第21話:余話〈ベグノットの何気ない一日〉


人形都市ミリオンズのとあるブロックに、自らの店〈100年靴アールノア〉を構える俺、ベグノット・アールノアは、靴を取りに来た客に、頼まれていたオーダーメイドの靴を渡した。


「……ベグノット、君の靴はやはり世界一だよ。軽いし、丈夫だし、履き心地も最高だ。なにより疲れないしね」


俺の作った靴を見ながら壮年の男性がにこやかに言う。

そんなに言うのなら金をもっと寄越しても良い筈だと内心悪態をつく。こいつだって常連といっても半年に1度くる程度だ。


自慢じゃないが俺の靴には独自の魔法がかけてある。生死魔法である回復魔法の一種だ。

どんなに歩いても疲れないと有名だ。


「お客さんが満足してくれれば満足です」


俺は言いたくもない世辞を言い、金を受けとる。

やはり少ない。俺の実力に対してこんな量じゃ生活がなりゆかない。


客が店から出て、一人俺は店に残される。

今は客が多くない。まあ平日の午前中だ。シケてるが仕方ない。


俺は店に並べる靴作りを再開する。

作った木型に会わせて、皮にペンで線を引いていく。


しばらく作業を進めていると、入り口のドアが開き、カランと呼び鈴が鳴る。客だ。


「わぁ、一杯靴がありますね。素敵なお店です」


十代後半位の若い女性。キャラメルブロンドの髪をポニーテールで結んでいる。

シンプルなコーディネートに緑色のカーディガン。

童顔の顔にオレンジ色の瞳。可愛らしい顔をしている。


だが、大した金は持っていなさそうだ。

可愛い客は大歓迎だが、金を持っていなけりゃ話しにならない。


キョロキョロと女の客は店を見周っていたが俺と目が合うと、話しかけてきた。


「あの!もしかして、あなたがベグノット・アールノアさんですか?」


「あ、はい。そうですが……えっと、知り合いでしたか?」


「いえ、友人が貴方の靴を愛用していまして、貴方の作る靴は最高だって!」


「そりゃあ、どうも」


愛想笑いを返す。なんだこの客は馴れ馴れしい。

それに俺の作る靴が最高だって?当然言われなくても分かっている。

そんなお世辞は良いから靴を買え。


「それじゃあ好きな靴を選んで下さいよ」


「うーん、そう思ったんですが、この値段は、ちょっと手が出ないですね。すみません」


申し訳なさそうに女が言う。冷やかしか?

確かに俺の店は高級店だ。だがオーダーメイドならともかく、店に並ぶものも買えないのか。貧乏人め。


「始めて来た可愛いお嬢さんには2割り引きでも構わないよ」


まぁ、元々高値で売っている。少し位まけてやるから買え。


「え、いいんですか!?うーん、じゃあこの靴を買っていこうかな」


茶色の短めのブーツ。女性にしては地味だ。仕事用だろうか。

しかし、並んでる中でもかなり安い方の靴だ。もちろん品質は保証しているが。

媚を売っても大した儲けにならない。金の無い奴はこれだから嫌いだ。


しかしこの女、ニコニコと楽しそうな顔を振り撒きやがって、腹が立つ。

ただ生きているだけで楽しい事なんて何もないのに、一体何が楽しいんだ。


靴を試しに履いてみながら、女が喋る。


「ベグノットさん!今夜って何か予定ありますか?」


「はい?」


なんだ、この女?まさか俺を誘うつもりか?


「いえ、無いですけど……」


「そうですか、それじゃあ、今夜是非ともお食事にでも行きませんか?」


「おお、嬉しいね。是非とも、でもどうして?」


「いえ、こんな良い靴を作る方ならいい人なのかなって気になっちゃって。……私はマイナ・オーキッドと申します!」


いい靴を作る人間が良い人間だと?バカかこの女。

まぁ、だがよく見るといい体つきをしている。もう少し年齢が高ければ最高だったが。



カラン



「いらっしゃい」


別のお客が入ってきた。

……服装を見るに金を持ってそうだ。このマイナという女は追っ払おう。


マイナは靴を買うと、レストランの時刻と場所を僕伝え、手を振って出ていった。





夕方になって辺りが暗くなってきた、店を閉める時間だ。

今日は結構客が来た。売り上げも上々だ。だがまだ足りない。これじゃあ生活できない。

店を閉めてから、靴の皮の断裁を始める。皮の残りが少なくなってきた。近いうちに買い付けよう。


割と仕事が進んだ。だが今日はここまでだ。

残った作業は明日に回し、今日は家に早く帰ろう。それであの女に会いに行こう。


帰り道、口笛を吹きながら徒歩で帰る。

マイナという女が待つレストランはゲートを通れば家から徒歩で行ける。あの女の家もその近くに有るのかもしれない。


しかしあの女、よく知らないが、頭がゆるそうな奴だった。

ニコニコとこの世の悪い面を知らないような天真爛漫な笑顔、俺に気が有ろうが無かろうが、どうにでも言いくるめられるだろう。



家につくとドアの鍵が空いている事に気がついた。

閉め忘れたか?それとも泥棒だろうか。


「誰かいるのか?」


叫んで見るが誰の声も聞こえないし、気配もしない……家の中には誰もいないのか。


部屋を見てみたが、荒らされている様子もない。どうやら鍵を閉め忘れただけだったようだ。


「チッ、なんだってんだ。……早くあの女の所に行くか」



「行っても誰もいないよ。ベグノット・アールノアさん」



後ろから声がして俺は驚いて振り向く。確かに誰もいなかった筈だ。

男は喋り続ける。


「はは、よく存在感が無いって言われるんですよ。まぁ息もしてないですからね」


「……なんだお前!」


男は普通の人より黄色めの顔で、この辺では見ない顔だ。黒紙、ガラスで出来た様な黒い目をしている。

歳は10台後半、そして見る限り丸腰だ。強盗にしてはおかしい風貌だ。



「僕の事なんてどうでも良いじゃないですか。それよりも」



瞬時に男が近づいて来て、俺の首を右手で掴んで壁に叩きつける。

避ける暇なんて無かった。なんて素早い動きだ。そしてすごい力だ、抗えない。

そして気づく、この男には体温が無い。まるで、鉄のように冷たい。


「お、お前、一体」


「あなたの店〈100年靴アールノア〉ですよね。……結構繁盛してますよね。それにしては異様に質素な暮らしだ。儲かっている筈なのに」


「……それが、どうしたって言うんだ!お前、強盗か!?金なんて無いぞっ!」


男は僕の反論を聞き流して喋り続ける。


「それにあなたの作る靴、あれはすごい靴だ。とても強力な魔法がかかってる。マイナ曰く、これなら3日歩き通しでもまるで疲れないと言う程だ。只の魔法じゃそうはいかないらしいですね」


マイナだと?あいつ、こいつの仲間なのか?そして俺の事を探っていたのか……!?

予定が無いか聞いて来たのも俺が一人なのを確認する為か!


「だからそれがなんだってんだ!!何で俺を、こんな目にッ!離してくれッ!!」


男が俺を睨み付ける。すごい剣幕だ。俺が一体何をしたって言うんだ。



「グラス兄妹の帳簿を見た。そこに、あんたの名前があった。……ずいぶん長い間彼らの客だったようだな。合計、6人も食べている。4ヶ月に一人ずつ」



冷や汗がぶわっと出る。こいつ、強盗なんかじゃない。俺の秘密を知っている。

ガードか?いや、ガードならこんな事をしない。

それにグラス兄妹の帳簿だと?あいつら悪党の癖にそんな物を残していたのか……だが、それだけじゃ証拠にならない!


「グラス兄妹ってあのニュースのか!?し、知らないよ!帳簿……に書かれていたってのも多分間違いだ、俺じゃない!!同姓同名の別人じゃないのか?」


「あんたが金欠なのは心臓を買う金を集めていたからじゃないのか?調べてみると、あんたの店が栄え始めたのも最初の生け贄の日からすぐだった。全く疲れない靴って噂が出たのもな。マイナもアンタが臭うと言っていた。」


「そんなの全部証拠にならないでしょう!俺を離してくださいよ!」


男が、自らのシャツのボタンを外したかと思うと、心臓の辺りに指をかける。

胸が開いて空間が現れる。この男、人間ですらない。傀儡人形だ。


男は心臓部から文字通り心臓を取り出した。赤く、脈打ち…………なんとも美味しそうな。

この血の滴る臭いが堪らない。目が心臓に釘付けになる。よだれが溢れそうになってゴクリと飲み込む。


だが、ダメだ。ここで反応したら、俺が生け贄をした事がバレる。我慢だ。我慢しないと。


心臓が鼻先に突きつけられる。ああ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ。我慢だ、我慢!我慢!



我慢!我慢!我慢!我慢!我慢!我慢!我慢!我慢!我慢!我慢!我慢!我慢!我慢!我慢!我慢!!!!!!



いや、なんで我慢する必要があるんだ!食えばいいだろ!!こいつを殺せば解決だ。

俺の生死魔法ならこんな奴の生気を一瞬で奪うことなんて簡単な筈だ!!いや、こいつは傀儡か!?だが傀儡だろうと効くかもしれない。

じゃなきゃあ壊せばいい!!それで心臓を食うんだ。俺の大好きな味、たったひとつの生き甲斐。

これを食うために俺は生きてるんだ!これを食わなきゃ生きていけないんだ!!食う!食う!食う!



食う!食う!食う!食う!食う!食う!食う!食う!食う!食う!食う!食う!食う!食う!食う!!!!!!



俺は叫びながら腕を伸ばして、心臓に掴みかかるがひょいと心臓を取り上げられ、また胸の奥にしまわれる。


やはり殺すしかない。

顔をがしりと掴み、生気を吸い取ろうと魔力を込める。辺り一体の空気が歪み、玄関に飾っていた植物が枯れる。

だが男にはまるで効果がない。


ならばとポケットから鍵を出して男の頭を何度も何度も刺すように殴り付ける!死ね!死ね!死ね!


飲み込みきれないよだれを撒き散らしながら、人形男を殺そうとひたすらに殴り続ける。



その瞬間、俺の胸を何か熱いものが貫いた。

男の左手から飛び出た刃が俺の胸を貫いている。


男が口を開く。


「残念だ。あんたは昔はいい人間だったと聞いたよ。だがある日を境に人が変わった。頭を下げながらも人を見下す様になり、家族にも恋人にも見捨てられたと。…………生け贄なんかに手を出すべきじゃなかったんだ」


血が喉を込み上げてくる。口一杯に鉄の味が広がる。

この男は刺客だ。最初から俺を、殺す気だったんだ。


分かる。この傷は、致命傷だ。俺はもう、助からない。


力が入らない。もう、できる事は何もない。

俺は、知った風な口を聞く男に、精一杯の反論を返す。


「……ゲフ……元の俺には……なんの価値も無かったんだよ…………なんにも……知らねぇ癖に」


「それでも、人を食べるべきじゃなかった。そうすれば死ぬこともなかった」


全身から力が抜け、男が手を離すと同時に崩れ落ちる。だんだんと視界が暗くなっていく。


男を見上げると、ノートを取り出して何かを書いていた。


「これで9人。残りは6人か……こいつも口避け男じゃなかった」


男が部屋から出ていく。



一人部屋に残された俺は考える。

ああ、俺は一人きりで死ぬのか。これは、人を食べた天罰なのだろうか。


今の男の言う通りだったのかもしれない。

冴えない靴職人だった俺を愛してくれた恋人はもういない。

俺に靴作りを教え、店を任せると言ってくれた、たった一人の家族だった父親は、俺が食べてしまった。


今さら涙があふれ出る。

何もかもがあの生け贄から変わってしまった。

手に入れた力で、店を守る筈だったのに、何もかもを失ってしまった。



ああ、それよりも、そんなことよりも…………口に溢れる血の味が美味しい。俺の胸に空いた穴から凄くいい匂いがする。



そう感じて、死ぬ間際に俺は怪物だったのだと自覚した。

思えばもっと早く死ぬべきだったのかもしれない。



ベグノット・アールノアの一生はそこで終わった。



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