傀儡王のオートマトン(あるいは人型破壊兵器に転生した僕と破戒少女の物語)

蟹めたる

第01話:転生、傀儡王との出会い

キィィィィィィィィッ


朝の08:15分。

けたたましい電車のブレーキ音が響く。

地下鉄のライトが眩しい。



僕は今、迫り来る電車の前で、線路上に佇んでいる。



地下鉄のホーム上では、何人もの人間が慌てふためいている。

その中で、母親に抱き抱えられ、元気に泣きわめく赤ちゃんが見える。

それを見て、僕は安心する。



ああ、助けられて良かった。



あの赤ちゃんは、先程まで僕の代わりに線路にいた。

乳母車が通行人のキャリーバッグににぶつかって転倒し、線路に投げ出されたのだ。


地下鉄が迫っているのを見て、咄嗟に助けようと体が動いてしまっていた。

僕は線路に飛び降りて、赤ちゃんをホーム上へと放り投げた。

そこまでは良かったのだが、僕が上に登る時間は残って無かった。


時間の感覚が遅くなる。


ああ、これに当たったら、僕は死ぬのかな。

朝目覚めた時には、自分が死ぬなんて思いもして無かった。まさか今日が人生最後の日になるとは。

それも人を助ける為に線路に飛び込むなんて、今まで自分にはそんな勇気無いと思っていた。


電車のブレーキは間に合わない。元々この駅には止まらない電車だ。


電車はもう、僕にぶつかる。


『痛いのは嫌だな』……人生最後に思ったのは、そんなつまらない事だった。



ギャルギャリギャリギャリ!!



電車は止まること無く、僕の上を通過した。





目の前が真っ暗になった後、さっきまであった焦燥や恐怖が消え、胸がすっと軽くなり意識が凄くクリアになった。

体が軽い。……いや違う、体の感覚が全くない。最初から体など存在しないかのようなふわふわした不思議な感覚だ。


……そうか、僕は死んだのか。


死んでから最初に思った事は、「あの赤ちゃんを助けれて良かった」という思い。


両親を無くし、天涯孤独の身となって3年、僕は生きる意味を探していた。

大学を卒業してから色々な仕事を転々として、生き甲斐となる仕事を探したが、なかなか見つからなかった。

両親の残してくれたお金もあり、住みかにも困ってもいなかった。他の人から見れば生き甲斐が欲しいなど、贅沢な悩みだ。

だが、僕には真剣な悩みだった。何か目標が欲しかったのだ。

今日、あの赤ちゃんを救えた事で、僕も生きてきた意味はあったのだと、少しは思う事が出来た。



二番目に思った事は「死ぬくらいなら、もっと別の生き方をすれば良かった」という思いだ。

今までの人生を振り返ると、大きな文句は無いが、いざ実際に死んでみると後悔が残る。


今の人生とは違う、別の生き方もあったのではという思い。

今思えば、もう少し素直に生きれば良かった。

僕は誰にでも敬語の真面目ぶった人間だった。多少映画かぶれで浮いていた事もあったけど。本当の自分かと聞かれれば違う。


最後の最後で、自分に素直に行動した。赤ちゃんを助けるために行った事は、例え死んでも後悔しない行動だった。


ああ、だけど、どうせなら、もっと後悔の無い人生を送りたかった。

もっと素直に生き、誰にも恥じることの無い、大好きな『映画』の様な人生を……生きたかった。



そして三番目に思ったのは、「これからどこに行くのだろう」と言う思いだ。

暗く深い闇の中、長く意識だけが残り続けている。

天国や地獄はあるのだろうか。僕はこれから、どうなるのだろうか。


それから10分くらい、暗闇の中に意識だけが存在した。

ずっとこのままだったらどうしようと不安になった。




「おい、目を開けることはできるか?」




その時、不意に誰かに声をかけられた。幼さの残る高めの声。女の子の声だ。


「ああ、また失敗か。くそ。はなから無理とは思っていたが、ここまで成果がないとは。全く、こんな時間を無駄にしたのは初めてだ!」


苛立った声と共に足音が近づいてくるのが聞こえた。


「いや、待てよ……魔晶石に魂が入ってるじゃないか!しかもこんな輝き見た事ないぞ……」


ガタガタと何かを動かすような音がしたと思うと、不意に光が差し込んで目が眩んだ。

そこに映ったのは僕の右目のまぶたを、指で広げている赤毛の少女だ。


もしかしたら僕は死んでいなかったのかとも頭をよぎったが、依然、体の感覚はない。

たった今、まぶたをこれでもかと思いきり広げられているというのに。


少女は真剣な赤い瞳の眼差しで僕の目ををじいーっと覗き込んでいる。

この娘は誰だ?よく分からないが控えめに言って凄くかわいい。


気恥ずかしくなった僕は、感覚は全くないながらも目をそらせるか試してみた。


ぎょろり


ぎこちなく、まるでゲームの視点操作のような不自然な感じだが、視点をそらすことに成功した。


「目が、目が動いた……動いたぞ!ヒヒヒッ、やったぞ!ついにだ!やはり私は天才だ!」


少女は僕の左目のまぶたもぐいっと広げた後、近くにあった椅子を引きずってきて、ぼくの目の前においてストンと勢いよく座り足を組んだ。


よくよく回りを目で見渡すと、見た事もない道具がところ狭しと置いてあり、マネキン人形やその部品が散らばっている。

当然僕が死んだはずの地下鉄のホームなどではなく、病院でもない、マネキン人形の工房のようだ。

そして僕は、その不思議な工房の隅に座っているようだ。


僕は今、冷静ではないがこれだけは自信をもって言える。

状況がさっぱりわからない、と。


「おい、喋れるか。なんでもいい、言ってみろ」


少女の喋りに反応して前に視線を戻す。


燃えるような赤いセミロングの髪。

つり目で夕焼けを思わせるようなギラギラした瞳はまるでガラス玉の様に吸い込まれるほど美しい。

にやついている口からは尖った犬歯が覗いている。

服は赤茶色のスマートなワンピースドレスに白いケープを羽織っており、背は140から150と言ったところで幼くも女性らしいスレンダーな体型をしている。

年齢は10台半ばと言ったところだろうか。


スクリーンの中でしか見たことの無い、絶世の美少女……少なくとも、僕なら見とれてしまう顔立ちだ。


「どうした?聞こえんのか?」


とりあえず、少女の言う通りしゃべってみようと思い、口を開けようとする。


そこで自分が全く呼吸をしていない事に気がついた。

息が吸えないし吐けない。まるで呼吸の仕方を忘れてしまったようだ。


息が吐けないんじゃ言葉も出ないのではと一瞬思ったが、考えても仕方ないので喋ってみようと努力する。



「こんにちわ」



喋ることはできたが機械音声のような声。

慣れ親しんだ自分の声とは程遠い。


少女がニヤニヤしながら嬉しそうに目を見開く


「おお喋れるか!しかもロクに状況も分からんだろうに、第一声が挨拶ときたか。礼儀は弁えてるようだな。ヒヒヒ悪くない」


そこから少女は嬉しそうに語り始める。


「さて、そうだな……まずは一番の重要な事だ。貴様は死に、生まれ変わった」


「死んで、生まれ変わった?」


「そうだ。貴様がどこの誰かはまだ知らんが、死んで間もない人間というのは確かだ。その魂をこの傀儡王ミリオン様が呼び寄せ、我が傑作の傀儡人形に入れてやったと言う訳だ」


どうやら生き返ったらしい事と、少女の名がミリオンと言う二点のみ理解できた。

ミリオンと名乗った少女は、嬉しそうに話し続ける。


「分かったか?当然、貴様はこれから私の手足として働いて貰う訳だが、何か質問はあるか?」


やはり分からないことだらけではあるが、とりあえずは感謝だ。死んだのは感覚として間違いないのだから。


「まずは生き返してくれた事に感謝します」


次に質問だ。魂や魔法など、単語自体は分かるが、状況は依然飲み込めない。


「……でも魔法とか傀儡とか、何を……言っているのか全然分かりません」


ミリオンは一瞬キョトンとした後、渋い顔をし、指をパチンと鳴らした。

すると散らばっていたマネキン人形達がガタガタと慌ただしく動き出し、ミリオンの隣に机と大量の本を集めてきてどさっと置いた。


突然動いた人形にあっけに取られていると、ミリオンが僕に話しかけてきた。


「魔法を知らないのか、貴様?どこの田舎生まれだ」


本を一冊手に取りパラパラと捲りながら聞いてきた。


「日本です。東京という所に住んでました」


混乱しているが、喋ろうと考えた事しか喋れないので声が上ずったりどもったりしない。僕は下らない事に関心した。


ミリオンは本に目を落としながら、ぶつぶつと呟いている。どうやら地図の目次のようだ。

だが、何かがおかしい。世界地図の本の様に見えるが、表紙に書かれた世界は、僕の知ってる地図とはまるで異なる。知らない地形だ。


「ニホン……トーキョー……ちっとも聞いたこと無いな。傀儡ども、お前らもこの言葉を探せ」


マネキン人形達も本を手に取り、パラパラとすごいスピードでめくり始めたかと思うと、ひとつのマネキンが右手を上げた。


「みつけたか。さぁて、どんな辺境の地かな?」


ミリオンはマネキンから本を取り上げ、本に目を通した。しばらくすると、ミリオンは口をポカンと開け、目が輝きだした。


「貴様!地球生まれか!?」


身を乗り出してきたミリオンに気圧されつつも答える


「そうですね。地球生まれです」


我ながらすっとんきょうな答えだ。

だがミリオンは気持ちが高ぶったのか椅子から立ち上がり、うろうろと歩きながら喋り始めた。


「……異世界人とは……実に珍しい!そうか、それなら今までの数千を越える失敗も頷ける。人の魂の強度では傀儡に入れるのは不可能に近いとは考えていたが、異世界人か!これは盲点だった!地球人の魂の強度なら!これは只の奇跡ではないぞ……万が一、いや億が一の奇跡だ……」


ミリオンは、あまりに嬉しかったのか近くのマネキンをはたき倒した。

マネキンは転ぶ寸前で体制を立て直すと部屋の隅に下がっていった。


ミリオンの目が再び僕を見る。


「ああ悪い。一人で盛り上がってしまった。混乱するだろうが簡潔に言うと、貴様は異世界から召喚されたのだ。地球から、このグリンガルドへとな」


グリンガルド?……異世界?……一体何を言っているんだ?

ミリオンは僕の疑問をよそに続ける。


「確か地球は魔法のない世界だったな。この世界にもかつて地球人が4人来た。たったの4人だ。この300年の歴史に残っているのはな。それ以前の記録はない。それぞれの国は、インド、中国、イギリス、アメリカ。このアメリカ人の記述に日本という国が書かれている」


ミリオンは椅子に座り直して話し続ける。


「この4人は体の構成がこの世界の人類とは違った為、不老の魔法が効かなかった。故に既に死亡済みだが、いずれの人物もこの世界では常人離れした異様に高い魔力を有していた。魔法とは……まぁ簡単に言うと空気中にある障気を利用して様々なことを為す技術だな。その技術の才能があったって事だ。肉体を強化したり、傷を治したり、火をつけたり……ああ、言語を統一させる事も出来るぞ。私とお前が話せたりな」


ミリオンが右腕を挙げると回りにいたマネキン人形達が一斉に踊り出した。


「まぁ、こういうのが魔法だ。私の専門は傀儡魔法。人形に人工的な疑似魂を埋め込み簡単な命令を下せる。まぁ、さっきまでは死者の魂を傀儡人形にいれる実験をしていたがな」


ミリオンが右腕を下げるとマネキン人形達はピタッと止まった。



そこまで聞いてハッとして自分の体をまじまじと見直してみた。

指や首を動かしてみるとしっかりと動いた。


感覚はやはりないが、頭から足の先まで揃っている。ただし元の自分の体ではなく鈍色の鉄の塊だ。

僕は彼女の瞳を見る。瞳には僕の姿がはっきりと移っていた。骸骨の様な顔をした、武骨な動く人形が。


「……つまり……話を合わせると、死んだ僕の魂が異世界に迷いこみ、君の人形に入れられた訳ですか?それも、普通なら人間の魂が入れるはずのない人形に」


ミリオンは嬉しそうに頬づえし、答えた。


「ヒヒヒ、この私を君呼ばわりとはな。そうだ。その通りだ。察しがいいな貴様。しかし思いもよらぬ良いものが手に入った……」



夕焼けの様な瞳が揺らめく。



「貴様、名はなんと言う?」


「……僕は、白鐘 鋼(しろがね こう)、鋼と言います」


ミリオンは僕の名前を聞くと、腕を伸ばし、僕の頬に優しく触れた。


「良く聞け、鋼。これから貴様の人生は今までと全くの別物となる。今この瞬間から貴様は私だけモノだ。私は傀儡魔法の祖であり、十王の一人にして第十の王。傀儡王ミリオン・ダラー。貴様の創造主であり飼い主だ。私と共にこの世の不条理を正そうではないか」



ぺろりと舌嘗めずりをしたミリオンに、僕は少し、見とれてしまった。

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