第05話:最初の一人
現場につくと、複数人のガードとほぼ同数のガード人形が、家の前に遠巻きに集まっていた。
ガード人形の一体が銃を構え、開けっぱなしのドアに近づく。
ヒュン!ドスッドドスッ!
瞬間、つららの様な氷の固まりが、ガード人形に3本突き刺さる。ガード人形は木片を飛び散らし膝をつくと、それきり動かなくなった。
「くそっ、これじゃ近づけんぞ……」
「嘗めやがって、包囲網を崩すなよ!」
ガードが地面に置いた棒状の装置からバリアの様な壁が出ており、人間のガード達はその後ろに隠れている。だがそのバリアも所々割れており、抗争の跡が見える。
「あのすみません、あの家が立てこもり犯人がいる家で間違いありませんよね?」
適当に近くのガード、若いポニーテールの女性のガードに話しかける。
彼女は振り向いて驚く。
「何ですか貴方は!野次馬ですか?一般人は危ないので下がっていて下さい!」
「いえ、僕は傀儡王様の命令でガードを手伝いに来たものです。状況を教えてください」
ガードの女性は少し怪しんだが、ガードのエンブレムの入った通信石板を僕が持っているのを見て話し出した。
「犯人は3人組です。強盗ですよ。中には夫婦あわせて2人が住んでいましたが、既に殺されています。遺体は窓から投げ捨てられています」
家の近くを良く良く見ると、確かに二人の死体がある。
どちらも胸部に大きな穴が開いていた。
「心が痛みます。心臓を食べられたのでしょう。彼等はそれをあえて示し、自分達は生け贄の使用者だから近づくなと言っているんです」
「うわ、グロい……よくあんなマネができますね……」
若いガードは頷く
「全くです。ああ、もどかしい。ガードにもっと力があれば……」
僕は若いガードの肩にポンと軽く手を置いた。
「僕が一人で突入します。他のガードに突入しない様に伝えて下さい。あと僕を撃たないようにとも」
「え……?あ、ちょっ、ちょっと!!」
僕は立ち上がると、若いガードの制止を無視して、家に向かって歩き出した。
きっと僕は撃たれるだろうなと、多少の不安はあった。
だがミリオンは僕を無敵と言った、今は彼女信じて進んでみようと思う。
それにもう僕はもう痛みを感じない。痛みは体の危険を察知し、避けるための機能というが確かにそうだ。今、僕には驚くほど恐怖がない。
「歩きながら聞け、鋼」
胸ポケットのミニミリオンが突然喋る。少し、ビックリした。
「こめかみを叩き、温度探知と言ってみろ」
「温度探知」
トントンとこめかみを叩くと、左目から見える世界が、温度が低いと青色、温度が高いと赤くなる、俗に言うサーモグラフィーの様な視界になった。
「こんな事まで出来るのか、ターミネーターになった気分だ」
温度を見ると、二階に1人、一階に2人いるようだ。ミニミリオンが上半身をポケットの中から乗り出して腕を降り回す。
「ヒヒヒ!じゃあさっそく皆殺しにしてやれ!」
僕は突然の皆殺し発言に驚く。その為に呼ばれたとはいえ、実際やるとなると気が引ける。
「……まるで悪役の台詞ですよ、それ。一応無駄かもしれませんが穏便に済ますことができないか試してみましょうよ」
「穏便に、ねぇ……まぁ最初だ。好きにしてみろ」
僕は叫んで伝える。
「僕は傀儡王様の命でここに来たものです!投降してください!この通り、武器は持っていません!話し合いましょう!」
ヒュンッ!!ガンガンッ!
突然つららが2本、もの凄いスピード飛んできたかと思うと僕に当たって砕け散った。
「いたいっ!」
当たってからビックリして身を屈めた。
なんとも間抜けな光景だ。
それにとっさに叫んでしまったが実際には痛くも痒くもない。
「貴様が普通の人間なら、今ので一回死んでるぞ」
ミニミリオンが僕に忠告するが、僕は今それ所ではなかった。
背けた顔の先で、なるべく見ないようにしていた夫婦の遺体が大きく目に入ってしまったのだ。
五、六十代で部屋着とみられる服を来ていることから、突如現れた訪問者のせいで平穏が崩れ去ったと伺い知れる。
婦人の足にはつららが刺さり、夫の腕は潰されたように折れている。
そして、胸に空いた穴は反対側まで貫通しており、どちらにも苦悶の表情が見てとれる。
……死んだ両親を思いだし、沸々と怒りが沸いてきた。
ミニミリオンが静かに僕に語りかける。
「貴様が今までどのような価値観の世界にいたかは知らん。だが、その世界の殺人の固定概念は一度捨てろ。こいつらは人を食う快楽の為に殺すクズだ。そんなクズがこの世界にはごまんといるんだ。怒りを感じたなら、素直に解放しろ。それが人の為になる。お前だけにはそれを成し遂げる力がある」
僕は無言で走り出した。
つららが何本か飛んできたが僕には効かないと解ったので気にしない。
家の中に入ると、そのまま勢いよく走り続け奥の部屋に入る。
そこに氷を飛ばしてくる奴がいると分かっていたからだ。
案の定そこには口の部分を大きくくりぬいた目出し帽の男がいた。
男の目は驚愕で見開かれていた。
男は大きく息を吸い込むと、唾を飛ばした。
唾はみるみる凍りつき大きなつららとなって僕に向かって飛翔する。
「……お前が夫婦を殺したのか?」
僕は後ろ手にドアを閉め、つららを払い除けながらノシノシと近づくと、首根っこをおもむろに掴み、宙につり上げる。
「う、嘘だろ、2人も食ったてのに、まるできかねぇ、なんだコイツはっ!」
「……いや、お前は、リーダーじゃないな。入り口の見張りは下っ端の仕事と決まっている」
男は僕に必死で唾を吐きかける。針のような無数の氷が顔に降り注ぐが、当然僕の肌には傷ひとつ付かない。
「何もかも汚い男だ。……ん?どうした、鋼」
ミニミリオンは呆れてそう言った後、僕が掴みあげた男を観察しているのに気づいた。
男は、吊り上げられながらも唾を吐き続け、僕を殺すことしか考えていない。
目は血走り瞳孔は開き、焦点がぶれている。
生け贄魔法で強化したのはこの唾を凍らせる魔法なのだろうか。
唾液はだらだらととめどなく、常軌を逸した量が流れ続けている。
そして男の両腕は僕の手を振り払おうとするでもなく、僕の心臓辺りをナイフで引っ掻き続けている。
殺人の中毒者……まさにそんな感じだ。
「ミリオン、こいつをガードにつきだしたらどうなるんですか?」
「なんだと、まさか殺さないつもりか?」
「ただ、気になるんです、どうなるか教えて下さい」
ミニミリオンはやれやれといった口調で話し始める。
「当然、裁判にかけられるな。捕まえた犯罪者はガードの法で裁かれる取り決めとなっている。そういえばイギリス人が来た時にこの裁判方式が決まったんだったな。犯人には弁護士がつけられ、裁判官が裁量を握る……まぁ、生け贄魔法は殺人だ、立証できれば死刑になるかもな」
「立証?それってどうやるんですか。例えばこの異常なよだれ等が生け贄魔法の証拠になるんですか?」
「なるかそんなもん。普通の殺人と同じだよ。被害者が見つからなきゃ立証なんかできるもんか。魔力は実際使わん限り計れんしな。こいつをつきだせばあの夫婦の殺人で裁かれることになる。……だが、こいつの魔法は確実に生け贄をやっているレベルだ。法廷で証明はできんがな」
僕は男を締め上げると、男は観念したのか唾を吐くのを諦めた。
「あんた、あの夫婦を殺して食べたのか?」
「く、食っちゃいねぇよ!俺じゃねえ!ボスが食ったんだよ!俺はあんたの言うとおり下っ端なんだよ!助けてくれよ!!」
「だが2人食ったとも言っていた」
「昔の話だっ!食ったのも俺が殺した奴じゃねえ!買っただけだ!売った奴は……もう死んだ!悪いのはそいつだ!俺に罪はねぇよぉっ!」
乾いた笑いが出た。こいつは2人も食ったが、ガードにつきだせば夫婦の殺人の共犯という罪でのみ裁かれることになるわけだ。
それに、こいつの発言は屑そのものだ。様は他人に殺させて金を払って人を食べたと言う事だ。
自分の罪を他人に被せているだけじゃないか。
僕が押し黙っているとミニミリオンが話しかけてきた。
「それで話は終わりか、鋼?」
「はい、話は終わりです」
目出し帽の男がにやつく。
「わ、分かってくれたのか。俺はただ命令されただけなんだよ!あの夫婦もいないと思っていた!」
「聞こえなかったのか?話は終わりだと言ったんだ」
僕は男を睨み付け、右手に力を込める。
「びえ」
男の首は万力で潰されたようにぐしゃりとつぶれ、変な声を出したかと思えば一瞬で息耐えた。
僕は男の首をつかんだまま引きずり部屋を出ると、振りかぶって家の外に投げ捨てた。
家の外のガード達からどよめきの声が聞こえた。
それを聞いて、ミニミリオンが楽しそうに笑う。
「ヒヒヒ、最初は生易しい男かとも思ったが杞憂だったな。貴様なかなか熾烈な男じゃないか!鋼」
「誰かが汚れ役をやらなきゃいけない、何の因果か知らないけれど、それが僕って事なんですね……分かりました」
「今度こそ皆殺しにするんだな?」
僕は迷い無く頷いた。感触の無い手応えが殺人の忌避感を遠ざける。残るのは僕の心に渦巻く怒りだけだ。
「やりますよ。一人残らず」
殺さないヒーローってのも嫌いじゃないが、どうやら僕には向いていないようだ。
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