第02話:3つの人形

「ずいぶんと大人しいな、貴様。異世界に飛ばされてきたというのに」


ミリオンは人間に近い皮膚を僕の鈍色の肌に張り付けている。


今は、最初の転生した工房から、姿形を整える為、マネキンの衣装アトリエといった所に場所を移した。


「鉄の人形に入っているんですよ、信じるしかないじゃないですか。ミリオンさん。むしろ逆にちょっと嬉しいみたいな所まであります」


「ふん、変わった奴だな。あと貴様は私に対してさんをつける必要ない…………よし出来た。こんなところか」


張り付けた皮膚が同化し、鈍色の肌が完全に隠れた。


「私の傀儡人形はその辺の出来損ないと違って完璧だからな。肌の色と質感さえ整えれば人間と区別はつかん。ほれ、鏡だ」


渡された鏡を見ると黒髪の整った10代後半くらいの顔立ちの男が写っていた。

服もきれいに繕ってある。

少し喋ってみると声も人間的になっていた。


「わぁ……ちょっとイケメンすぎませんか?ミリオンはこう言う人が好みですか?」


「礼儀を弁えていると言ったのは撤回するぞ、不躾な奴め。これは昔作った人形の中から、お前の言う日本人の顔に近い奴を見繕っただけだ。周りを見て分かるだろ」


周りには大量のマネキンの首が置いてあり様々な顔の老若男女が揃っている。

その中のひとつに自分と同じ顔があった。


冗談はさておき、気になる事は僕がここに呼ばれた理由だ。


「ところで、本題なのですが僕みたいなモノを作った理由とは何ですか。不条理を正すって一体何をすれば?」


ミリオンは僕の手を取り立ち上がらせる。

頭2個分ほど僕の方が背が高い。


「貴様は私の作った傀儡の中でも最高傑作の物に魂が入っている。戦闘用のとびきり強力なヤツだ。」


「戦闘用?」


「そうだ。……そこにある人形が見えるか?左から、目が飛び出た男、分厚い眼鏡をした優男、それと口が右耳まで裂けた男、その3人だ」


ミリオンがくいと指を曲げると3体のマネキンが歩き出し、横一列に並び立つ。


「鋼、左の男を指差せ」


言われるまま人差し指を向ける


「バンと言ってみろ」


「バン?」


瞬間、強烈な破裂音と火花がほとばしり、デメキンの様に目が飛び出した男の頭が弾け飛ぶ。


破壊されたマネキンの頭部だった木片は火が着きメラメラと燃え上がり、数拍おいて炭となった。


僕の人差し指を見ると、第一間接が蓋の様に開き白色の煙を立てていた。


「ヒヒヒッ!いやはや、やるではないか鋼!」


「はは。なるほど。イケてる……」


声は平静だが内心パニクっている僕を余所にミリオンは上機嫌だ。


「ヒヒヒ、気に入ってくれたのなら何よりだ。今吹き飛ばした男はフルーと言う男でな、私の街で身よりの無い人間を食っていたチンピラだ。だが、こいつの事は覚えなくて良い。既に私が始末した。生きている価値の無い小物のゴミに過ぎん」


「食っていた、ですって?」


「そうだ。言っておくが貴様の世界では猟奇的殺人だろうが、この世界では珍しい事件じゃない。魔法に関わる事件だからな」


ミリオンの声のトーンが低くなる。


「魔法の中には使ってはいけない禁術……生け贄魔法というものがある。死んで間もない人間の心臓を食らう事で魔力を強めるものだ。生け贄魔法には中毒性があってな、一度始めるとその快感から抜け出せなくなってしまう」


「麻薬みたいなもの?」


ミリオンが眉を潜める。


「そのようなものだ。依存度も高いし、人を殺める分もっと性質が悪いとも言えるか。……フルーは目が極端に悪い男だった。生まれつきな。やつは強化魔法で視力を補っていたそうだ。そして、目を良くしようと、生け贄魔法に手を出した」


「それで癖になった?」


「そうだ。あまりの魔力に酔うのさ。ヤツは最初に生け贄魔法を使った後、一年の間に8人も殺害した。目はどんどん発達し続け、最終的には全方向に視野を持ち、遥か遠くの羽虫を見分けられる位になったったらしい。夜空に輝く星や夜景が余りにも綺麗で病み付きになったのだとも語った」


分厚い眼鏡をかけたマネキンがこちらに向かって歩いて来て、ミリオンの目の前で止まった。


「この眼鏡をかけた人形は生け贄魔法の斡旋業者だ。グラスと呼ばれているらしい。身よりのない人間を部下に拐わせてはフルーのようなヤツに売り付ける。だが、フルーはこいつの代金を踏み倒そうとした。グラスはフルーを始末しようとしたらしいが、ヤツの自慢の目に見つかって始末できなかったそうだ」


「そこをミリオンが捕まえた」


「ああ。偶然だがな。フルーは、助けてほしいと洗いざらい話したのさ。生け贄に手を出した理由やグラスの事も何もかも」


僕はこのフルーという人物を始末したと言っていた事を思い出し、恐る恐る聞いた。


「そのあとで、殺したんですか?」


「ん、まぁ……そうだな。ここは私の支配する街だ。9人も快楽のために殺したクズを生かしておく理由はない」


ミリオンは淡々と答える。


「そしてもう一人」


グラスの人形がもとの位置へと戻り、口が右耳まで裂けた男のマネキンが一歩あゆみ出た。


「この口裂け男は名前も分からん。だが……」


ミリオンは一瞬口ごもり顔を曇らせる。しゃべるのも汚らわしいといった具合だ。


「8つの孤児院から合計432人の子供が消えた事件があった。その犯人と私は見ている。事件が起きるしばらく前から、夜中に各地の孤児院の近くをコイツがうろついているのが何度も見えたそうだ。夜景を見るために登った塔の上から、夜目でもあるが、まず間違いなくこの顔をしていたそうだ」


僕はミリオンの言いたいことが分かりかけてきた


「つまり、僕らがやる事というのは、こいつらを見つけ出してやっつけるって事ですか?」


「ヒヒヒッ、やっつけるとはと随分優しい言い方だが、その通りだ!まずはこの2人がターゲットだ」


ニヤつくミリオンだが、目は笑っていない。


「ここは私の支配する街だ!私の宝だ!いいか!この!傀儡王たる私のモノなのだ!」


不意にミリオンが右手を胸の前で握りしめる、すると僕の右腕が糸に引っ張られるようにつり上がる。


「私の為すことだけはこの街では如何なる法にも触れはしない!たとえ殺人だろうとも私を咎める事は誰にもできない!」


右手が変形し鈍色に鈍く光る大きな銃身が姿を表す。


「お前は私の所有物で道具だ。つまりお前の為すことは私の為すこと!私以外、誰にも止められはしない!貴様の手で殺すのは私が手ずから殺す事と同義なのだから!」


銃身が音を立てながら回転し始める。


「まずはこいつらを見つけ出して殺せ!私の街に害虫は必要ない!!!」


轟音と共に銃身から炎の銃弾が勢いよく吹き出した。

3体の人形は5秒と経たずに木っ端微塵に吹き飛んだ。原型など跡形もなく。

破壊と炎の煙が立ち昇り、辺りの空気が白く濁る


破壊が収まると、銃身の回転がおさまり元の腕へと戻っていく。


「城で話すのはここまでだ。街へ出してやる」


あっけにとられている私を横目に、部屋の入り口の扉にミリオンは手をかざす。


扉の窓から見えていた景色が廊下から、屋外の市場のような場所に一瞬光って変化した。


「この街には腐った獣がのさばっている。昔から殺しても殺しても沸いてくる。奴等を一匹残らず駆逐する。乗ってくれるな?」


唐突で、荒唐無稽で、なにより暴力的な話だったが僕の答えは決まっていた。


「当然乗ります。映画みたいじゃないですか」


こんなチャンスは滅多にない。

昔の人生に欠片ほども未練は無い。生前みたいに真面目ぶるのはもうヤメだ。

前からこういう事に憧れていたんだ。


正直僕は、ワクワクしていた。

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