第15話 目的地ありました
この街のメインストリート。
軒を連ねた商店は人々で賑わっている。
冒険者ギルドもここの一角にある。
なぜ今日、俺がここを歩いているか。
「モニカちゃん、いつも同じ服着てるんですね」
それはリタの言葉がきっかけだった。
本人に言うのは憚られたのだろう。
モニカの世話役(として認識されてた)俺にリタは相談したのだ。
どうやら会うたびに寸分違わぬ服装をしているモニカを見て、
色々と心配しているらしい。
俺は服装に無頓着なので気が回らなかった。
しかし女の子同士だと思うところあるようだ。
……ん? モニカを女の子と形容するのは違うか?
ともあれモニカのなりが貧相ではあらぬ誤解を生んでしまう。
そこで俺はモニカに”普通の“お洒落をさせるべく、先立つ物を作るため、
とある店を訪れたのである。
街のメインストリートと呼べる大通りを俺は進む。
しかし目的の店は表通りではなく、
そこから裏路地に入った小さな店だ。
廃屋のような佇まいの店は知る人ぞ知る隠れ家的調合屋である。
とは言ってもその道の人間にはお馴染みの店の一つであり、
学院では”爺の店“という通称で親しまれている。
立て付けの悪い扉を開けると薬品や香の匂いが来客者を迎える。
そんな独特の、しかし嫌いじゃない空気の店内に入っていく。
――普段ならそうなる筈だった。
しかし今日は先客がいたようだ。
手をかけた扉は、店を出ていく人物によって先に開かれる。
例の匂いを背にして現れたのは如何にも人相が悪い男だった。
続いてもう一人……彼も彼でいかにも堅気ではない。
男二人はすれ違い様に俺を観察して去っていった。
この店にああいった怪しい輩が出入りするのは珍しい。
いや、取引自体はあるのかもしれないが
直接店を訪ねてきたところは初めて見た。
「爺さん久しぶりー」
気を取り直して入店した俺は
いつもの品揃えと老いた店主に迎えられたのだった。
室内が荒らされていたとか、
店主が殺されていたとか、物騒なことがなくてよかった。
ていうか強盗であれば俺もただでは済まなかったか。
店内はいつも通り色々な素材や薬品や道具やらが所狭しと陳列されている。
「爺さんこれ、ゴブリンシャーマンの舌。 買い取りいくら?」
店主はカウンター奥の椅子に深く腰掛け、
膝に乗せた本を読んでいる。
もしかしたら本を開いたまま寝ているのかもしれない。
傍目からはどちらであるかはわからないが、
利用者はいつも大きめの声で呼びかけることになる。
爺さんは顔を上げることもなく、辺りをゆっくりと探って何を掴んだ。
それをカウンターの上に―俺の眼前に置いた。
その置かれた硬貨たちが舌の買取価格である。
思っていた以上の値打ちに俺は少し驚いた。
なるほど、冒険者とは儲かるわけだ。
布で包んだ舌を硬貨の隣に置くと
店主は震える手でそれを引き寄せ、布を解いた。
品物の真贋を判別しているのだろうが、
あの様子では目も結構弱っているはずだ。
大丈夫なのだろうか。
ていうか鑑定より先に硬貨を寄越さないほうが
防犯上良いのではなかろうか。
という俺の心配はよそに老人はこちらに顔を向けて何事か呼びかけた。
口が微かに動いたのが見えた。
しかし言葉はほとんど聞き取れない。
だが追加の硬貨をカウンターに置いたことから、
増額を俺に伝えたかったのだろうと納得する。
「どこでその舌をとってきたのか、そう聞いてる」
不意に俺の背後から若い男の声がした。
聞き覚えのある声音、それも割と最近だ。
振り返った俺の目の前にいたのは、
ゴブリンシャーマン退治で同伴した(というか牽引してもらった)冒険者の一人、
盗賊のジェイだった。
音もなく入店し、背後をとられた男の身のこなしについて、今では驚きに値しない。
どうやらジェイは店主の言葉を聞き取っていたようだ。
「ジェイさん、久しぶり。
奇遇だなこんなところで会うなんて。
この舌はな、ジェイさんたちとゴブリン退治に行った時にとったやつだよ」
俺の返答に爺さんはまたポソポソと言葉を発した。
今のは辛うじて聞き取れた。
お前さんがそんなことをするとはね、的なニュアンスだ。
「まぁ俺も色々あってさ。
そうだ、紹介したい奴がいるから今度連れてくるよ。
爺さんの良い話し相手になると思う」
モニカを一度面通ししておいたほうがいいだろうな。
エイダに嘘をついた手前もあるし、
爺さんがモニカの暇潰しに相手になってくれれば俺も助かる。
「聞きたいんだが、最近ここに新顔は来たか?」
ジェイが店主に問いかける。
痩せた腕が左右に振られたのが返答だった。
……否定の意味か?
「そういえばさっき、出て行く二人組を見たよ。
あれジェイさんの同業者?」
「……どんな奴だった?」
人相の悪い二人組の特徴を教えるとジェイは礼を述べて去っていった。
そして去り際に俺に忠告をくれた。
「そいつらを見かけても関わるな」
あの二人について心当たりがあるのだろう。
もしかすると仲良しさんではないのかもしれない。
まぁ俺の預かり知らぬことだ。
関わるなと言われれば逆らう理由はない。
必要な素材を買い足すと俺も店主に別れを告げ調合屋を後にしたのだった。
静まり返った店内で、発せられた老人の言葉が俺に届くことはなかった。
「……おしゃべり坊主……」
…
……
………
さて俺はモニカに出会ってからイガース司祭、蔵書室、教会図書館、
果てはゴブリンシャーマンの所まで堕神の情報を求めて奔走した。
それはこれからも変わらないと思っていた。
そう、リタから衝撃の事実を聞かされるまでは。
「そうですよ?
ダストケイレンとエルダーベインの国教はオヴダール神です。
知らなかったんですか……?」
俺の食いつきに対してか、或いは無知に対してか。
引き気味のリタに構わず質問を続ける。
「迫害されてる堕神の教会が、なんで公然と存在できるんだ?
まずイガースの宗教国家が許さないよな?
それにオヴダールは討ち滅ぼされたんじゃ?」
それと以前話を聞いたイガース教の若い司祭は、
堕神教の残党を駆逐したとか言っていなかったか。
話を盛ったのだろうか。
「ダストケイレンとエルダーベインの
国力が高いからじゃないでしょうか……。
治安は確かに悪いらしいですけど、
逆に富を隠し持ちたい有力者には都合がいいとのことです。
“ダストケイレンに棺を隠す”という言葉もあるくらい」
「吸血鬼じゃな!」
俺が口にするより早く、
嬉しそうにモニカが割り込んだ。
「吸血鬼が隠れ家に棺を置いていて、
体が滅びても棺の土から復活するとかいう話が元ネタか?」
「そうです、そうです!」
嬉しそうにリタが首肯する。
俺の最近の“勉強”も無駄ではなかったようだ。
けど、言葉を覚えた幼子を褒めるかのようなリタの笑顔は
俺を複雑な気持ちにさせた。
俺って馬鹿に思われてない?
とはいえこの話題について俺の常識が欠如しているのは明白だった。
一応、知識の探求者を気取る魔術師である。
しかし実態は堕神を国教にするという
非常に個性的な国を全く知らなかったのであるから情けない。
この国の情報規制があるにしても誰か教えてくれても良かったのではないか。
……教えてくれる友達がいなかったか。
モニカが何を察したのか俺の背中に手を置いた。
お前優しい風な行動してるけど、
あの国の存在について後で言及するからな。
さすがに自分の国くらい覚えとけよ。
「イガース教は確かに最大規模の宗教ですけど、
簡単に滅ぼせるほど二国は小さくありません。
それに、二国と貿易関係を結ぶ諸国に反感を買うと思います……。
堕神が“白き神々”に滅ぼされているのに
国教として成立するのかという話ですが、私にもよくわかりません。
ただ神話関係の本では、
“人が信じる限り、神が消えることはない”と書かれていました。
抽象的な表現ですけど……。
仮に明日、知識神が滅んだとしても私は信仰を捨てないと思います」
リタの声は小さい。
しかし最後の言葉には強い意志が込められていた。
「のぅ、リタ。
その国は自由に入れるのかのう。
やっぱりこの国の出身じゃ厳しいんじゃろうか」
「エルダーベインなら多分入れます。
えっと、イガース教会に親密でなければ……」
リタが探るように俺とモニカを見た。
まぁ教会図書館に出入りしているくらいだから
イガース教に懇意なのだと思われたのだろう。
実態は真逆もいいところだ。
とても言えないが。
「ダストケイレンは“白き神々”、
それと一部の中立神を信仰する人を通していないそうです。
でもエルダーベインは開放的で噂では
イガース教徒ですら入れたという話もあります」
ちなみに俺がいるこの国は堕神教徒は出入り禁止どころか連行されるらしい。
だが敵対宗教の信者を入れるなど無防備すぎないだろうか。
その質問にリタは答える。
「エルダーベインは指導者が変わってより原理主義的になったんです。
堕神の教義は“真なる自由”なので、
“誰に何も縛られない”をスローガンにして
いろんな種族や職業を呼び込んでいるらしいです……ふぅ」
そこまで言ってリタは頬を冷ますように両手で挟んだ。
「すいません、たくさんお話ししたので、ちょっと……」
「あぁ、ごめんな、質問してばっかりで」
俺はリタに詫び、コップに注いだ水を渡した。
それにしても俺のすべての質問に淀みなく答えてくれるとは。
知識神の信者というのはすごいな。
”全てを見よ“とは、なんて実りある教義なのだろう。
同じ知の探求者として改宗に心が揺れる。
そんな俺をモニカがジト目で見つめていたことには気づかなかった。
俺は決断した。
これからの明白な目標をだ。
「モニカ、俺たちはエルダーベインに向かうぞ」
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