第12話:マイナ・オーキッド(4)

「遅くなってすまなかったな、鋼。何やら楽しげな声が聞こえていたが、私も混ぜてくれないか?」


ミリオンは、てくてくとマイナに近づいて顔を覗き込む。


「なぁ、マイナ・オーキッド。お前、こんなことをして楽しいのか?」


「な何ですか貴方……?鋼さん、こ、この人は?」


拘束されながらマイナが僕とミリオンの顔を交互に見る。

突然の来訪者にキョトンとしている。


「私はミリオン・ダラー。貴様の敬愛する傀儡王様だよ。なぁ、鋼」


「えーと、そうですね。……これが本来の姿です。嘘じゃないですよ」


マイナは状況が飲み込めない様で、鳩が豆鉄砲を食らった様な表情をしながら質問を返す。


「え、それじゃあ、新聞で見る……お城で会った王様は?こんなに可愛らしい方が、あの傀儡王様なのですか?」


「あれはただの人形なんだ。それより、マイナ。ミリオンの質問に答えましょうよ。なんか彼女、怒っているみたいなので」


ミリオンが身に纏う空気は張りつめており、彼女の周りからピリピリとした緊張感を感じる。

ニヤついた笑みを湛えているが、その夕焼けの様な瞳は笑っていない。


小さな手のひらでミリオンはぺちぺちと、マイナの頬を軽くはたく。


「そうだぞぉ、マイナ。貴様は今、すごーく微妙な立場にいるんだ。分かるか?貴様は勘で選んだ相手に対し正気じゃあ見ることも出来ない惨い拷問を繰り返す殺人鬼だ。だが一方で、ターゲットは私と同じく生け贄魔法の使用者で、それを見分ける特殊な直感があるとも言っている。私はな、迷っているんだよ」


マイナのおでこをトントンと人差し指で叩いた後、ミリオンはマイナの顎を鷲掴みにする。有無を言わさない迫力だ。


「貴様みたいな無秩序に人を殺す奴を野放しには出来んのだよ。ここで、貴様をどうするか決めなきゃならん。私の駒にしてやるか、この部屋の死体の一つとなってもらうか、選ばないといけないんだ」


マイナは震える。まるで思いもよらなかった事が起こっているかのように。

正しいことをしているはずの自分が、同じ思いのはずの傀儡王に、このように詰められるとは想像だにしていなかった様だ。


「く、傀儡王様も、同じことをしていたではございませんか!立て籠り事件の時、鋼さんは捕まえられた犯人をあえて殺害しておりました!私と、何も違いはございません!何故、私をお咎めになられるのか、覚えがありません!」


ミリオンはわざとらしく肩をすくめて見せ、僕の方に振り向く。


「鋼、どう思う?私はこの殺人鬼と同類なのか?私はいつのまにか、頭のネジがこんなにも飛んでいたのか?」


僕は辺りを見回す。

腰の高さまでうず高くつまれた骨の山。

拷問され血まみれになって呻き声を上げている男。

壁には立ったまま拘束する為の手錠が埋め込まれており、人の形に血の跡がこびりついている。

机に並べられた錆び付いた工具の数々は何に使うか想像もしたくない。


目を凝らして見れば見るほど、いくらでも残酷な風景が浮かび上がる。どう考えても常軌を逸しているのは明らかだ。


「いやあ、さすがにここまでじゃ無いですね。これじゃどっちが悪役か分からない」


「……じゃあ、どうすれば正解だと言うんですか!?目の前に人を食う獣がいて、私にはそれが分かるのに!誰も信じてくれない!私が殺らないと、また誰かが殺されるのは分かるでしょう!?私は何も責められる事なんてしてません!」


マイナの怒声に僕はビックリして半歩後ずさりする。

こんな剣幕で怒鳴られたのは初めてだ。

ミリオンが睨み付けるとマイナを拘束している骸骨が力を強める。

マイナはそれでも真っ直ぐとミリオンに視線を向け続ける。



「マイナ、そんな事を責めてる訳じゃない。そうだな……私が知りたいのは、貴様は制御が聞く人間なのか、はたまた血を見るのが好きな異常者なのか。それが知りたいんだ。……これから私の質問に素直に答えろ。助かりたくて嘘をつくんじゃあ無いぞ。貴様が正しいと思うなら、そう考えた通りに答えるんだ。私から目を反らさず喋れ」


「……はい」


腕の拘束は依然したままだが、骸骨達が強めた力が緩くなる。

僕は2人とも怖えーなと思いながら傍観していた。

当事者だが、当事者じゃない心持ちでこの場はやり過ごそう、なるべく心に負担がかかるのを避けよう。


尋問が始まる。


「貴様の感じる臭い……獣の臭いだったか・・その判別は間違える事はないのか?」


「それは、ありません!一人でも食べていればはっきりと、間違いなく感じるんです!ただの香りと区別もつきます!実際に今まで一度も間違ってはいませんでした!」


……僕が思うに嗅覚が実際に反応しているのでは無いのだろう。

対象の細かい振る舞いや仕草、その雰囲気から直感で感じ取っている。

幼い時の忘れようにも忘れられないトラウマの人物と無意識の内に見比べて、重ね合わせ、何かが合致したその瞬間、当時強烈に感じた『薄汚れた獣の臭い』がフラッシュバックし、嗅覚に働いている。


「二つ目の質問だ。貴様は謁見の間で嘘をついたか?ガードの命を守るためとか抜かしていたが、本当は相手を殺したいが為に私の所に来たのではないのか?」


「それは違います!相手は心臓のディーラーです!捕まりさえすれば死刑は免れません!皆を守りたいが為に謁見を申し出たのは本心です!」


ミリオンとマイナは目をかすかにも反らさない。マイナに至っては瞬きもしない。

僕には話の真偽を確かめるすべは無いが、取り繕う事なく本音で喋っている様に感じる。

……いや、違うな、マイナは自分のしてきた行いを一片たりとも悪い等とは思ってすらいないが為、隠し立てする事などありはしないと潔白の心情でいるのかもしれない。


「……貴様は拷問をしている時、楽しいか?」


「当然、楽しいです!悪いことをした相手に報いが下るのは、誰もが気持ち良く感じる感情です!違うでしょうか!」


「可哀想だとか、やり過ぎたとか、そういうのは無いのか?」


「全くありません!相手は人間ではありませんので、共感する意味が分かりません!」


うわあ。これはマイナス点だ。この人、自分がおかしい自覚がない。加減というものをご存じ無い。


「では貴様は、私が控えろと言ったら、殺し……いや貴様にとっては狩りか……この狩りをやめられるか?」


「……いえ、その為に罪無き一般市民が犠牲になるのなら、たとえ傀儡王様の命であっても私は誇りにかけて続けます」


「引くつもりはないか……ならば、鋼が代わりにやるならどうだ?拷問も無し。それなら我慢できるか?」


え、僕?僕を巻き込まないで欲しい。マイナはチラリと僕を見て、ミリオンに目線をすぐ戻す。


「何も問題はありません!」


「いや、問題あるんですけど。山積みなんですけど。そんな暗殺者みたいな真似、やりませんよ。それに直感で人殺しはマズいでしょ」


ミリオンが今度は僕に向き直る。

どうやら僕を説得するつもりのようだ。

冗談じゃない、僕は異常者の仲間入りをするつもりはないぞ。


「あのな鋼、生け贄をたった一度でもやった奴は、その中毒症状から一生解放される事は無い。湧き続ける強い殺人衝動を無限に抑えていられる心の強い奴なら、最初から生け贄なんかしないんだ。こいつの感覚を信じるにしても……なにもいきなり殺せとは言ってない。まあ貴様なら相手に襲われてから判断してもいいし、違うと思うなら見過ごすでも、自首を促すでも、ガードに突き出すのでも良い。この女が見つけた奴を調べるんだ、それならいいか?」


「それでは話が、うぐっ」


喋りかけたマイナの首を骸骨が再び掴み絞め上げる。ミリオンは目の端を彼女に向ける。


「今は鋼と話している。それにマイナ、分からないのか?貴様か、鋼、どちらかが納得できなければこの話は無しだ。貴様が狂った狩りを続けるのなら、貴様は死ぬしかないんだよ。貴様が死ねば助かるはずの市民が犠牲になるぞ?それで満足か?」


「…………」


マイナは首を絞められ声を発せられないまま僕達を恨みがましく睨み付ける。

たとえ死んでも、僕が提案された甘い方法では納得できないと頑なに態度で主張している。


「ふん、狂犬め」


ここまで聞いて僕は思う。何故僕はこんな判断を任せられているのだろうと。

僕が納得しないとマイナが死ぬのか。いや、ここで死なれたら寝覚め悪いだろ。眠る必要ないけど。

かと言っても勘で殺す暗殺者なんて絶対やりたくない。馬鹿げている。断固お断りだ。

僕は後悔しない選択をとりたい。妥協はダメだ。


「高望みかも知れませんが、そいつが人を食うという確証が欲しいんですが、そこだけでもどうにかなりませんかね?」


マイナが目で訴えてくる、それでむこの市民が犠牲になっても良いのかと。いや良くないけど、お前のしていることも大概ダメだろう。


「……そうだな、じゃあ、試しにこれでも使ってみるか?効果はあるか分からんが」


ミリオンは、懐から何かを取り出して僕に手渡す。

なんだろうかと見てみると……それは心臓だった、とくんとくんと脈打っている。


「うわ、え、ミリオンの心臓ですか?意味解んないんですけど。取り外せるんですか。というか、怖いんですけど」


「私のじゃない、私が創った物だ。以前精巧な人体人形を作製した時に出来た産物でな。ちょっと試したい事があって持ってきたんだ。その男の鼻先にぶら下げてみろ。上手くいけば見極められるかもしれん」


僕は、気持ち悪いなあと思いながら、心臓をつまみ上げ、拘束されているユビウスの目の前にぶら下げる。

するとどうだろう、獣のように瞳孔が狭くなり、よだれをだらだらと垂らし始めた。

息が荒くなり、血色がみるみる良くなる。

あげくには首を精一杯伸ばし、口を大きく開けて少しでも舐めようと、拷問で穴の空いた舌を伸ばし始めた。


「こわい!こわいよ!何もかもこわい!ミリオンも怖いし、マイナも怖いし、終いにゃこの男も怖い!僕無敵じゃなかったらとっくに逃げ出していますよ、これ!!」


「おい、それを絶対に落とすなよ、作るの物凄く大変なんだからな。でどうなんだ、やるのか、やらないのか」


「やりますよ!これを相手の鼻先にぶら下げればいいんでしょう!!それで正体を見極められるなら、文句無いです」


ミリオンがマイナに向き直る。


「マイナもそれでいいか?」


「……はい!」


マイナが返事をするやいなや、骸骨がバラバラと崩れ去り拘束が解かれる。

マイナはバランスを崩し、地面に尻餅をついた後、嬉しそうに眩しい笑顔を浮かべながら立ち上がる。

自分は認められたとでも思っているのだろうか。感情がどこかずれていて不気味だ。


「じゃあ、最後の質問だ。そこの哀れな男からもう聞ける事は残っていないか?」


「ユビウスですか?えっと、無いと思います。聞けることは全部聞きましたので……」


ミリオンが僕に目配せする。僕は再びぐったりとしたユビウスの頭に右手を乗せ、ひと思いに思いきり電流を流す。ビクりと一瞬体が跳ね、即死する。


「あ、勿体ない……」


そう自然に呟くマイナを見て、ミリオンと僕は顔を見合わせ、真剣に頭を抱えた。

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