第14話 図書館ではお静かに


 ”冒険者ギルドに通いながら堕神の奇跡を行使する魔物を探す”


 ”他の宗派の司祭と接触を持ち、失われた記憶を呼び起こす”


 ”ついでに堕神の教えを広める”


 先日、俺とモニカの間で決定された活動方針である。

 

 この三つを併行することになったが、

 俺としては魔物探しは極力避けたい。


 となると積極的に他宗派の現役司祭から話を聞いて

 モニカに記憶を取り戻して頂きたい。

 

 そして司祭との対話の過程で布教の方法を見出していきたいと思っている。


「ほー、ここが我が兄弟イガース君の図書館とな、まぁまぁじゃな!」


「言葉遣いに気を付けてもらえます?」

 

 仇敵イガース神が立派な施設をもっていることが気に食わないのだろう。

 モニカを諫めるのは今日何度目のことか。


 俺たちが訪れているのはイガース教会の教会図書館である。

 本来、俺では立ち入ることはできなかっただろう。

 

 何故か。

 それは俺が魔術師だからだ。

 魔術師ギルドと教会の仲は険悪だ。


 経緯は簡単だ。

 教会に所属する司祭は原則的に治癒系の奇跡を行使できる。


 治療行為は教会の大きな収入源である。

 で、魔術師ギルドの新術開発部門がこれを脅かした。

 治癒系の奇跡に類似する、新しい魔術の開発に成功してしまったのである。


 黙っておけばいいものを、

 この情報が漏れてしまい教会は魔術師ギルドを激しく非難した。


 既得権益を守る為だから当然だ。

 

 結局このとき開発された魔術”疑似治癒”(仮名)については、

 ”致命的な危険性を孕む不安定な魔法”として公に発表され、

 治療行為に使われることが禁止された。

 

 魔術師ギルドとしても宗教国家の所以たるイガース教との不和は望ましくない。

 

 しかし目覚ましい研究の成果を”欠陥品”として謗られた以上、

 わだかまりが残らないはずもない。

 

 特に新術開発部門の奴らはたいそう腹を立てただろう。

 

 風の噂では、あらゆる奇跡を魔術で再現してやると一層息巻いているらしいが。

 ……あそこは学院内でも特に変人の集まる場所だからな。


 というわけで教会は魔術師を敵視しているわけだ。


「主神的には”自由を害する行為”ですよね!?」


「誰でもお金は欲しーからのー」


 主神に賛同を求めたとき意外にも教会の肩を持たれてしまった、何故だ。


 話は戻って、そんな軋轢ある魔術師の俺がなぜ教会図書館に足を踏み入れられたか。


 エイダの名前を出したからである。

 正確にはエイダの実家の名前だ。


 彼女の実家は豪商で名高く、

 教会にも少なくない出資をしているのだ。

 

 もしやと思い利用してみたら実に円滑に侵入、もとい進入できたわけである。



「あー、いたいたコイツ。 地味な奴じゃったのー。

 ぷぷっ、今はそういうキャラで売っておるんじゃー。

 エル見てみぃ、この顔! どんな角度じゃこれ」


 隣で本を開くモニカが笑う。

 モニカが感想を述べた本は、

 間違っても学院卒業者目録などではない。

 

 かつての仇敵”白き神々”の逸話について記された資料だ。


 まるで旧友の近況を知ったかのような口ぶりである。


 俺に向かって開かれたページには”知神ルオラ”の偶像が描かれている。

 堀の深い、叡智を備えた壮年の男性の胸像にしか見えない。


 本によれば、”森羅万象の知識を司る”とある。

 そういえば一部魔術師が信仰していると聞いたことがある。


 また商売繁盛を司る一面もあるらしい。

 そういえばエイダの家にも関連する何がしがあったか。


 実にありがたい神様ではないか。

 何もせず俺に寄生するどこぞの神と違って。



「こいついっつも誰かの腰巾着でのー。

 すーぐ意味深なこと言って煙に巻くんじゃ。

 

 ”すべてを知ることとはすべてを知らぬこと”(キリッ)とか意味不明じゃ。 

 ハッタリ神じゃハッタリ神!」


 モニカは笑いながらパチン、と知神の顔をデコピンした。 


 存在としての格が同じだと神も言われ放題だな。

 どこかにおわしますルオラ神に憐れみを覚える俺だった。


「本を粗末にするんじゃない!

 随分お楽しみのようだけど、

 ちゃんと思い出してるんだろうな?」


「はいはい、分かっとる分かっとる。 うっさいのー……」 


 非難の視線をモニカへ飛ばす。

 対して小言をあしらうかのような態度のモニカである。


 そしてモニカの昔話(?)に華を咲かせつつ、

 書物を読み進めているときだった。


「あの……」


 なんとなく人の声が聞こえた気がした。

 本から目を上げ、右を見渡す。

 誰もいない。

 気のせいか。


 静けさの中にモニカがページを捲る音が響いた。

 俺も資料の閲覧に戻る。


「あの……!」


 再び声が聞こえた気がした。

 先ほどよりも強くだ。


 俺は右を見渡し、今度は左を見渡す。

 それらしき人はいない。


 幻聴に首を捻り、本に目線を戻しかけたところで――


「あの!」


 はっきりとした発声と共に、

 視界の端に誰かが入り込んだ。

 

 首を回してそいつを捉える。


 少女だ。

 小柄でいかにもおとなしそうな少女が俺とモニカの間に立っていた。

 

 深緑色の髪をおかっぱのように切りそろえ、

 前髪の奥からつぶらな瞳が俺を見つめ返していた。


 が、そんな俺の視線から逃れるように少女は一歩下がる。


 もしかしてさっきから俺の首の動きに合わせて死角に入っていたのか?

 暗殺者のような身のこなしだ。

 

 この少女は俺の知り合いではない。

 無論モニカの知り合いでもないだろう。


 となるとイガースの信者か。

 きっと図書館内で騒がしいモニカを注意しに来たのだ。


「どうもすいません、連れがうるさくて。 よく言って聞かせます」


 すぐに謝る人間だ、俺というのは。

 基本的に自らの非は速やかに認めることが大事だと思っている。


 謝罪は鮮度が命である。


「違うんです、い、いえ声が大きいのもそうなんですけど。

 そちらの方……」


 おどおどした様子で少女は答える。

 その視線は俺からモニカへ移った。


 モニカといえば眉を顰めて字を追いかけている。

 なぜに不機嫌そうなのか。


「さっきから初めて聞くことばかりお話ししてて……。

 ルオラ神が気弱だったとか、大地母神が男好きとか……。

 どこでそういう知識を聞いたんですか?」


 あぁん? とゴロツキのような言葉と共にモニカが顔を上げた。

 びくり、と身を震わせる少女。


 不躾なモニカの視線は少女の体を舐めるように動く。

 まるで奴隷商人が品定めをするかのように。


 そして――


「おぬし、ルオラの司祭か」


 少しばかり驚いたようにモニカは言う。

 俺の驚きは”少しばかり”ではなかった。


 少女にしても予想外の言葉だったらしい。


「えっ!? そうですけど……な、なんで分かったんですか?」


「カマかけただけじゃ。

 それよりなんじゃ、

 ワシの話に文句でもあるような顔じゃの、お?」


 何故モニカは威圧的なのだろう。

 ルオラ神が“白き神々”に属するからか?

 それとも相手がおしとやかな少女だからか? 小物かお前は。


 どっちにしろ貴重な司祭と出会えたんだから喧嘩を売るような真似はよせ。


「わ、私は知識神の司祭として、間違った記録を見過ごせないんです!

 主神のことなら尚更です!」


 おっ、意外と度胸あるなこの子。

 モニカはどう返すのだろう。


 誹謗中傷に近い神の知識について、まさか根拠は経験談ですとは言えまい。

 というか言うなよ?


「ま、まぁおぬしには分からないかの、この領域の話は。

 じゃがワシは嘘はついとらんぞ。

 神に関する質問なら何でも答えられるぞ!

 疑うなら何ぞ問うてみよ」


 誤魔化しやがった。

 最近思い出しつつあるとはいえ、そんな強気に出て大丈夫なんだろうな。

 

 ――その後、閉館時間まで少女とモニカは激論を交わしたのであった。

 そして二人の間には爽やかな友情のようなものが芽生えていたのである。

 

 我が主の記念すべき友達一号となった少女の名は、リタ。

 実家が商家を営んでいるとのことだ。

 年齢は15歳。

 

 昔から知らないこと調べるのが大好きで、

 10歳のときに知神の啓示を受けたとのことである。


 俺としてはその辺りの詳細をお話ししたかったのだが、

 モニカと違って警戒されているのか全然聞けなかった。


 おかしい。完全に良識ある対応をしたのは俺なのに。理不尽だ。

 


 二人が激論を交わしている間、俺は昼寝を楽しんでいた。

 せっかく貴重な本があるのだし、それを貴重な枕にしたのであった。


 …

 ……

 ………


「でもやっぱり私が知らないからって、その知識が真実とは信じませんから」


「信じたくない気持ちも分かるがのー。 まぁ好きにするが良いわ」


 出た、伝家の宝刀“好きにしろ”。

 教会図書館を出た後も少女二人は歩きながらお喋りに夢中だった。


 温かく見守る俺だったが、そろそろ今日はお開きだ。


「帰り道はこっちだぞ、モニカ」


「あぁ、そうじゃったか。 またの、リタ」


「ま、またね」


 モニカが手を振ると、はにかんでリタも手を振り返した。

 未だかつてないほど和やかな空気がここにある。

 いいなぁ、女の子同士って。


「そうだリタ。

 良ければ学院に遊びに来こないか? モニカも喜ぶし、珍しい本もあるぞ」


「ぜっ、是非行きます! 明日行きます!」


 餌を巻く俺。

 食いつくリタ。

 頬を紅潮させて滅茶苦茶うれしそうだ。

 俺の内心はその比ではない嬉しさだ。

 顔には出さないけれども。


 そうして俺たちはそれぞれの帰路に着いた。


 ふふ、情報源ゲット。

 しかも美少女。


「リタの尻をイヤらしい目で見るでない、エル」


 ほくそ笑んでいた俺は、何故かモニカに釘を刺されたのだった。

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