第19話:後始末
恐る恐る近づいて見てみると、ユアンダ・グラスは完全に絶命していた。
体にまとわり着いた黒い液体がシュウシュウと音を立てて消えていく。
そして辺りを覆っていた赤黒い息と黒い煙が透明になり消滅してく。
グラス兄妹が死んだ事で兄妹の使った呪病魔法の効果が切れたのだ。
「ヒヒヒ、鋼!!よくやった!!!」
ミニミリオンからミリオンの興奮した声が聞こえる。
「貴様は、私の作った中で間違いなく最強で!無敵の!最高傑作だ!」
「僕の事好き?」
「ああ!大好きだとも!!!…………あ、いや、そういう意味じゃないぞ!オイ!」
あのミリオンから大好きを頂いたので、満足し話を戻す。
「それで、僕はこの後どうしますか?」
「あ、ああ。少し待て。あと1分もしない内につく。すぐそこまで来ていたんだがな、毒の煙で近づけなかったんだ…………お、見えたぞ」
辺りを見ると、傀儡の馬車が曲がり角を曲がってきたのが見えた。
傀儡の馬車は僕の前でスピードを落とし止まると、中からマイナが扉をバンと開けて飛び出してきた。
「鋼さん!鋼さん!観てましたよ!凄いです!凄いですよぉ!」
マイナが叫びながら僕に抱きついて頬にキスしてきた。
なんなんだこの人は、突然に。嬉しいけど、少し怖いぞ。僕達そこまでは親しくないし。
「おい狂犬。それは私のだ。あまりベタベタするな」
「え、嫉妬してくれてるんですか」
「お前が私の物なのは事実だろ」
馬車から降りたミリオンは、さも当然の様にそう答え、マイナの襟首を掴んで僕から引き剥がす。
「鋼さん!私はずっと!ずっと貴方の様な方を待っていたんです!私の夢を叶えてくれる人!悪を根絶やしにできる意思と力をもつ私のヒーロー!貴方みたいな人に憧れて!恋い焦がれていたんです!そうだ!もう傀儡でも構いません!結婚しましょう!!」
嬉々として叫びつづける彼女の見開かれた黄色い瞳には、もはや僕の姿しか映っていない。
僕が人を殺しまくるのを見て好きになったというのか?どういう思考回路だ。
「ミリオン、なんかこの人怖いんですけど!どうにかなりませんか……?」
「マイナ!正気になれ!」
バチン!
ビンタだ。ミリオンがマイナにビンタした。しかも結構な勢いで。
もしかして本当に嫉妬してくれてるんだろうか。
「マイナ、そんな事よりやらなきゃいけない事があるだろう?忘れるな」
ミリオンのビンタと説教でマイナは頭が冷えたのか、キョトンとした表情になった後、正気を取り戻す。
この人の正気がなんなのかは分からないが。
「そ、そうでした!えと、〈商品〉とされた方がこのアジト内にいるはずなので救出をしましょう!あとユビウスの情報では客の帳簿があるはずです。それがあれば他の生け贄使用者を芋づる式に見つけ出せます。その帳簿が見つかり次第ガードを呼びます。その後の処理は私に任せてください!」
「そうだマイナ。それでいい。…………しかし酷い有り様だ。貴様で無かったら死んでいたな。……私とて危なかったかもしれん」
ミリオンが言う通り、周りは戦闘で目も当てられない有り様だ。転がっていた死体はおろか壁も床も天井も溶けて爛れている。
しかしミリオンもあの化け物二人に勝てるのだろうか。そういえば彼女の強さについて考えた事もなかった。
「鋼、〈商品〉にされていた人達は無事か?」
僕は温度探知で、4人の〈商品〉がいる部屋を見る。ちゃんと温度がある。無事だ。
その他に体温反応は無い。
「見た感じ4人全員無事ですね。あっちの部屋です。一人は僕への見せしめに食べられてしまいましたが」
「ん、まぁ、気にするな。あいつもターゲットの一人に変わりなかった。貴様の働きは考えうる限りで最高だったのは間違いない」
僕たちは歩きながら、アジトに空いた大きな穴を潜り中に入る。
「うーん、この部屋の死体は全体的に溶けて判別がつきませんね。身元を洗うのは不可能ですかね」
マイナが拾った棒で死体をつつく。死体の表面にできた水泡が破れ、中から液体が流れ出る。
なぜそんな事をするんだ。お前は慣れているだろうが僕はそうじゃ無い。やめてくれグロい。
「マイナ、そういうの、やめろ」
どうやらミリオンも同意見の様だ。
部屋の奥にあった〈商品〉の部屋は逃げられない様に2枚の扉で仕切られていた。
その厳重さが、あの黒い煙を防いだと言うのは皮肉なものだ。
扉を開けると15才位の男の子、60歳位の男性、20歳位の女性、50歳位の女性、の4人が倒れていた。
まだ目を覚ましておらず顔色も悪い。だが腐りかけてもおらず、手遅れでは無さそうだ。
「兄妹が死んだ事で呪病魔法はもう解けている筈だ。病院で治療すれば治るな」
ミリオンが僕に呟く。僕はホッとした。
僕の活躍で、人が救われたんだ。そう考えると戦いで荒みかけた心が安らぐ。
「いえ、ちょっと待ってください……臭いがします」
そんな僕の気持ちにマイナが待ったをかける。
「その60歳位の男、こいつは生かしておいちゃいけませんよ。人を食べています。間違いなく!」
僕は硬直する。だがミリオンはそうではない。即座に行動に移す。
「そうか……あまり精神魔法は得意じゃ無いんだがな」
ミリオンが男の頭に手をかざして念じると、男が目を覚ました。
「…………う……誰だ、アンタ達は…………え、呪いが解けている、俺の呪いが解けているぞ!」
男は嬉しそうに僕たちに話しかける。
「アンタ達が俺を助けてくれたのか?……ありがとう!ありがとう!」
ミリオンは何も言わず懐から例の心臓の模型を取り出して、縛られた男の鼻先に突きつける。
男の顔に血が登り顔が赤くなる。瞳孔が開き、涎が溢れ出る。
「え?これを食っていいのか!は、半年ぶりなんだ!早く、早くくれっ!!」
ミリオンが端目でチラリと僕を見る。
彼女に僕が驚いているのを見られてしまった。
「……やりにくいか。まぁ、貴様は今日十分働いた。こいつは私がやるよ」
ミリオンは立ち上がると外套のポケットから魔法銃を取り出す。
男の顔が急速に青ざめる。
「嘘だろ!俺を助けに来てくれたんじゃあ無いのか!?」
ミリオンは答えず、安全装置を解除する。
バンッ!
発砲音と共に、男の心臓部に穴が開く。
男は声を上げる間もなく絶命する。
……だがミリオンはまだ銃を撃っていない。
そして僕の指からは煙が立ち上っている。僕が撃ったのだ。
重い雰囲気の中、僕は口を開く。
「……ねぇミリオン、僕はミリオンの傀儡人形です。貴方がやる事は僕がやるべき事……違いますか?」
「…………鋼、貴様」
「ミリオン、あまり僕を嘗めないで下さい。僕はもう覚悟を決めました。気遣いなんて無用です。それにこれからはこんな事を山ほどするんでしょう?いまさら逃げ出したりなんかしませんよ」
「……フ、甘いのは私の方だったか。悪かった」
ミリオンはそう言うと銃をしまい、死んだ男の縄を解いて傀儡魔法をかけて歩かせる。
男の死体は、戦いのあった部屋に移動させ、犯人の一人として扱う事になった。
ミリオンが〈商品〉の部屋から出ると、突然僕の服が引っ張られた。
振り向くとマイナが頬を赤らめて何か言いたそうにしている。
「ねぇ、鋼さん、やっぱり私と結婚してくれませんか?……私、貴方にならなんだってします。私も同じくミリオン様の道具になりますから……」
この人は何なんだ。悪い気はしないがひたすら怖い。今のやりとりでどうしてそうなる。どうかしている。まともに取り合うのはよそう。
気を取り直して帳簿を探す事にした。
〈商品〉とされていた人たちを早く病院に連れて行きたいが、ガードを呼んで帳簿を取られる訳にはいかない。
僕は急がなければと息巻いて、部屋を出る。
「帳簿を見つけたぞ」
部屋を出るなりミリオンにそう声をかけられた。
辺りを見ると瓦礫でできたゴーレムが20体ほどいる。
なるほど、人海戦術か。早いわけだ。
ミリオンの小さな腕には大学ノートほどの帳簿がどっさりと乗っている。
「マイナ、ミリオンが帳簿を見つけましたので、ガードを呼んでください」
「え!早いですね!…………あぁ、なるほど!さすがミリオン様!」
マイナも部屋を出るなり、出迎えるゴーレムに舌を巻く。
その後少し3人でこれからの事を話し、それからすぐに帳簿を手にした僕とミリオンは馬車に乗って帰る事にした。
「それじゃあ後は頼みますね」
「ああ、ガードがやった事にしてくれると助かる。魔獸の死体を見たらきっと驚くぞ」
僕たちが馬車の上からマイナに声をかけるとマイナはビシッと左手の握りこぶしを胸に当てる敬礼をした。
始めて見たが、これがガードの敬礼なのか。
「はい!お任せください!また後日、お会い致しましょう!」
「ああ、呼ぶよ」
ミリオンが目を閉じると、馬車が動き始める。彼女は今、馬車の馬の視覚を見ているんだろう。よく分からないが凄い芸当だ。
今、僕の脇には帳簿が抱えられている。。
今日の収穫はこの山ほどの帳簿と、3人の生還者と、多数の悪党の屍だ。
ふぅ、と僕は心の中でため息をつく。色々あって今日は疲れた。
張り詰めていた緊張がほつれていくのが分かる。疲れない体だが精神はそうじゃない。
僕は何日かぶりにおやすみモード……休眠状態に入る事にした。
辻馬車と違って、ミリオンの馬車は揺れが少ない。これならゆっくり眠れそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます