第24話 即席パーティー

 

 俺の人差し指に歪な指輪がはまっている。

 昔に作った自作の指輪だ。

 そして今は魔道具でもある。

 

 込められた魔術は”障壁”。

 術者の周囲に壁を作り、飛来物を遮るのだ。


「”障壁”!」

 

 定められた合言葉キーワードにより、

 指輪が発光する。


 半透明の壁が俺を包む。

 直後、軽い衝突音が響いた。

  

「よし」

 

 相手が放った矢を、障壁が叩き落としたのだ。

 矢の軌道からしてモニカを狙ったのだろう。

 

 モニカとリタを庇う位置に移動して正解だった。

 

「”魔力の矢”!」

 

 直後、モニカの詠唱が完成する。

 初球の破壊魔法は光の矢を作り出す。

 それは一直線に飛び、クロスボウを放った男に命中する。

 

「ちょっと弱かったのぅ」

 

「いや十分だ」

 

 短い悲鳴を上げ、男は肩を抑えてうずくまる。

 

 ゴブリン退治のとき、モニカは魔道具による攻撃しかできなかった。

 しかし今回は自ら詠唱し”魔力の矢”を的中させた。

 威力は高くないが牽制には十分だ。

 

「次いくか、エル?」


「用意だけ頼む」

 

 モニカの長所は冷静さだ。

 どんな危機的状況でも焦ってペースを乱すことがない。

 確実にポテンシャルを発揮できる信頼性がある。

 

 俺はそのまま走り出す。

 もう一人の敵、ショートソードを構える男を迎え撃つように。

 

 次いでリタの詠唱も完成する。

 

「”光輪”……!」

 

 両手の人差し指、親指どうしを合わせ”輪”を作っている。

 ”輪”が眩く発光すると、光の帯がもう一人の男へ伸びていった。


 男はショートソードで接近戦を挑んでくるつもりだが、

 ”光輪”はそれより早く着弾する。

 

「ぐっ!?」

 

 陶器が割れるような音と同時、接近していた男が転ぶ。

 俺の眼前で。

 

 何の策もなく魔術師の俺が接近していくわけがない。

 とはいえ内心恐怖でいっぱいなのは言うまでもない。

 

「っしゃオラァァァァ!!」

 

 自らを奮い立たせるべく、雄たけびをあげて杖を振りぬく。

 膝を”光輪”に焼かれ、無防備な相手叩くことは簡単だ。

 3回ほど殴ると男は気を失った。


「なんかマーシャみたいな声でたな」

  

 木製の杖は剣に比べれば殺傷能力は低い。

 それでも人間相手なら十分なリーチと威力だ。

 

 あえて野蛮な手段に出たのは精神力の温存に他ならない。

 ひいては魔石の、さらに言うなら財布の温存のためだ。

 

 

 残るはクロスボウの男だけ。

 しかも手負いだ。

 

「あいつは捕まえてジェイさんに引き渡す。

 殺すなよ」

  

「は、はい!」


「チッ」


 リタの返事に対してモニカは舌打ち。

 

(こいつは命のやり取りを楽しみすぎる)


 モニカとリタが詠唱を始める。

 文字通りメンタルお化けのモニカと違い、

 リタの顔は青い。

 

 攻撃的な奇跡を人間に使ったのも初めてなのだろう。

 詠唱はモニカが先に終え、光の矢が空間に形成された。

 

「モニカちゃん、殺さないでくださいね……」

 

 男は立ち上がっているが、向かってはこない。

 多勢に無勢を分かっているのだ。

 

 しかし逃走する素振りも見せない。

 

(なぜだ?)


「――”影槍”」



「ぬっ!?」



 直後。

 モニカの肩を何かが貫いた。

 それは薬屋の奥、いつの間にか開いた扉の奥から放たれたようだ。


「モニカ!?」

 

 モニカは地面に仰向けに倒れ、動かない。

 肩には黒く長いトゲ、あるいは槍のようなものが突き立っていた。

 

 まるで”魔力の矢”と対照的な魔術だ。

 

 「騒がしい。 子供相手に何を手こずっている」

 

 薬屋から現れた人物。

 それはフードを目深にかぶった人物だった。

 声色から男だと思われる。

 

「モニカちゃん! 大丈夫!?」


「……生きとるぞ」

 

 どうやら致命傷ではないらしい。

 すんでのとことで身をよじり、モニカは急所を外したようだった。

 モニカの心配は後でいい。

 めったなことじゃ死なないだろう。

 

 

「お前、魔術師か。 もしや地下酒場を荒らしたのも……?」

 

 フードの男が俺たちをねめつける。

 その声はねっとりとしていて実に不快だ。

 

「ちょうどいい、ここで落とし前をつけていけ」


 背後でリタの密かな詠唱が聞こえた。

 先手を取りに行くなど、なかなか大胆だ。


 しかし――


「”影槍”」


「”障壁”!」


 俺と相手が行動したのは、ほとんど同時。

 男は攻撃し、俺はリタを庇った。

 障壁と影槍の衝突音が反響する。


「その女、司祭か」


「ひっ……!」


 明確な殺意を向けられ、リタがすくむ。

 

「なんつー詠唱速度だよ。魔道具か?」

 

 嫌な汗が背中を濡らす。

 もし”障壁”に通常の詠唱が必要だったのなら、

 リタを守ることができなかった。

 

 相手の魔術は魔道具を使ったものか、

 考えたくはないが高速詠唱を使わなければ実現しない早さだった。

 

「じかに伝わったこの悪意、道具を介したものとは思えんぞ……エル」


 起き上がり、片膝をついたモニカが苦々しげに言う。

 

「それって高速詠唱ってこと? 並みの導師以上じゃねぇか」


 モニカの感覚が本当なら、実力差がありすぎる。

 

 複雑な破壊魔法を高速詠唱できる相手だ。

 ほかにも術を持っているかもしれない。


 それこそ、俺たちをまとめて屠るような。


「ほう、これを受けて立てるか」


 モニカの様子に少しの驚きを滲ませる男。

 男はゆっくりとフードに手をかけ、頭を露わにした。

 

 整った顔立ち。

 小麦色の肌。

 くすんだ金髪。

 猫のように黄色い瞳。

 

 そして鋭く伸びた耳。

 

「ダークエルフ……」

 

 リタの絞り出したような声。

 

「おい、なんでダークエルフがクロベリアにいんだよ。

 太陽神のお膝元だぞ、ここは」

 

 ”白き”神々の筆頭、太陽神イガース。

 その聖地であり、国教として頂くのがここ、

 クロベリア王国である。

 

 かつて”黒き”神々の手勢として敵対したダークエルフは、

 当然入国を認められない。

 どころか即刻処刑されてもおかしくない。

 

 しかし今、俺の目の前に立ちはだかっている。

 

 

「闇魔法が使える魔物なんて冗談――」


「我々は魔物ではない! 

 そう言われる元凶となったのはお前たちの神のせいだ!」

 

 冗談きついぜ、という俺の言葉は遮られた。

 ダークエルフの男は激高している。

 

 どうやら逆鱗に触れてしまったらしい。

 

「”白き”神の下僕ども、なぶり殺してくれる」


 気が付けば、魔力の矢を受けた男が立ち上がっている。

 ナイフをもう片方の手にとり、臨戦態勢だ。

 

 一回戦は順調すぎたらしい。

 強敵との2回戦が幕を開けた。

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