしろとは言っとらんぞ。


 お主の希望に合わせてやったのだから、

 これからはワシの希望をきいてもらうからの。

 まずはワシのことと他の神について調べるのじゃ」


 あと喋り方も若干人間ぽくした。

 ぎりぎり”古風”で通したいレベルだ。


「神のことは神自身が一番知っているんじゃ?」


 神のみぞ知るという言葉とは違うが、

 俺たち人間が知る神の情報など

 神本人からすれば知っていて当たり前の今更知識ではないだろうか。


「そうなんじゃろうが、

 ワシは自分の境遇について記憶があやふやなのじゃ。


 昔に“白き”奴らと戦争をして敗れたところまでは覚えているのじゃが……

 正直、今ここにどういう理由でワシが出現したのか全く分からん。

 呼ばれたような気はしたんじゃがなぁ。


 分からんといえば汝のことも分からん。

 ワシの体をこねくり回す前に

 自己紹介するのが筋であろうが」



 それもそうだ。

 自己紹介をするのは久しぶりだが、

 まさか神を相手にするとは夢にも思わなかった。


 俺の名前はエルネスト=ヘイレン。


 年齢は今年で二十歳。

 実家は商家で三兄弟の三男坊。

 魔術師ギルド=学院に入って3年目で、

 専攻は“術式簡易化研究”。


 成績はすこぶる優秀。 嘘ではない。

 好きな動物は兎。 美味しいから。


 こんなところだろうか。

 神の反応は薄く、

 これといって引っ掛かるプロフィールはなかったようだ。


「確認じゃが隠れてワシを信仰しておったということは?

 また家族にそのような者がおったということは?」


「ない」


「ワシに所縁のある地や、物に関わったことは?」


「ない」


「じゃあワシに興味があった?」


「全くない」


 啓示を授かった者として包み隠さず返答した。


 対して神は気分を害された風もなく神妙に頷いている。

 当初からすると神への俺の態度は軽率かつ無礼だ。

 しかし神というのは存外心が広いらしい。


 逆に上位の存在であるからこそ、

 矮小な人間如きに腹を立てるまでもないということか。


 今度は俺から問いかける。


「まず初めに、これからなんて呼べばいい? 村娘っぽく“モニカ”でいい?」


「好きにせよ」


 心底興味がなさそうに神=モニカは答える。

 ”堕神オヴダール”の名前など恐ろしくて口にできようはずもない。

 

 あまりの迫害ぶりにその御名を知らなかった俺だが、

 知る人が聞けば多分一発でバレるだろう。


 というわけで今この瞬間より偉大なる堕神は

 モニカという超普通な別名を得た。


「俺は堕神の司祭たる資格を得たんだよな。

 っていうことは堕神の奇跡を代行する資格を得たっていうことで、

 ズバリ俺にはどんな奇跡が行使できるんですか?」


 単刀直入に一番知りたいことを聞く。

 言葉遣いも若干改まろうというものだ。


 教義を守り崇拝するだけの一般的な信者とは違い、

 ”司祭”の数は圧倒的に少ない。


 何故なら司祭になるためには

 啓示をその身に受けることが必須条件であり、

 啓示というものは誰それと授かるものではないからだ。


 司祭は自身が仕える神の力――奇跡――を代行する権限を必ず授かる。


 光の神の司祭ならば光の奇跡を。

 水の神の司祭ならば水の奇跡を。

 そして闇の神の司祭ならば闇の奇跡を。


 逆に啓示を受けなければ、

 例え何十年修練を積んでも奇跡に触れることはできない。



 そして現状、奇跡は魔術によって再現できない。


 詠唱によって超自然的な現象を発生させるのが魔術。

 祈りによって超自然的な現象を発生させるのが奇跡。

 酷似する結果を齎しながら、そのプロセスは異なる。


 奇跡に興味がある魔術師は多い。

 しかし未だかつて司祭と魔術師、

 2つの資格を持つ人間はいないのだ。


「”奇跡”……奇跡か、ちょっと待つのじゃ。 うーん……」


 そんな中である。

 そんな中、この俺は魔術師でありながら、

 てっきり滅びたと思われていた堕神の啓示を受けたのである。


 それ即ち、

 魔術の徒でありながら希少な闇の奇跡を行使できる、

 選ばれし者の中の選ばれし者ということ。


 胸が踊らないわけがない。


「奇跡かー…奇跡なぁー……」

 

 ぽりぽりと顎をかくモニカ。


 知識の探求者として。

 男として……!


 俺の人生の波乱に満ちた本編が幕を開けるのだ。

 そんな高揚を俺は感じていたのだ。


 闇の奇跡というとやはり仄暗く危険なのだろうか。

 例えば精神に悪影響を及ぼしたり。


 または闇のなかで活発に活動できるようになったり。

 はたまた淫靡だったり……




「うーんとな、知らん」



 

 ――?


 我が耳を疑った。

 妄想に浸っていたがために

 モニカの言葉を聞き間違えたらしい。


 俺は片耳に手を当てて、

 もう一度言葉をもらえるよう要求した。



「奇跡とか知らんし。

 ワシ自身何ができるか知らんのに、

 汝に何ができるかなぞ知るわけなかろ?」



 なるほど、これが闇の奇跡なのか。

 俺は目の前が真っ暗になった。

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