第03話:異世界の風景

ドアを出ると喧騒とした町並みが広がっていた。

行き交う人々にも活気がある。

当然、日本とはかけ離れているが、それほど文化レベルが離れているわけではなさそうだ。


僕は歴史に特別詳しい訳ではないが、雰囲気としてはシャーロック・ホームズなどの映画で見る様な18世紀のロンドンに似ていると感じた。

電気が無く、それ以外のエネルギーを用いている、ここではそれが魔法なのだろう。


しかしそれだけではない、日本では見ない奇妙な光景もあちらこちらと目に入る。


黒い石を削って形を整えたような四角い謎の物体を携帯電話のように扱い話す男性、20キロ以上の速度で走る女性。


だが、それよりも目を引くのはミリオンの言う所の傀儡人形だ。

露店で果物を売る人形、人形に荷物を持たせて歩く者、小さなカッコいい人形同士を戦わせて遊ぶ子供。馬に似た生き物の形をした人形に引かれた馬車。


どこを見ても人形、人形、人形。


「ようこそ、鋼。ここが私が支配する魔法都市……人形都市ミリオンズだ。この通り、中心街は平和そのものだろう」


ミリオンは自信たっぷりに言った後、呟く。


「この平和を都市全体に広げたいのさ、私はな」


ミリオンを見ると、先程とはうって変わり大きな帽子をかぶり、長いコートを羽織っている。


「……ミリオン、それはお忍びスタイルと言うヤツですか、眼鏡とかかけなくていいんですか?」


「いや、十分だ。髪の色さえ隠せればそれでいい」


少し歩いて広場につくと大きな銅像が立っていた。


「どうだ、立派なものだろう」


銅像は大きなミリオンの形を成していた。

踊る人形の像に囲まれながら豪勢な椅子に足を組み、大きな杖を持って鎮座している。


だが今より大分成長したような姿で、胸もかなり盛っている様に感じた。

本物の胸はほぼ無いに等しいのに……


こっそりと銅像と本物を横目で見比べていたら、ミリオンがそれに気づいた。


「……言いたいことは分かる。まぁ、多少アレンジして作った部分はある。私の体はほら、威厳とか足りないように感じてな……とりあえずこれが私が余り変装しなくてもいい理由だ!庶民が知る私はこの銅像だ。公務も傀儡で行っているからな」


「いえ、本当に王さまだったんだなと関心しただけです」


「ふん、そうか、それならいいが」


ミリオンは話を強制的に切ると、道路へと歩み出し右手を上げた。

すると通りがかった傀儡仕掛けの馬車が停車した。

馬の人形は地球の馬と比べて耳が長く、顔が長くて面白い顔をしていた。


後で分かった事だが、この世界の動物は精神魔法の翻訳技術で殆どが地球上の類似生物と同じ名前で伝わる様だ。


人間の御者が訪ねる


「お客さん、どこまで乗るんだい?」


「ガードの本部までだ……おい乗るぞ、鋼」


「わあ、馬車だ。乗ってみたかったんですよね。あ、この傀儡のモデルは地球で言う馬ですよね?それに木製?傀儡でも2匹って事は2馬力なんですかね?」


なにも答えず早く乗れと顎で催促してくるミリオンに付いて、馬車に乗り込みドアを閉めると、馬車がゆっくりと動き出した。思ったよりも揺れる。


向い合わせで座ると自然に思った疑問が口をつく


「結構揺れますね、この馬の人形、なんだかぎくしゃくしてますよ」


「馬は仕方ない。私以外の傀儡魔法なんて皆こんなものさ。近くにいないと効力が切れるし、2つ以上の動作が出来ないものが殆どだ」


ミリオンは帽子を脱ぐと、傍らに置いた。

僕が外を見ると、車イスを人形に押してもらっている老人が見えた。


「いやーしかし、人形だらけですねこの街」


「この街は傀儡魔法の祖たる私の加護下にあるからな。傀儡魔法の才がある者が生まれやすい。人形産業がこの街の主な収入源だ」


ミリオンは頬杖し、窓の外を眺め始める。


「魔法の系統は、傀儡、生死、具現、呪病、自然、時空、精神、強化、封印、そして生け贄の10種類だ、まぁ、覚えなくても別にいい。この10種類で大方の事ができると思ってくれ」


外から子供の笑い声が聞こえる。ミリオンは少し微笑む。


「そしてそれぞれを司る十の王がいる。王が死ねばその魔法系統は世界から永久に失われる。……例えば私が死ねば傀儡魔法がこの世から消える」


「永久に?王は相続性じゃないんですか」


「違う。王は生まれたときからその世界をも変える魔法の才で王と決まる。個体差なんてものじゃない。天が王と定めたとしか言い様の無い才だ。努力でどうにかなるものでもない」


「寿命とかは……」


「生死を司る不死王が生まれてからは死んだ王はいない。我ら王と重要人物は不老の魔法がかけられてるのさ。その前は知らん」


寿命が無いという事ならばミリオンは一体何歳なのだろうと一瞬頭をよぎった。


ミリオンが向き直る。馬車の風に赤い髪が吹かれ、まるで炎の揺らめきのような美しさを醸し出す。

それを見たら年齢の事などどうでも良くなった。魔法の世界の年齢など、地球の年齢と重ね合わせても意味がない。


「そういや、今から向かう場所はガードという組織の本拠地だ」


「ガード?」


「そうだ。複数の魔法都市間を跨いで活動する犯罪を取り締まる組織の事だ」


どうやら警察、いやむしろFBIの様な組織の事らしい。


「私の権限で、お前に情報を流してやるように取り繕ってやる。そのまま街に放り出すだけじゃ捜査も何も進まんだろうからな」


「それはどうも、有難うございます」


「普段は人間として行動しろ。だが、なにか困ったことがあったら首元の印を見せてやれ」


馬車の中には備え付けの鏡があったので首元を確認してみると紋章のようなマークが書いてあった。


「それは傀儡王の所持品のみにつけることが許される由緒ある紋章だ。これを見せれば貴様が傀儡で、私の人形だということが示せる。そうなれば、お前は法から解き放たれ何をやっても許されるってわけだ」


「食い逃げとかもですかね?」


もちろん冗談だが。


「そうだ。食い逃げもだ。だが私の名を貶める行動をするならその時点で機能は停止させるぞ。まぁ、貴様は食えないがな・・・ふああ」


喋っている途中でミリオンは大きな欠伸をする。


「くそ。貴様の実験にかまけていたせいで寝不足だ……私は寝る。ついたら起こしてくれ。なんか来たら指を向けてバンと言え」


そういうと窓を閉め、ミリオンはすぐにすやすやと眠り始めた。


自分の作った傀儡人形相手とは言え、僕に警戒するそぶりは全くない。


替えの効かない偉大な王と名乗る少女の、余りに無防備な姿に僕は特別な存在なのだと、初めて意識した。

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