第14話:囮捜査
グラス兄妹の話を聞いてから4日が経過した。マイナの家の片付けが終わり、計画を練り、その後僕はホテルに部屋を借りた。
4階立ての建物の3階の部屋で、窓からは大きめの通りが見える、行き交う人々は様々だが、白人系に近い人が多い。
彼らはどこに向かっているのだろう、仕事だろうか、それとも買い物にでも行くのだろうか、この世界にはこの世界なりの暮らしがある。
きっと僕が見た事も無い職業もあるのだろう。
周りの建物は余り高く無い為、ここからの眺めはとても良い。思えば随分城から離れた場所に部屋を借りたものだ。ここからじゃ城はチラリとも見えない。
通りの向こうを見下ろすと、ユビウスが行きつけていたというバーがある。どことなく高級そうな店構えをしている。
「ミリオン、僕って食べ物とか飲み物とか口に入れて大丈夫なんですか?」
「ダメだな。壊れはしないが、味もしないし、詰まるぞ」
「はは、残念。異世界の料理を味わいたかったな」
僕はぶーたれながら、ミニミリオンを胸ポケットに入れる。
部屋には昔の住人が使っていた家具が残っている、そして部屋の中心には大きな革の鞄が一つ……ユビウスの遺した鞄の一つが置いてある。
ミリオンにも使ってしまえと言われたので、言われた通りにするとしよう。
僕は、鞄の中から札束を一掴みすると、ポケットに無造作に突っ込んだ。
「じゃあ出掛けますか」
さぁ、囮調査の開幕だ。ミリオンとマイナは城の仲で僕をサポートするのが役割だ。
外に出た僕はまず、服を買った。この辺りで一番大きな服屋でだ。
デザインは地球では見たこと無いようなものから、スーツの様に見えるものまで揃っていた。
まぁ、良く判らないので一番高い服を上から下まで揃えた。白いシャツと黒いジャケットとズボン。ワニっぽい革製靴というスタイルになった。
店員とそれとなく会話して最後にさりげなくこう言う。
「最近金巡りが良くてね、ユビウス万歳だ」
少しわざとらしいだろうか。まぁ、多少は構いやしない。
次は装飾品だ。この世界の装飾品は着飾るだけではなく、機能性も重視されているらしい。
いくつか選んだが炎の魔法が使える赤い宝石が埋め込まれた指輪というものが気に入った。……といっても出る炎はライターぐらいのものだが。
見繕った装飾品は結構な額らしく、店員が驚いた顔をしたのでこう喋る。
「最近金巡りが良くてね、ユビウス万歳だ」
その後も適当に店員と話し、店を出るとミニミリオンが小言を言う。
「『最近金回りが良くてね、ユビウス万歳だ』しかないのか。少しは文言を変えろ」
「いや、むしろ同じ文言を織り混ぜた方が、一貫性が出ますよ。その部分以外は話は変えてますし。大丈夫です」
「なるほど……そういうものなのか。口を挟んで悪かったな」
適当な事を並べ立てて言い訳したら納得してくれたので、同じ文言で押し通すしかなくなった。
絵画展で高い動く絵を買い、高級な傀儡を買い、高級な家具を買い、ついでゲートでそこらかしこに飛び、辻馬車で羽振りのいい話をしながら部屋に何度も帰る。
行った先々で話をして『最近金回りが良くてね、ユビウス万歳だ』と言い回る。僕はコミュニケーションが得意な方ではないが、自分は無敵状態の破壊兵器なので誰に何を言っても負ける気がしなくて気が楽だ。
夜になると、ユビウスの行きつけていたバーに行く。
外からバーの中を眺めると柄の悪そうな人や、羽目を外した若者が大勢いた。
全員が全員とも上等そうな服をきている。
生前の僕には関わりがなかった様な人種だ。入り辛い。
それに僕は飲み会程度でも苦手な人間だ。何を話せばいいのか分からない。
姿形は堂々としていても内心は挙動不審だ。
「鋼、マイナが何か言いたいそうだ、今マイナに替わる」
ミニミリオンからマイナの声が聞こえる。
「鋼さん、聞こえてますか!ここは私に任せてください!作戦を伝えます!」
マイナが色々と僕に吹き込む。上手い具合に場に馴染める策でも教えてくれるんだろうか。少しの間、マイナの言葉に耳を傾ける。
「…………といった具合です」
話の内容はバーに乗り込む段取りと台詞だった。それにしてもこのマイナ、ノリノリだな。
当の僕は話の内容にあまり気が乗らない。
「なんか嫌なんですけど。僕のキャラと違うし」
「鋼さん!大丈夫です!問題ありません!」
この人にとっては一体何が大丈夫じゃなくて、何が問題なのだろう。……まぁいいや。くよくよしていても何も始まらない。当たって砕けろだ。
◆
僕は数人の柄の悪そうな若者を引き連れて、バーの扉を両手で勢い良く開ける。
「諸君!聞いてくれ!」
店の入り口に立ち、僕は大きな声で喋る。店が静まり返り、僕に注目が集まる。もう引き下がれないのでマイナの第本通りにやろう。
「お楽しみの所邪魔してすまない。私は最近この辺りに引っ越してきた者でね、近所付き合いを大切にしたいんだ」
客達が怪訝な顔をする。おかしな人を見る目で僕を見ている。
羞恥心が込み上げてくる。
これは失敗すると心にくるやつだ、絶対に成功させないと、唯一の僕のパーツである心にダメージがいってしまう。
集中集中。
「そこで、僕からのささやかな贈り物なのだが、今日のお代は全て僕に出させて貰いたい!」
僕はつかつかと歩いて、カウンターにどんと勢い良く札束を乗せる。
客と店主の顔が驚愕に染まる。そりゃあ驚くよな。僕だったら驚く。
「随分気前がいいな、あんた誰だ……?」
常連客らしい筋肉の塊みたいな男が僕に訪ねる。顔の圧力が凄い。
「僕かい?僕の名前はブルース・ウィルス、貿易商だよ。ここの酒が一番旨いとユビウスに聞いてね」
「お前、ユビウスのダチか?……だがブルース・ウィルスなんて聞いたことも無い名だな」
こんなバレバレの偽名使ってもばれないとか超楽しい。
部屋もこの名前で借りている。
僕はもう一つ、どんと札束を勢い良く乗せる。店内が更にざわめく。
「彼の友人なら僕の友人だ。最近彼に世話になってね。まぁ今日は挨拶に来ただけだ、これで失礼するがまた近い内にくる」
さらにダメ押しで、3つめの札束を叩きつける。
「どうした!みんな元気がないぞ!好きなだけ飲んで、食え!余った分は好きに使ってくれ!!それじゃあ僕たちのこれからと、我が友、ユビウスに乾杯!」
「乾杯!!」
店内が笑い声に包まれる。どうやら上手くいった様だ。
どう考えても怪しい奴だが皆が得するので誰もケチはつけない。
盛り上がれば成功だ。
バカにするでも、ありがたがるでも、存分に話のタネにしてくれれば良い。
僕は振り向いて連れてきた若者達にも語りかける。
「君たちもここで満足いくまで遊んできなさい。今言った通り、全部僕の奢りだ!」
この若者達は、路上でたむろしていたのを金をつかませて連れてきた者達だ。
軽く会話をして僕の住んでいるブロックを伝えてある。
この若者達に僕の事を聞けば僕にたどり着く事もできるだろう。
僕は店を出て、後を付けやすい様にまっすぐゆっくりと、自分の部屋まで帰る。
部屋につくなり、暗くなった町並みを見下ろす。
殆どの店は閉まっており人通りももう少ない。
だが例のバーは未だにバカ騒ぎをしているのがここからでも分かる。
多くの人間の笑い声がここまで聞こえる。
「これで今日の所は終わりですね。この囮作戦、上手くいきますかね?」
ミニミリオンからミリオンとマイナの声が帰ってくる
「まだ始まったばかりだぞ。心配して何になる。どんと構えて待っていれば良い」
「そうですよ、鋼さん!きっと成功します!さっきの演技も中々堂に入ってましたよ!」
確かに二人の言う通りだ、今は待つしかない。
これだけ目立つ行動を取ったんだ。グラス兄妹からの連絡が来るに決まっている。
もし、来なかったら怪しまれて既に逃げられた後かもしれないが。
ふと、僕は今日買った物を眺める。
「そう言えば、こんなにも色々と買っちゃいましたけど、使い道が分からないものとかもいくつかありますね」
僕は一つの人形を抱き上げる。
「この傀儡人形とか何に使うんだろう、ねぇミリオン」
突然ミニミリオンがポケットの中で僕を思いきり蹴る。
ガンッと鈍い音が響く
「おい!貴様バカか!そんな事聞くか普通!」
「鋼さん、いくらなんでも、王様とは言えこんなかわいらしい女の子に聞く事じゃないですよ……もしかして鋼さんって、変態ですか?」
ろくでもない人形だってことは十分に分かったので、とりあえず謝って、そこら辺に人形を置く。
でも、絶対に僕は悪くないと思う。この世界が悪い。
それから、しばらくしても何もないので、ミリオンとマイナは通信先の部屋でボードゲームを始めてしまった。
いつの間に仲良くなったのだろうか、この王様と殺人鬼は。
それにしても囮作戦中なのに油断し過ぎじゃないのか?危険だぞ。主に僕が。
とは言っても、僕もすることが無いので、ミリオンとマイナの会話に耳を傾けていた。
ミニミリオンからは、駒を動かす音と、二人の他愛ない雑談が聞こえる。
「ミリオン様が好きな動物って何ですか?」
「好きな動物?そんなものは別にないが。強いて言うならトカゲが嫌いだ」
「苦手なんですか?結構かわいいと思いますけどねー」
「どこがだよ……おい、このゲームは私の勝ちだ。貴様本気を出してないな、ちゃんとやれ」
そんなこんな話しながら何ゲームか終わった頃に、マイナがミリオンに提案を出した。
「ミリオン様、この囮捜査は長引くかもしれません。今日一日で終わるとも限りませんし、ここは私と鋼さんに任せてお眠りになられては?」
「オイ、殺人鬼を城の中に野放しにろと言うのか?それにゲームは3勝4敗だ、勝ち逃げは許さんぞ。次は勝つ」
微笑ましいなと思っていると、コンコンと、部屋をノックする音が聞こえた。
僕はドアに近づき声をかける。
「はい」
「ブルース・ウィルスさんいらっしゃいますか。ルームサービスです」
そんなもの頼んでないが……取り敢えず素直に答えよう。
「私がそうですが、頼んで無いですよ」
ズガァン!
答えた瞬間、ドアが蹴破られ、知らない男二人がなだれ込む。
バコン!
男の一人に突然思いきりこん棒のようなもので殴られる。
僕は一瞬キョトンとしたが、慌ててよろめいて倒れ、気絶したフリをする。
僕の状況を察してミニミリオンが静かになる。
「こいつが例のブルースか。さっさとボス達に渡しちまおう」
「待て、金も無いか探せ……ん、こいつ、すごく重いな……」
黒い袋を被せられ、視界が真っ暗になった状態で二人がかりで引きずられる。
思ったより早く来たな。ここまでは作戦通り、さぁ、ここからどうなるかだ。
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