第20話:帳簿

事件の夜から2日が経った。


すぐにでも帳簿の捜査に取りかかりたい所だったが、先に僕の体を詳しく検査するとミリオンが言い出した。

2日かけて、グラス兄妹との戦闘で故障が発生していなかったかを細かく調べ、整備し、肉の塗装もし直す事になった。


正直、心配してくれるのは素直に嬉しい。

生前の僕を心配してくれる人なんて一人も残って居なかった。

こんなに可愛い子が甲斐甲斐しく見てくれるなんて、なんて幸せなんだとすら思ってしまった。


そういう訳でミリオンに身体中を弄られながら、僕はぼんやりと、マイナに聞いた生け贄魔法の話を思い出して考える。



ガードの調べによると、生け贄魔法を使う人間は僕が思っていたよりも少ないらしい。

まぁ確かに、僕がよく遭遇するのは、自分から探して首を突っ込む為だ。


少ない理由はざっと分けて4つある。


一つ、生け贄の相手は人でなくてはならない。人間の心臓は魔力を司る機関でもあるらしく、他の動物は魔力を持たない。

つまり、魔法が使えない人間以外では代用は効かない。言わずもがな、人殺しは多大なリスクを伴う。


二つ、食べる心臓は死にたてじゃないと効果が無い。しかも生でだ。時間経過や調理で心臓の魔力が消えるそうだ。

だから持ち歩いたり切り分けたりして麻薬みたいに「少しやってみなよ」と簡単に勧めたり共有できるものじゃない。


三つ、生け贄魔法の中毒性は周知されている。一度でもやったら、まともな日常生活が送れなくなることは誰もが知っている事らしい。


四つ、生け贄の魔法適正が無い者は最初の生け贄時に中毒症状を起こして死ぬらしい。確率は約50%。

そして適正があるかはやってみなければ解らない。まぁ、魔法の適正は遺伝するらしいからグラスは3人とも無事だった訳だが。


この4つのリスクを犯してでも強力な魔法の力を望む人間か、先が読めないバカが生け贄魔法をするという訳だ。

まぁ僕なら、リスク以前に人の心臓なんて気持ち悪くてまず食べれないが。


そして大抵の生け贄犯は1回やった程度で捕まる。

普通に最初の殺人で捕まったり、逃げおおせても禁断症状で考えなしに人を襲ったりするからだ。

一人二人の生け贄程度なら、銃を持ったガードが鎮圧できる。


それが生け贄犯が少ない理由だ。



そんな中、あれだけの食人組織を作ったグラス兄妹は、ミリオンやマイナが最初に想定していた相手よりも遥かに大物だった。


まだ詳しく読んでいないが、帳簿には1ページ毎に客の情報が一人づつ書いてあった。

そんなノートが山ほどあったんだ。かなりの長期間、あのビジネスをやっていた事になる。


そして兄妹揃って魔獸になるほど、人間を食べていた。これも極めて異常である。

聞く所によると魔獸になる者は最低でも50人は食べているらしい。それが2人、またはユビウスを入れて3人もいた。なんともぞっとしない話だ。


新聞記事も連日グラス兄妹の事件が一面を飾っている。ガードが鎮圧した事になって。

滅多に現れない魔獸がなんと2体も現れ、しかもそれがガードの死傷者無しで倒されるなんて事はまず無いそうだ。ガードがこれでもかと称賛されている。


調べによると、グラス兄妹は商売敵になる相手を襲って食べて潰していたらしい。

この情報はマイナがユビウスから引き出した情報だろう。


そしてこの情報は、この街の生け贄斡旋は彼らが独占して握っていたと言う事で、その帳簿を掴んだ僕たちは街に潜む自分で狩りをしない生け贄犯のほぼ全員の情報を掴んだと言う事だ。

これは本当に大収穫だ。


「ねぇ、ミリオン。帳簿を見る限りミリオンが最初に言っていた標的3人より、全然相手が多いんですけど」


僕が口をつくとミリオンがムッとした顔をして、それでも整備の手を止めずに答える。


「悪かったな。私が掴んでいたのは3人だけだったんだよ。良かったじゃないかやる事が増えて」


ミリオンは思い立ったがすぐ行動、と言うタイプの人間だ。結構見切り発車だったのだろう。


「だが、最初に提示した口が耳まで裂けた男がターゲットなのは変わりないぞ。それも多分、魔獸だ。…………よし、こんなものか」


どうやら、僕の調整が終わったらしい。


「検査したがどこも悪くなっていなかったよ。ふん、あれだけの死闘だのに結果的には無傷か。さすが私……と貴様だな」


僕は立ち上がって、体を見直す。皮膚も元通りになっていて、ついでに心臓部に小物入れをつけてもらった。ここに心臓の模型を入れておくそうだ。


僕は壁にかかった時計を見てミリオンに伝える。


「そろそろ、マイナを呼んだ時間になりますね。作戦司令部に行きましょう」


作戦司令部はこの城の空き部屋に作った、僕らの計画の為の部屋だ。マイナの資料やグラスの帳簿が置いてある。


部屋の命名は僕がした。作戦司令部……かっこいい響きだ。





作戦司令部につくと、マイナが待っていた。目の下に深い隈ができて、どことなくフラフラしている。

僕は心配して大丈夫かと訪ねる。


「すみません。あれから、色々と調査や報告がありまして、一睡もしてないんれすよ、あはは。ああ、それからこの一件で正式に私は鋼さん専属のガードに配属されました。改めてよろしくお願いします。大丈夫れす」


呂律が回っていない。まぁマイナの体調の心配もほどほどにして、僕達は帳簿の捜査をする事にした。


三人で別々の帳簿を開いていく。

帳簿に書かれていたのは名前と、そいつに売った商品一覧とその金額と日付だった。

ほんの一部の客だが住所も書いてある。注意人物という事だろうか。


帳簿の名前は多くあるが、赤いバツマークで潰されている名前も多くある。


「この赤くバツがつけられた名前は、金が払えなくて〈商品〉にされた人たちですかね」


「ああ、だろうな。……古い帳簿程名前が潰されている。この一冊なんて丸々バツマークだ」


「ではミリオン様!名前が残っているのをしらみ潰しに殺しましょうよ!誰からいきます?でも、迷っちゃいますよね。片っ端から生まれてきた事を後悔させたいなぁ!!」


マイナの過激な発言にミリオンと僕は怪訝な顔をして彼女を見る。

マイナは帳簿を見て、目がすっかり覚めたのか、楽しそうにページをめくっている。カタログで服でも選んでるかの様に。

だが目に怒りが見え隠れし、語調も強い、彼女は押さえきれない憤怒も抱えている。正義感も本物だ。彼女の感情は本当に矛盾に満ちている。


「……まぁ、この狂犬も間違っていない。斡旋業者を失った客どもが誰か殺す前に片をつける必要がある」


「見つけたらマイナが目視で確認して、確証が持てたら僕が踏み込んで心臓を突きつける。それで反応したらズドンという感じですかね……そういえばこの街に戸籍とか住民票とか有るんですか?」


「…………戸籍、住民票?何だそれは?」


ミリオンが初めて聞く言葉だと、疑問を投げ掛ける。という事はこの街には無いのか。


「街に住んでいる人の名前や住所を記録するものです」


「あ、ああ。あるにはある。だが、恥ずかしい話だがそこまで正確なものじゃない。街の地区毎に住んでいる人を記録している。だが、届け出を出さずに住んでたり、死亡しても届けずにそのまま残ってたりと、残念ながら杜撰だ」


まぁ、コンピューターとかファックスとか無い世界だ。仕方ない。

だが、あるというなら利用しない手は無い。


「調べる価値はありそうだ。それを片っ端からマイナと僕で当たってみましょう、ミリオンはどうします?」


「そうだな……では私は街に猫の傀儡でも放つとするか。特定の言葉や文字に反応させる事くらいならできる。帳簿の名前を見たり聞いたりしたら私の所まで連絡が来るように動かそう。身辺調査もできるぞ。」


「ミリオン様、ネズミとか、虫とか鳥じゃいけないんですか?」


マイナの質問に対してミリオンは腕を組みながら答える。


「いくら私でも翼で飛ぶ複雑な傀儡では動かせる数に限りがある。それに虫やネズミみたいな不快な存在だと潰されかねんからな。だから猫だ。程よく小さくて移動速度も早いし、どこにいても怪しまれん。何より可愛いだろ。邪険にし辛い」


補足しておくと、この世界の猫は地球の猫より少し小さい。成長しても子猫くらいの大きさだ。すっごい可愛い。

放つ傀儡としては確かに妥当だ。


ミリオンが、一呼吸ついてから僕とマイナに目を向ける。


「そういう訳だから私はここで行動する。だからマイナと鋼にはツーマンセルで動いて貰うぞ。だが殺る時は密かにな。はたから見れば証拠が無い殺人になる」


マイナがぱあっと目を輝かせて笑顔になる。それを見てミリオンは彼女が口を開く前に釘を指す。


「浮かれるんじゃあないぞ。鋼は私の物なんだ。2人きりだからといって鋼に求婚したり、変な事をするなよ。あと拷問も当然禁止だし、踏み込むのは鋼だけだ、ちゃんと見ているからな」


「え!でも結婚すれば、私は鋼さんの物になり、さらにミリオン様の物にもなれるんですよ。メリットばかりじゃないですか!」


「……何を抜かしとるんだこいつは。鋼、貴様からも何か言え」


「マイナ、納得してくれ、じゃないと話が進まない」


「わ、分かりました……お二人が、そう仰るなら」


マイナが納得してくれた所で、どこから取りかかるかを考えることにした。

帳簿を見ながら暫く話し合う。食べた人数が多い奴か、最後に食べた日から時間の空いた奴か、最近になって手を出して抑えが効きそうに無い奴か、はたまた住所が分かる相手からか。


帳簿の数が多い事もあり、順番は中々決まらなかった。


「あれ、ミリオン様、鋼さん、これ見てください。なんか変なイラストが書いてありますよ」


マイナが帳簿にラクガキを見つけたらしい。

どうでも良い話だが、帳簿とのにらめっこにも飽きてきた所だ。ちらりと目を向ける。

その絵を見た瞬間、僕は雷に打たれたように固まった。


「ミリオン!この落書き、アイツじゃないですか!?」


ミリオンが落書きに目を向けると、顔つきが険しくなった。



マイナの見せてくれた帳簿には口が右耳まで裂けた男のラクガキが書かれていた。



比較的古めのノートで、書かれたページは裏表紙裏。ラクガキの近くに名前は書かれていない。

だが、ラクガキなんて、よほどこの客が記憶に残ったのだろうか。

多分だが、この帳簿を使っていた時に書かれたものだ。この男が帳簿の名前の中にいる可能性が高い。


「お二人共、このラクガキが、どうかしたんですか?」


「……432人もの子供が一斉に失踪した事件を覚えているか?……私達はこの男がその犯人と睨んでいる」


「何ですって!?コイツが……?まさか、そんな数の人間を食べたって事ですか!?それも……子供を……」


マイナの声が怒りに震える。同時に不気味な笑みが浮かび上がる。

許せなくて許せなくて、殺す場面を想像して楽しんでいる……そんな感じだ。


「フフ……ミリオン様、鋼さん。この帳簿から取りかかりましょう。私、こいつを一刻も早く殺したくて堪らないです……」


「ミリオン、僕もマイナに賛成だ。やろう」


口裂け男、こいつを一秒でも長く生かしておくのは危険だ。それは間違い無い。


ミリオンも余談なく頷く。



その帳簿に書かれていた潰されていない名前は15人。


さぁ、順番は決まった。

作戦開始だ。

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