第23話 薬屋にて


 幼馴染にして魔術師。

 美人にして金持ち。

 そんなエイダは成績優秀者でもある。


「あぁ、劣銀の話?」


「なにそれ?」


 “コボルドの腐った金属”の正体を求めて、

 俺たちはエイダに会いに来た。


 俺の交友関係で一番薬学に明るいのは

 エイダしか思いつかなかったからだ。


 正解を教えてくれた彼女だが、

 俺はそれを聞いてなおピンと来ていなかった。


「そっか、劣銀ですね!」


「あったのう!」


 対称に顔を輝かせるモニカとリタ。

 リタはともかくなぜモニカまで分かった顔をしているのか。


「エルわからんのか?

 この前魔物ついて調べたとき、本にあったじゃろう」


「コボルトは鉱山に住み着くことがあるんだけど。

 そこが銀山だと銀を変質させるのよ。

 青みがかかった色にね。 それが劣銀。

 ……エル、あんた魔術師でしょ? 不勉強じゃない?」


「返す言葉もねぇ」


 モニカはああ見えて読書家なのであった。

 侮ってすまなかった、と内心詫びる。


「で、キレイだから装飾品とかに使われるんだけど。

 それがどうしたの?」


「これで毒薬を作ったとしたら、解毒薬は何を使えばいいか知りたい」


 眉をしかめるエイダ。

 

「劣銀で毒薬ぅ? 聞いたことないわね。

 そうなると専門家に聞いたほうがいいんじゃない?」


「……?」


 ね、とモニカに同意を求めるエイダ。

 何故モニカに対してなのか。

 意味が解らず、俺もモニカもきょとんとしている。


「いや、だから!

 モニカちゃんのお爺様なら詳しいでしょって?」


「ワシのお爺様?」


「……! あぁ! そうだったな、失念してたわ!」


 俺とモニカは嘘をついていた。


 モニカが行きつけの薬屋主人の孫だ、という嘘だ。

 それをエイダに吹き込むことによって、

 モニカが俺の部屋に入り浸る辻褄を合わせていたのだ。


 危ない危ない。

 

 そうと決まれば邪神は急げ、である。


「ありがとなエイダ! じゃ!」


「いやいやいやいや。 説明しなさいよ」


 颯爽と踵を返した俺の肩は、がっしりと掴まれた。

 

 エイダに説明だ?

 絶対に怒られるから勘弁してほしい。


「この度は誠に申し訳ありませんでした」


「謝るようなことしてるの!? エル!」


 その剣幕にモニカとリタが仲裁に入る。

 ありがたい。


「そもそもなんでウェンデルのお嬢さんと、

 エルが一緒にいるのよ」


 リタを一瞥して問う。

 ウェンデル?


「私の実家です。

 エイダさん、ご存じだったんですね」


「昔、一度会ったの覚えてない?

 まぁ挨拶しかしなかったけれど」


 すみません、と首を振るリタ。

 商家同士の付き合いというやつだ。


 リタ=ウェンデル。

 それが彼女のフルネームか。


「あれじゃろ、”ちょっとしたパーティー”じゃろ」


「あら、よくわかったわね」


 ジョークのつもりが本当にパーティーで会ったらしい。

 金持ちは生活習慣が違うな。 


「で、ご令嬢を危険な目に合わせてるんじゃないでしょうね?」


「それは、あの、私が勝手にというか……」


「待て、リタ」


 しどろもどろになるリタを制す俺。

 こいうときにどういえばいいか、俺は学んだ。


 眼光鋭く、強者のオーラを纏って言い放つ。


「”成り行き”ってやつだ、エイダ」


 決まった。

 ジェイにやれたときから、ちょっとカッコイイと思っていたのだ。


 渋い男にこう言われたら、乙女は引き下がるしかあるまい。


「はい? その”成り行き”を聞いてるんだけど。 バカなの?」


「あっ、はい……」


 俺のオーラを察するには、エイダでは鈍すぎたのかもしれない。


「ともかくいずれ話すわ。

本当ありがとな、ごきげんよう!」


 有無を言わさず席を立つ俺。

 後ろからリタとモニカの慌てた足音が続く。


「じゃあのエイダ」


「また今度、お話ししたいです……」


 リタのフォローは流石お嬢さまだ。


 呼び止める声を無視して次なる目的地へ向かう。


 

 …

 ……

 ………

 

 

 薬屋、触媒屋、調合屋、錬金屋。

 色々通称はあるが、俺はここを「爺の店」と呼んでいる。

 

 いつからあるかわからない。

 店主はそれこそ大魔術師のような風貌の老人だ。


 歴代の導師も立ち寄ったと言われる老舗である。


 表通りから離れ、ひっそりとした店構えが特徴だ。

 普段なら人気もなく入るのに手間取ることはない。


 しかし今日に限って、二人の男が店の前で客を阻んでいた。

 客というのは無論俺たちのことだ。


「エル、見るからにヤバそうな奴らがおるぞ。

 ありゃ魔術師じゃないのう」


「冒険者とかそっち系かな。 こぇぇ……。

 通してくれるかなー、無理だろうな―」


 歩きよりながら観察する。

 男たちは二人とも体格がよく、革鎧を着こんでいる。

 

 腰にはショートソードが下げられており、

 明らかに魔術を修める人種じゃない。


「いや、待て。

 どっかで見たなアイツら」


 俺の記憶に引っかかるものがある。

 

 爺さんの店。

 怪しい二人組。


 思い出した。

 ゴブリンシャーマンの素材を換金したときだ。

 爺の店に立ち寄ったときすれ違った二人組である。


 たしかそのあと、ジェイから「あいつらには関わるな」と

 言われた気がする。


 危険人物確定だ。


 相手を認識しているのは、向こうも同じだった。

 二人組は俺たちを注視し姿勢を改めている。


「エルネストさん、どうしましょう。

 あの人たち、剣に手をかけてます……!」


「やる気満々じゃの。 エル、先手必勝じゃ」


 モニカが杖を構える。


 こんなこともあろうかと、エイダに会うついでに

 ”魔力の矢”を杖に付呪し直しておいてよかった。

 

 奮発して魔石も持ち出した。

 準備は万端だ。

 

 しかも相手と俺たちの間には十分な距離がある。

 俺、モニカ、リタ。


 魔術と奇跡を使える三人を相手に、

 詠唱できる隙を与えるとは愚の骨頂。


「剣なんて魔術師にとっちゃ丸腰同然だぜ!」


 なおかつ3対2である。

 数的有利な状況に気が大きくなる俺だ。


 詠唱を始めるリタと俺。

 相手に杖を向けるモニカ。


 それを見てクロスボウを取り出す男。

 片やショートソードを抜いて走りだす男。


「おい待てそれはマズイって」


 クロスボウは反則だろ。

 詠唱完遂前に届いてしまう。


 もし俺があのときの高速詠唱(のようなもの)を

 再現できれば、クロスボウを阻害できるかもしれない。

 しかし全く自身がなかった俺は通常通り詠唱していたのだ。


 俺は咄嗟に詠唱を中断すると、リタとモニカの前に出た。


 こんなにも早く新作を披露することになるとは。


 予算の都合で、この魔道具には魔力が込められていない。

 詠唱を短縮する効果しかもたない。


 つまり魔術の発動には俺の精神力を使うことになる。

 だから温存したかったのだが……。


「”障壁”!」


 飛来する矢を迎撃すべく、

 俺を覆うように半透明の壁が展開された。

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