第06話:立て籠り犯
温度探知によると、1階にはもう一人いる。
大柄な奴だ。家の奥から僕の方に向かって、なにか棒状のものを構えながら、ゆっくりと近づいてくるのが見える。
ドアを閉めていたことで叫び声はどうやら聞こえて居なかったようだ。とはいえ、投げ捨てたときの物音は聞こえたようだ。
「おい!どうした?ガードが突入してきたのか!?」
男の声だ、声からすると先程の男より年上の様だ。
ミニミリオンが僕の服を引っ張る。
喉に指を当てながら僕にしか聞こえないように小さな声でこう言った。
「こうやりながら、目出し帽男の声を真似をしろ」
僕は左手で喉を触りながら、目出し帽男の声を真似て喋ってみた。
「何でもねぇよ!連中が一人入ってきたが返り討ちにしてやったんだよ」
目出し帽男に近い声が出た。声帯模写までできるのか。
大柄な男は警戒を解いたようで、構えていた棒状の何かを下ろしたようだ。
「なんだよ、驚かせるんじゃねーよ」
思い付いたので、少しかまをかけてみる。
「しっかしボスはずるいよなぁ、俺たちにも食わせてくれりゃあいいのに」
覆面男の声に反応して大柄な男が答える。
「バカ野郎が。てめぇみたいな下っ端が2人も食えや十分だ。それとも何だ?俺らに下克上でもしたいってのか?」
……もう十分だ。聞きたいことは全部聞けた。
こいつはミリオンの言う殺していいタイプの人間だ。
ミニミリオンが小声で囁く。
「左手首を捻ってみろ」
左手首を思いきり捻ると、手のひらからブレードが飛び出した。
長く、切れ味が良さそうだ。
僕は続けて覆面男の声で喋る。
「そうさ!あんたみたいな屑は殺してやりたいと前から思ってたんだよ!」
「あぁ?てめぇ!!」
大柄な男が早足で歩いてくる。
僕は覆面男がいた部屋に戻り、ドアを再び閉め、入り口のすぐ横に陣取った。
次の瞬間、大柄な男はドアを蹴破りながら入ってきた。
全く短気な男だ。
「この身の程知らずが!」
怒鳴り込んできた大柄な男に、僕は何も言わず手のひらのブレードを横から思いきり突き刺した。
左脇腹から貫通し反対側に飛び出ている。
男は手に持っていたライフルの様な銃をガタンと落とした。
「……ぐぶっ、な、何だてめぇは……ガードじゃねぇな・・」
僕は手首を捻りブレードを収納し引き抜くと、次は胸に手を当てて手首を捻った。
再びブレードが飛び出して貫通する。
大柄な男はそれきり動かなくなった。
男の足を掴んで引きずり、もう一度玄関から男を投げ捨てた。
大柄な男は覆面男と折り重なって倒れた。
再びガードたちからどよめきの声が聞こえる。
残りは1人。この立て籠りグループのボスと思われるやつだけだ。
「ヒヒヒ、上手いな。どこで覚えた」
「映画ですかね」
ミリオンの言葉にふと考える。
体は考えた通りに動く。
今ならバク宙だろうと壁蹴りだろうと一度見たアクションなら何でもできてしまうだろう。
だが体を動かす感触はやはり生身とは違う。
ゲームのキャラクターを動かしているような実感が伴わない無い感覚。
心臓の鼓動も無く、汗もかかなければ緊張もない。
初めて人を殺したというのに、傀儡の目というフィルターをかけ、まるでテレビの先で起きた映像のような遠くの出来事にも思える。
だが、感情だけは確かに有る。
映画が好きだった白鐘鋼は確かに存在している。
改めて自分は人間ではなくなったんだなと思い知ると共に、ただ一つ残った、この感情だけは大事にしなければいけないと思った。
この感情を失えば多分、僕は僕でなくなってしまうだろう。
僕は昔からアクション映画の主人公に憧れていた。
主人公自身が正義や悪かは関係ない。
軍人もいればアウトローもいて、探偵もいれば殺し屋だっていた。
だが彼らは全て自分の思うままに生き、どうしても許せない奴に対して鉄槌を下す。
そんな姿は僕にとってヒーローに違い無かった。
ミリオンの考え方はそんなヒーローの彼らに通じる何かがあり、貰い物だが僕には今そんな生き方が出来るだけの力がある。
もう2人も殺してしまった。後戻りはできない。これからは後悔だけはしないように、心だけは裏切らないように生きていこうと堅く誓おう。
僕は2階にへの階段に足をかけ、上っていく。
登った2階には3つの部屋があり、左の部屋に温度反応がある。最後の一人だ。
部屋を開けると背の低い、若い風貌の男がそこにいた。金を漁っていたのか部屋が荒らされている。
「ひいい、たす、助けて。助けてください!」
若い男は尻餅をついて、のけぞりながら壁際まで引き下がる。僕は拍子抜けした。
「お前がボスか?下にいた二人の」
「と、とんでもない!俺はそんな大した奴じゃないですよ!」
若い男は持っていた銃を放り捨てて寄越したので、そのまま僕は銃を部屋の外まで蹴り出した。
「だが、下の二人は夫婦を食べていないと言っていたぞ」
「し、知りませんよ、僕はついてきただけなんです」
若い男は頭を抱えてうずくまってしまった。ガタガタと男が震える。僕はゆっくりと歩いて近づいた。
「なあ、あんた、もう一度こっち向いてくれないか?」
「え?」
僕は口の端指差す。そこには掠れてはいるが大量の血が付いていた跡が残っていた。
「食事の跡が残っているぞ、ベッタリと」
「……拭っても取れねぇもんだよなぁ、血ってのは」
男が顔を上げ、立ち上がる、細かった腕がモリモリと膨れ上がり、はち切れんばかりの太さになった。
「バカが!近づき過ぎなんだよ!」
僕は思いきりぶん殴られた。空気が震え、金属音が響き渡る。
足が地面を離れ凄いで勢いでのけぞる。
ズガァン!
壁に背中からめり込んだ僕に男は追撃を仕掛けてくる。
「固ぇなおい!テメェは傀儡かぁ!?まぁ、かまやしねぇ!!ぶち壊してやるぜぇ!」
ガンガンと頭を殴打する。一発一発殴られるたびに壁に深くめり込んでいく。気づくと男の体は3メートルを越えるような大男になっていた。
「おらぁ!トドメだぁあああ!!」
男は思いきり振りかぶり僕を殴ると、壁がぶち抜かれそのまま外に男と共に落下する。地面にクレーターの様に衝撃で跡ができ、僕の片腕が深く埋まる。
ガードたちがあわめきだつ。
男が埋まった僕の体から手を離し、立ち上がる。
「総員銃を構えろ!」
「てめぇらなんざ怖かねぇんだよ!!」
男は転がっていた石を拾い上げ、ガードの方へと投げつけた。
人形がとっさに庇ったが止められず、人形を貫いてなおも飛翔する。
石はそのまま人の隠れたバリアを砕き、そこで止まる。
「撃てェ!!」
男の攻撃を見てガードが一斉に射撃を始める。
だが3メートルの男の肌に弾かれて弾は全て落ちる。
全く効いている様子がない。
「ひゃははは。豆鉄砲が!俺に銃は効かねぇよ!」
僕は地面にめり込んだ腕を引き抜くと、目の前に立っている男の足を掴んだ。
「てめぇまだ壊れて……」
立ち上がりながら掴んだ腕を振り上げる。
巨大な男の体がふわりと舞い男は困惑の表情を浮かべる。
僕はそのまま思いきり地面に叩きつける。
「ぐはあっ!!」
僕はもう一度、腕を振り上げる。男の体が再び宙を舞う。
鼻血を出して飛び散らせているのが見えた。
反対側の地面に再び叩きつける。
「ぐえっ!!」
男がもがいて、僕の腕を振りほどこうとする。
「あり得ねぇ、こんなのあり得ねぇっっ……!!」
男の巨大な腕が僕の指をつかんでで思いきり引き剥がそうとするが、指は一本たりともピクリとも動かない。
再び反対側へ叩きつける、さらに反対側へ、反対側へ、反対側へ・・・
「許してくでぇ!!」
巨大な男の背が縮み、元のサイズへと戻っていく。
「づみはづぐなう。もうやべてくれ!」
顔面がグシャグシャになった男に対し僕は聞く。
「あの夫婦を食べたんだな?」
「ああ!ああ!ぐっだ!だがいねぇとおぼってたんだ!!」
バリアに隠れていたガード達が恐る恐る出てくる。
「それより前に食べた奴の事は覚えているか?」
「ぞれより前……?」
男はチラリとガード達を見る。
「ぐ、ぐっでねぇよ」
「お前、本気で言ってるのか?」
「ごんな状況でうぞなんがづがねぇよ!!」
ミニミリオンが小声で僕に言う。
「あり得ないな。二桁は食わなきゃあれほどの身体強化魔法ができる訳無い」
男はそれからも、食ってない食ってないとわめき続ける。
自分は夫婦殺しには関与したがそれ以前についてはとぼけている。
男にしてみれば当然だろう、ガードに捕まって何度も生け贄をやったと話せば極刑は免れない。
夫婦殺しだけでも重罪だが、極刑はもしかしたら免れるかもしれない。
「き、君、その男を私たちに引き渡すんだ!」
回りを見渡すと、ガード達が少し遠巻きに僕を取り囲んでいた。
銃を構えている者もいれば、下ろしている者もいる。
全員に困惑が見てとれる。
「君の協力には感謝する、後は私たちが対処する……」
ここでこの男を彼らに引き渡せば、きっと僕は後悔するだろうと直感が言っていた。
僕は掴んでいた足を離した。ガード達が胸を撫で下ろすのが分かる。
「バン」
僕の指先から閃光が飛び散る。光は倒れている男の胸を貫いて、そのまま大きな風穴をあけ、地面を大きくえぐった。
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