第10話:マイナ・オーキッド(2)
城の外に出ると、待っていたウィズローズに庭に案内された。
庭には依然緊張した面持ちのマイナが背をピンと立たせながら待っていた。
その先には半径5メートルほどの石の台座があり、建物もないのに、大きな扉が建っていた。
「クレスト通り1ブロック」
ウィズローズが場所を告げ扉に手をかざすと、扉の縁や隙間から光が差す。
石の扉がギギギと音を立て自ら開くと、初めて見る植物が生い茂る、畑が見えるのどかな光景が広がった。
「では、お気をつけていってらっしゃいませ」
見送られながら僕とマイナはゲートをくぐると、再びギギギと大きな音を立て、扉が閉まった。
マイナを見るとまだ緊張が解けないみたいだ。
「えと、それじゃ参りましょう、鋼様」
「僕の事は鋼で良いですよ。緊張しっぱなしだけど気を楽にして。所詮僕は傀儡だし、傀儡王様も見ていないんですから」
本当は見てるけど。
「ですが、それでは……」
「緊張してたらお互いにやりづらいですし、僕は悪人をこらしめる、言わば君の同僚みたいなものだと思って下さい。お願いしますね」
「は、はい、では鋼さん、よろしくお願いします」
軽く手を差し出すと握手を返してくれた。自然にやってしまったが、この世界にも握手はあるんだなと行なってから気づいた。
僕とマイナは歩き出した。聞くとどうやらここから結構歩くらしい。
ゲートは遠くに移動するための魔法の産物だが、何処にでも行けるわけではなく他で作られたゲートに繋ぐだけだ。
言わば今通ったゲートは最寄り駅の様なもので、目的地がゲートから離れていれば、歩かなければならないのだ。
また、城の庭などのゲートには鍵が掛けられており、反対側から自由に繋ぐことはできず、城の方から開けてもらう必要がある。
街の区画ごとに置かれたゲートは誰でも使っていいフリーのゲートというわけだ。
僕は目的地につくまでマイナと会話をしながら過ごすことにした。
辺りはそのまま田舎といった感じで、人通りは殆ど無い。
見たことの無い花や鳥が飛んでいて歩いているだけで面白い。
自分は生まれたばかりと言う事にして、目新しく感じるものに対して話す。
話しているうちに打ち解けて、マイナの態度も自然になる。
マイナは溌剌としてて笑顔が似合う快活な女性だった。
「目的地って結構、田舎なんですね」
「はい!私が勝手に集めた資料なので、本部に持っていくわけにもいかなくて……昔住んでた家に集めて置いているんです!」
「昔、住んでた家?」
「そうですね……私の経歴を見たと言う事はもう調べはついていると思いますが、報告も必要でしょうしお話します」
マイナの声のトーンが少し落ちる。
「私が5歳の時、両親と姉がいたんですが、事件に巻き込まれて亡くなったんです。それまで住んでいた家がこの先にあるんです」
「事件に巻き込まれた?」
「生け贄事件でした。金品は取られずに命だけを取っていく……街から離れている場所ですし目立ちにくいから選ばれたんです」
マイナはパッと顔をあげると明るい声に切り替えた。
「あ、暗くならないで下さいね!もう13年も前の話ですから!叔母に引き取られた私は、同じような事件を引き起こさない為ガードを目指し、3年前に夢を叶えたと言う訳です!」
元気に振る舞うこの子を見て、少し心が痛んだ。
マイナは話を明るくしようと笑みを作りながら喋る。
「あ、今回の事件とはなにも関係ありませんよ!私の家を襲った犯人はもう捕まっておりますので!」
この人はとても強い人だ。
もし僕が同じ体験をしたら笑って話す事などできないだろう。
自分を知ってもらう為とは言え、喋りたくない過去だろうに。
話を切り替えよう、むやみに辛い話を続けさせるのは酷だ。
僕は相手の相手についてを聞くことにした。
「分かった。辛い事だろうに話してくれて有り難う。僕はマイナを信じます。それじゃあ、今回追っている相手についてお話ししましょう」
「了解です!順を追ってお話します」
マイナがつらつらと語り出す。
グラス兄妹については、別件の生け贄事件を調べているうちに情報を持っている人物を見つけたらしい。
根気よく聞き続けたところ苦労はしたがやっと話してくれて、たどり着くことが出来たらしい。
グラス兄妹は3人揃って呪病魔法の使い手らしい。
呪病魔法は人に害をなす病気や呪いなどをかける、または治す事に特化した魔法だ。
長男『ユグノー・グラス』は契約を守らせる呪いを使うらしい。
人身売買の前に、自分達グラス兄妹について喋った人間が死ぬように契約を結ぶ。
次女『ユアンダ・グラス』は耳元で喋ることで、相手に呪いをかけ意識を酩酊させるそうだ。
そこに軽い催眠魔法をかけ、付いてこさせる事で自然に人をさらう。
三男『ユビウス・グラス』は病気を治す事に特化しており、劣悪な環境下でも生きたまま生け贄を保存させて置ける様にしている。
彼らのアジトも突き止めたが、手を出す事が出来ずに困っていたそうだ。
話の途中でミニミリオンが僕に耳打ちする、目を良くするために生け贄を行っていたフルーは、グラスの事を喋った後から苦しみ出し、それから情報を引き出せなくなったらしい。
その話を受け、マイナの話に信憑性が増す。
そしてマイナが言うには、この情報を確かだと確認できる証拠が家にあると言う事だ。
しばらく話をしていると、お婆さんが通りかかる。背は曲がり杖をついては居るが足取りは軽快だ、お婆さんはマイナを見ると気さくに話しかけた。
「おや、マイナちゃん。こんにちは。この前はありがとね。マイナちゃんがいなければどうなっていたか」
「あ、オンバさん。こんにちは!私はただ鍵を作っただけです。感謝されるほどの事じゃありませんよ!あ、鋼さん、私は具現魔法が得意なんですよ。ほらこんな風に手のひらサイズで複雑じゃなきゃ鉄くらいの固さの物を自由に作れるんです。まぁ、ちょっとしたら消えてしまいますから鍵のようなものは合鍵を作る必要がありますが」
マイナが手を出すと一瞬輝き、手のひらの上に白色のタンポポの様な花が出来た、それをオンバさんに手渡す。オンバさんも、マイナもニコニコしている。なるほどマイナは人に慕われる性格をしている。
「今度、うちで採れた果物を食べにおいで。……そう言えば、そちらの方は?」
オンバさんは僕の方を見た。
「えっと……この方は……」
マイナは言葉に詰まる。
たしかに説明し辛いと思うので僕から適当に話すことにした。
「僕はマイナさんの同僚です」
「え、何か事件でもあったのかい?」
オンバさんが不安な表情をする。
確かにこんなのどかな所にガードが複数人くるのは珍しい事だろう。
「いえいえ、とんでもない。パトロールの延長です。なにもご心配することはありません」
それならよかったと、オンバさんは安心し、その場を後にした。
去り際に手を振ってくれたので、僕とマイナは手を振り返した。
おおよそ20分ほど歩いただろうか、マイナが指を指す方向に、一件の家が建っていた。家には植物の蔦が絡まり古い様相をしている。
人が住んでる気配はない。
煉瓦作りの家で家族4人で住んでいたとしては大きな家だ。
マイナが家の鍵を開けて僕を家に上げる。
内部は昔のままなのか、男性ものの靴や、小さな女の子用の靴が並んでいる。
それを見ると僕は少し切なくなった。
「……ちょっと、臭いますかね?たまにしか来ないので掃除が行き届いていなくてすみません」
「いや、気にしないで下さい」
僕には、臭いを関知する機能が付いていないので分からない。
埃はあまり積もっていない様に見えるのだが、古い建物だ、仕方がない。
奥の部屋にいくと壁中に大量の紙の資料がピンで刺さっており、地図やメモが入り乱れる部屋についた。
何かの犯人と思われる顔のイラストや新聞の切り抜きも貼ってある。
地面には資料が全体的に散乱している。
僕は少し驚いた。探偵物の映画で見る様な部屋だ。まるで事件に取り憑かれたような……まぁ、実際の捜査は案外このようなものなのかも知れないが。
「え、えへへ、お恥ずかしい、もうちょっと片付けておけば良かったです」
マイナが照れ笑いをする。恥をかかせてはいけないと、僕も笑い返す。
「それで、この中にその資料があるのですか?これは探すのが大変そうだ」
「いえ、この隣の部屋です。隠し扉になっていまして……」
マイナが本棚を押すと後ろ側に扉が出てきた。
こういった仕掛けを直に見れるなんて感激だ。
「暗いので気をつけてくださいね!」
マイナに言われるまま、隠し扉の通路を通っていく。
通路は煉瓦で作られた細い道で所々蜘蛛の巣が張っていて、これもいかにも隠し通路って感じで感動した。
やがて10畳くらいの部屋にたどり着く。
マイナが部屋にある黄色い石のランプに魔力を込めて明かりを灯す。
僕は正直何があるんだろうとワクワクしていたが、部屋に着くとそんな気持ちは吹き飛んだ。
部屋の真ん中には血だらけの見るからに瀕死の男が椅子に縛られて眠っていた。
明らかに酷い拷問を受けている痕が身体中にある。
髭も髪の毛も油まみれのボサボサで1ヶ月は監禁されている様に見える。
「寝てちゃダメじゃないですか」
マイナは手のひらに鉄パイプのような棒を具現化すると、男の頭に容赦なく降り下ろす。
バキンッ!
重く冷たい音が、暗い隠し部屋の壁に響き、男から血が飛び散る。
「ぐあああっ!痛い、痛い。ひぃ、もうやめてくれ、なんでもする……なんでもする……なんでもする……・だからもう、殺してくれ、殺して……下さい……」
マイナは何事も無かったかのように僕に振り返り、笑いかける。
彼女の顔には大きく返り血が付いていた。
なぜ彼女は笑っているのだろう、さっきまでのマイナと同一人物とは思えない。
得体の知れないゾワゾワとした恐怖を感じる。
「こいつが私の情報提供者のユビウス・グラスです。情報の見返りに殺してあげる約束をしてあげたんです!」
訳の分からない彼女の言葉に、僕は心底ゾッとした。
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