第8話 神の意向

 破竹の勢いとはこのことだ。

 冒険者としての初仕事である、ゴブリン退治。


 最初に接敵したゴブリンの集団を、

 俺たちは難なく撃破していた。


 素人の俺でも作戦が円滑に進んでいることを実感できた。


「よし、この辺は片付いたな。 いよいよ本陣だ、気合い入れろ!」


「はい!」

 

 ダンの激を受け、俺は一層気を引き締めた。


 ダンと俺とモニカで家屋周辺のゴブリンは処理した。


 俺たち3人が次に向かうのは、

 盆地からほど近くに口を開けた坑道のような洞窟だ。


 ダンの見立てではあの洞窟はゴブリンたちの最初の住処であり、

 群れのリーダー格が待ち構えているとのことである。

 

 洞窟へ進行する道すがら、2人の仲間が合流した。

 剣士のアランと戦司祭のウィリアムだ。


 二人とも返り血で汚れているが大事なさそうで安心する。


「調子はどう? お二人さん」


 アランが並走しながら問いかけてくる。

 その息はほとんど乱れておらず、

 笑顔が余裕を感じさせる。 実に爽やかだ。

 

 対して俺はみんなについて行くのが精一杯だ。 実に残念だ。


 魔術の行使により魔力を消費し、

 多少ふらつく感があったが肉体的疲労のほうが深刻だ。


「ど、どうにか」


「余裕じゃ、よゆー!」


 モニカはまだまだ元気そうだ。

 

 見た目体力がある風に見えないが、

 まさか無尽蔵に動けるとかあるまいな。


 何せ神である。

 そういうインチキができても不思議ではない。


「陣形っ!」


 ダンの合図と共に俺たちは陣形を組む。


 前衛はウィリアムを中心にダンとアランが脇を固め、

 後方は俺とモニカが左右に控える。

 

 洞窟の入り口からゴブリンとコボルドたちが次々に飛び出してきた。

 前衛が速度を上げて接敵し、入り口付近で敵を食い止める。


 ダンとアランが盾と剣の振りによって敵のすり抜けを阻み、

 半歩遅れたウィリアムが咆哮した。


 咆哮とは“武神ボルトラ”の授けた奇跡、“威圧”である。

 単に相手を威嚇したり自身の戦意を昂らせるためだけの発声ではない。


 無論、修行者の腹の底から発せられた迫力ある喝は、

 通常でも臆病な者を驚かせるだろう。

 

 しかし神の力を宿した怒声は、迫力と声量を増大させる。

 心の弱い者は恐慌状態に陥ったり、あるいは戦意を喪失してしまう。

 

 俺が見える範囲のゴブリンたちは皆、体を硬直させた。


 数匹のコボルドは恐怖のあまり洞窟内へ踵を返しているが、

 逆に洞窟から出てきた同族と衝突し混乱を広げる結果になっている。



「すさまじい迫力じゃな」


「あぁ、正直ちびるぜ」


 神も舌を巻く迫力だ。


 こんな大音をいきなり浴びせられたら、

 それこそ心臓が止まりかねないな。

 と同情すら覚える。


 ウィリアム司祭が使える奇跡については打ち合わせで概要を聞いていた。


 が、効果のほどを目のあたりにすると奇跡とは凄まじいものだと実感する。

 俺にもああいうことができるようになるのだろうか。

 ……ちょっと想像できない。



 前衛3人が機に乗じてゴブリンたちに畳み掛ける。


 俺たちより数に勝るゴブリンだが、

 およそチームワークというものは見られず次々に屠られていく。


 俺とモニカの役割は、

 前衛たちが組み合っていない奥のゴブリンたちに向かって

 “矢”を打ち込むことだった。


 仲間に当たらないよう、杖を高く掲げて狙いを定める。

 

「“魔力の矢”!」


 俺の杖の先端に光が現れ、

 矢となってゴブリンに突き立った……と思う。

 

 群れているゴブリンに適当に打ち込んでみた。

 ゴブリンたちは密集しているし多分当たっただろう。


 モニカも呪文を打ち込んで行くが、頻度は俺より少ない。


 なぜならモニカの“矢”は俺より早く残弾が尽きるからだ。

 

 モニカの杖に付呪されている“矢”の呪文は、

 封じられた魔石の魔力を対価として発動している。回数にして15発ほどだろう。

 

 ここまで来るのに10発は撃ってないと思うが、

 万が一にも魔力を使い切ってしまうと危険だ。


 その危険性について俺はモニカに言い含めていた。


「”貫け”!」


 モニカの合図が聞こえる。

 この状況下で冷静に見極めて撃てているようだ。

 魔術師ぶりがなかなか板についている。


 俺たちがそのルーチンをしばらくこなすと、

 迎撃に出て来るゴブリンの数は目に見えて減っていった。

 

 てっきりもっと早く後続が途切れると思っていたが、

 洞窟内の戦力は意外と多かったらしい。


 体格の良いゴブリンが一匹出てきたが、

 ウィリアムのメイスで頭を迅速にかち割られていた。

 

 おそらくあれが、ゴブリンの上位種であるホブゴブリンだったのだろう。

 熟練のパーティーにかかれば赤子の手を捻るようなものだ。




 洞窟入り口の敵は片付いた。

 ダンが俺に目配せし、洞窟内部へ足を踏み入れていく。


 重なり合うゴブリンとコボルドの死骸を踏み越えて俺たちは続く。


「(強烈な匂いだ)」


 洞窟内を進んでほどなく、俺は反射的に鼻を摘んでいた。


 横目で見たモニカも同様だ。

 この集落に乗り込んでから感じていた悪臭がより濃厚になっている。 


 当然だが洞窟は進むほどに暗くなる。

 ゴブリンたちは夜目が効くのだろうが、俺たちはそうはいかない。


 「“灯火”」


 詠唱の後、俺の呪文は発動された。

 

 “灯火”はランタンと同等の照度をもつ、

 光の玉を出現させる呪文だ。

 

 かつては光の玉を杖の先端に固定するしかできなかったが、

 学院の研究により任意の地点に固定したり追従、

 先導させる挙動が発見された。

 

 それを前衛の頭上を照らすように操作する。


「罠に注意してください」

 

 前方からウィリアムの声が聞こえる。

 前衛がいるから、と足元を疎かにしないよう気を配った。


 “灯火”に導かれて洞窟を進むと、ほどなく広めの空間に出た。


 どうやら最深部のようだ。

 再奥の壁には石やら草やら骨やらを積み上げた祭壇があり、

 その前で大きめのゴブリンが何事かを呟いている。

 

 はっきりと聞き取れないが人間の言葉ではない。

 そしてその足元には負傷して呻くゴブリンが一匹。


 祈祷と思しきゴブリンの声が終わるのと同時、

 負傷していたゴブリンの体が微かに光った。


 ほどなくして光が消えると、ゴブリンのうめき声は消えた。

 代わりに傷の癒えたゴブリンが立ち上がり、俺たちを睨みつける。


「ほぅ」


「あれも奇跡か…?」


 モニカが感心したように小さく息を吐く。

 そして俺に目配せする。

 奇跡によって仲間の負傷を治したのだ。


 奇跡を使ったゴブリンの体格はホブゴブリンのそれに近い。

 特徴的なのは粗悪な杖を握り鳥の羽や動物の骨の装飾を身に纏ってる点だ。

 おそらくあれがゴブリンシャーマンだろう。

 

 更にその両脇にはホブゴブリンが二匹控えている。

 と、“灯火”に照らされた何かが鈍く反射した。

 

 ……鎧だ。

 

 二匹のホブゴブリンは金属鎧の一部を纏っていた。


 以前ここを訪れ、返り討ちにあった冒険者の遺品だろう。

 人間の防具を紐状の何かで強引に体に巻きつけている。

 戦闘の結果ひしゃげたのか、剥ぎ取る際に壊したのかは定かでない。


 手に握っている武器も、一匹はロングソード、もう一匹は小盾とスピアだ。


 鋭い石や、粗悪な石斧を携えていたこれまでのゴブリンとは装いからして違う。、

 群れの中で上位に位置するようだ。

 

 ゴブリンシャーマン1匹。

 ホブゴブリン2匹。

 ゴブリン1匹。

 対する俺たちは5人。

 

 俺達とゴブリンたちの睨み合いはそう続かなかった。

 ホブゴブリンが雄叫びを上げ、

 ゴブリンシャーマンが詠唱を開始したのと同時に闘いの火蓋は切られた。



「ウォォォォォ!!」


 ゴブリンと人間、双方の雄たけびが反響する。


 ダンがロングソード、アランが盾持ちのホブゴブリンに斬りかかる。

 ウィリアムがゴブリンシャーマンの元へ走る。

 

 ウィリアムはゴブリンシャーマンの詠唱が成される前に

 一撃入れたかったようだ。

 

 が、その算段は崩された。

 さっきまで傷を負っていたゴブリンが立ちふさがったのだ。


 おそらく洞窟入り口の攻防の際、

 傷ついたゴブリンの何割かはゴブリンシャーマンのもとに戻り、

 回復して戦列に復帰したのだろう。


 なんとなく数を多く感じていたことにも合点がいった。


 ゴブリンは一度傷を負うことで警戒を覚えたのだろう。

 

 あまり踏み込まず、

 牽制するようにウィリアムに粗悪な槍を振るった。


 槍は掠りもしないが、正解だ。

 真に危険なのはゴブリンシャーマンの奇跡であり、

 発動までの時間稼ぎが必要だったのだから。

 

 ゴブリンシャーマンの詠唱は間も無く完了し、

 なんらかの闇の奇跡が発動される。


 ――が、そうはさせない。

 間一髪のタイミングで俺の詠唱も完了し

 “矢”を打ち込むことでシャーマンを妨害してやる。


「“魔力の”――っ!?」


 俺の“矢”が間一髪でゴブリンシャーマンの奇跡を止める筈だった。


 しかしそれは失敗に終わった。

 そこに俺のミスは無い。


 ――なぜだ?


 突如として俺の思考は、

 圧倒的存在感を持つ何者かによって麻痺させられた。

 

 頭に詰め込まれたのは畏怖であり戦慄、

 人間誰しもが本能的に恭順する強大なる感情。

 

 この感覚を俺に押し付けられるのはただ一人――モニカだ。

 

 ほんの一瞬、しかし決定的なタイミングで

 “神の威光”に晒された俺は呪文の制御に失敗した。


 杖の先端に現れた光は、矢を形成せずに掻き消えてしまった。 




 驚きの視線を向けた俺に堕神オヴダールは悠々と告げる。




 <<ワシが授けた奇跡とやらを見物しようではないか>>

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