第11話:マイナ・オーキッド(3)
男はぐったりとして、ビクビクと震えながら濁りきった右目でこちらを見ている。
左目はくりぬかれたのか空洞になっており、中に虫が蠢いているのが見えた。
左の耳は無く、引きちぎられ、指の爪も全て剥がされており、その上で焼いて止血した痕がある。
両足は砕かれており、グニャリと軟体生物の様に地面にへばり付いていた。
顔の右半分を見ると、もとは整った容姿をしていたのが想像できるが、左半分は皮を剥がされてあたかも人体模型のようになっている。
彼の座っている椅子の床は赤黒く変色しており、血を含め様々な液体が染み込んでいるのが分かった。
凄惨な光景に生理的嫌悪感が沸き上がり、心が毛羽立つのを感じる。吐き気や目眩を感じ無いこの体に僕は感謝した。生前の僕なら吐いていたに違いない。
「ミリオン、ミリオン……異常事態だ」
僕は小声でミニミリオンに囁く。
ミニミリオンも悟られないように小さく返す。
「……その様だな……その女に興味が湧いた。そこで待て」
僕は静かにうなずく。
「その女も、縛られている男も殺すなよ、いいな」
最後にそう言い残すと、ミニミリオンはピクリとも動かなくなってしまった。
どうやら助け船を出してくれる様で事で安心した。
正直、どうすればいいのか判断がつかなくなっていた。
「あ、こいつに危険はありませんよ!魔力を封じる手錠と注射をしてますから。でもちょっと、驚かしちゃいましたね。すみません。先に言っておくべきでした」
マイナは拘束された男について、悪びれもなく喋る。
「三匹のうち、一匹は捕まえたんです。でも、説明し辛くて……見てもらうのが一番早いかなと思いまして!」
僕は後ずさりする……カラン、と何かを蹴飛ばした。
振り向いてみると骨が転がっていた。頭の上半分の頭蓋骨だ。
その先を辿って見てみると、何人分もの骨がまるでゴミを積むように部屋の隅に重ねてあった。
「マイナ、これは一体……どういうことなんだ?……お前が、全部やったのか?」
「はい!」
マイナが自信満々に胸を張る、その顔は得意気で嬉しそうだ。
どうやら僕が感心していると思っているようだ。
「実はですね、私、分かるんですよ!生け贄魔法を使った人間が!ガードのみんなは信じてくれないんですが……人を食べた奴は臭いがするんですよ。薄汚れた獣の臭いです」
マイナは手に持ったパイプに鼻を近づけ、くんくんと匂いを嗅ぐと、苦虫を潰したように顔をしかめる。
「こんなに臭うのに何でみんな気づかないんですかね……ともかくです!私はそういう奴を見つけたら薬を盛ったり、寝込みを襲ったりと色々手を尽くして連れてくる訳ですよ。正面からじゃ勝ち目は有りませんからね!」
「……そんな基準でこんなに殺したのか?何もしていない人間だったらとか、思わないのか?」
マイナはよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、ニヤリと微笑んだ。
「当然1回も間違えた事無いですよ!最初ここに連れてくると皆ギャーギャー煩いんですけど、ちょこっと脅すだけで簡単に認めるんです」
「認めさせてる、の間違いじゃないじゃないのか?」
「大丈夫、そこは私も気を付けてます!誘導尋問じゃあ事実は聞き出せないですからね!自分で話す様に仕向けるんです」
「どうやって……?」
自分で聞いておいて、嫌な答えしか帰ってこないのは分かっていた。
この女は完全にイカれている。まともな返答が帰ってくるとは思えない。
「まず、一枚、何も聞かずにどこでもいいので爪を剥がします!そこて聞くんです「お前のやった悪行を話せ」って。何も言わないならもう一枚、何か言ってももう一枚。全ての爪がなくなれば、指を切ったり、生皮を剥がしたり、針を一本づつ刺したり。殺さないように慎重に慎重に、少しづつ、少しづつやるんです」
マイナはひょいと、頭蓋骨の一つを拾い上げる。
骨には頭皮と髪の毛が残っており、それが不気味さをより際立てている。
「例えばこいつなんかは、自分の若さを取り戻す為、時空魔法を強化する為に人を食べたと話しました。ここに転がっている全員が、全員とも自分から喋ったんです。「人を食べた」って。身に覚えがなかったらそんな事喋ったりなんかしませんよね?」
マイナは骨を一つづつ拾い上げながら、その骨の持ち主がやったという悪の所業を語り始める。
僕はドン引きしながらそれを眺めている他無かった。
どれもこれも胸くそが悪くなる話で、骨の持ち主のやった事もそうだが、それを聞き出した方法まで何から何までヘドが出る。
しばらくして、僕がピンと来ていないと思ったのか、彼女は手に持った骨をぽいと興味なさげに放り捨てた。
「分かり辛くてすみません、やっぱりこれも実際にお見せするのが良いですね!」
彼女は部屋の中央の椅子におもむろに向かうと、拘束された男の空いた左目に指を掛け、僕の方に顔をぐいと向けさせる。
男は声になら無い叫びを短く上げ、ひどく怯えながら残った右目で僕を見る。
「このお方は鋼さん。とってもすごいお方なんですよ。この方に自己紹介できるかな?」
男は顎をガクガクと震わせながら言葉を発しようとする。
よく見ると彼の上の歯はヤスリの様なもので削られれており、舌を噛んで自殺が出来ないようにされていた。
どんな痛みか想像もつかない。当然麻酔など無かっただろう。
何故こんな残虐な事ができるのか、分からない。
「お、俺は、ゆ、ユビウス・グラス……です。兄貴と、姉貴と……心臓の人身売買をやっていました……私は、悪い、とても悪い人間です……殺してください……・ぎあああっっ!!
話している最中にマイナがユビウスの潰れた足を思いきり踏みつける。
「貴方は人間じゃないですよね?まだ分からないんですか!?なんで!そんな事すら!分からないんですか!?」
ダン!ダン!ダン!と足を何度も踏みつける。
ユビウスはその度に悲鳴を上げる。
「マイナ!マイナ!もういい!もういいから!」
「あっ。すみません。つい夢中になっちゃって……でもこれで証明できますよね!私の言っている事が全部真実だって!」
キラキラと希望に目を輝かすマイナに僕は繕った苦笑いを返す。
ミリオン、聞いているなら、何とかしてくれ。
彼女は自分のしている事が依然報われると信じて止まず、感極まってくるりと回ると、饒舌に話し出す。
「しかしまさか、傀儡王様が私と同じ考えなんて思いもしませんでした!鋼さんがあの事件で犯人達を殺してくれて、私は心の底から感動したんです!ああ、こいつらを許せないのは私だけじゃないんだって!嬉しいなあ!無礼を覚悟で謁見に行って本当に良かった!あの素敵な王様が、こいつらの事を人の皮を被った獣だって分かって下さっていたなんて!」
彼女は部屋の奥に行くと、そこには1つだけ他の骨達とは違って、特別であるかのように頭蓋骨が机に置かれていた。
それを両手で大事そうに抱え上げて僕に見せる。
「これは私の母と、父と、姉さんを食べた男です。ガードの研修時代、別の事件で捕まっていたのを偶然、見つけました。顔と、この悪臭を覚えていたんです。姉さんに押し込まれたクローゼットの中から見ていたんですよ。この男が姉さんを殺し、心臓を取り出し……顔は血でべちゃべちゃになっていましたが忘れるはずがありません」
話しながらマイナの目が潤んでいるのが分かる、だがこれは悲しみの涙じゃない。嬉しさの涙だ。
傀儡王の行いと自分の行いを並べて自分は正しかったと喜んでいる涙だ。
「男は釈放される所でした。私の訴えは証拠不十分と検討もされませんでした。でも、それで良かったんです。こいつらは人間ではなく獣です。人を食らう害獣です。獣を人の法で裁く方がどうかしていたんです。だから直接私が殺したんですよ。ふふっ」
「そいつが……最初の一人か……?」
僕の問いかけに対し、マイナは頭蓋骨をそっと机に戻すとニコニコと笑顔で答える。
「いいえ、もっと前からやっていますよ。今のは只の良い思い出です!ああ、あの叫び声、あの泣き声、今でも鮮明に覚えています。鋼さんにも聞かせたかったな……」
それから延々とどれだけ自分が嬉しかったか、楽しかったかをマイナは語り続ける。
そして今日は人生最高の日だと、王と僕を心から尊敬していると、嬉々として語り続ける。
その時、入り口から冷たい風が吹く。誰かが扉を開けたのだ。
マイナは喋るのを止め、入り口側をさっと向く。
こつん、こつんと廊下を歩く音が少しづつ近づいてくる。
「一体、誰が……うあっ!!」
入り口に向かおうとしたマイナに向かって、部屋に転がっていた骸骨が突如人の形を成して襲いかかる。
マイナを壁へと叩きつけ、ガッチリと締め上げて動けないように拘束する。
入ってきた人影は小さく呟いた。
「なんて酷い臭いだ」
現れた小柄なシルエットにランプの明かりが差し、真っ赤な燃えるような髪が浮かび上がる。
傀儡ではなく、本当のミリオンがそこに現れた。
正体を隠さない、つまりそれはマイナを本格的に仲間に組み込むか、ここで始末をつける事を意味していた。
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