第26話:口裂けジャンク(1)
病院につくと、マイナはすぐさま手術室に運び込まれた。その時には既にマイナの呼吸は止まっていた。
運び込まれる直前に医者から、手は尽くすが希望は持たないで下さいと言われた。
僕が、頭を抱えて待合室に座っていると、ミリオンが息を切らしながら、病院に現れた。
「ミリオン…………マイナは、このまま死ぬかもしれない」
「ああ、見ていた。こうなったのは私の責任だ。……トゥエルブが言っていたのはこの事だったのか」
「……トゥエルブ?」
……そういば彼は『探すのは自由だが後悔するな』といっていた。
あいつは、この事態を知っていたと言うのか?僕の仲間が死ぬかもしれない事を?
「……怖い顔をするな。あいつの未来予知の結果は変える事はできないんだ。ジャンクを追っていればマイナはいずれこうなる運命だった」
ミリオンは悲しむそぶりさえ見せていない。
マイナが死にそうだってのに、妙に達観した態度のミリオンに僕はカチンときてしまった。
「運命?運命ですって!?じゃあマイナは僕達に協力した時から、両腕を千切られて死ぬ運命だったって事ですか!」
僕がみっともなく怒鳴り散らすと、ミリオンはキッと僕を睨み付けてきた。
「ああ。その通りだ!悪いか!?だがマイナは殺人鬼だ。仲間に入れないのなら殺すしか無かっただろうが!忘れたのか!?」
「だからって、それじゃあ、彼女は死んで当然って事ですか!?」
「そんな事は言ってない!……いくら私を責めても構わないが、私が悲しんでないと思うなよ。チッ、だから人間と関わるのは嫌なんだ」
僕はミリオンから目を反らしてうつむく。
落ち着け僕、冷静になれ。ミリオンに当たってどうする。……情けない。
……思えばミリオンは人の何倍も生きている筈だ。つまり僕なんかより沢山の人との別れを経験している。
そういえば城にもウィスローズさん以外、人は居なかった。人と関わるのが嫌というのは、誰もが自分より先に死ぬからだろう。
彼女だって悲しんでいるんだ。ただ、親しい人の死に慣れ過ぎてしまって。涙が出ないだけなんだ。
頭を切り替えろ!僕!
まだ、マイナは死んでいないんだ。今は彼女が死なない事を信じるしかない。悲しむのは本当に死んでからだ。
ならば今の僕にできることは待つ事だけか?いや、違うはずだ。
それにマイナをこんな目に会わせたのは誰だ?ミリオンか?僕か?違う、ジャンクだ!
思い出せ、僕がやらなきゃいけない事を!
僕は勢いよく立ち上がる。
「ミリオン、怒鳴ってすみませんでした。……マイナが残した文字を覚えてますか」
「……ああ、『シリング工業跡地』『ジャンク』『傀儡使い』『早く』だったな」
「シリング工業跡地にきっとジャンクは来ます。それもすぐに。奴を倒さなきゃマイナに会わせる顔がない」
「同感だ。落とし前は必ずつけさせる。……今回は私も行く。止めるなよ」
ミリオンの口調は変わらないが。彼女も怒っているのが空気で伝わった。
「……ああ、それからな、行く前に渡したい物がある。左手を出せ」
僕は言われたまま左手を差し出す。
ミリオンはポケットから銀色に光る指輪を出して僕の左手の薬指に嵌め込んだ。
「お前の体と同じ金属でできた指輪だ。封印王の封印術で、私の魔力をこれでもかと封じ込めたものだ。お前が願えば一時的に私の魔力を使い爆発的な力を得ることができるだろう」
「左手の薬指に嵌めるんですか?」
「ん?…………何かおかしいか?」
この世界には、結婚指輪の習慣が無いのだろう。右手は銃になるし、偶々の薬指に嵌めただけなのだろうけど。……黙っておこう。
指輪には細かな模様が刻んである。僕の首元にあるのと同じ、傀儡王の紋章だ。
明かりにかざしてみると、キラリと輝く。美しい指輪だ。
「ありがとうミリオン、大切にするよ」
「ああ、じゃあ準備はいいか?」
僕は頷く。
「ああ、行こう、シリング工業跡地に。マイナの仇は必ず取る」
僕とミリオンは歩き出し、病院を後にした。
◆
シリング工業跡地の最寄りのゲートは古びたものが一つあるだけだった。
とは言っても誰も使う事はなくなって、使えなくなるのも時間の問題なほどボロボロのものだが。
そこから全く人がいない廃墟となった地帯を30分ほど歩くと、三角屋根の大きな工場が無数に並んでいるのが見えてきた。
風化した建物を見て、ミリオンが懐かしそうに喋る。
「昔はここで傀儡人形を大量に生産していた。近くの山から疑似魂を入れるのに使う魔晶石がよく取れたんだ。魔晶石があれば入れた魂を永遠に留めておけるんだ」
そういえば、僕のコアも魔晶石だと言っていた。
ただ傀儡魔法をかけた人形とは違って、使う度に魔力を込める必要もなく、永続的に動き続ける傀儡か。
町の警備を昼夜問わず行っている警備用の傀儡や、掃除用の傀儡がそれに当たるのだろう。
「だが、山から取れる魔晶石の量が減ってな。結果的に皆ここを捨てたんだ。ここには、魔晶石が足りずに廃棄された人形が山ほどある」
マイナの情報によると、ジャンクはミリオンと同じ、傀儡魔法の使い手だと言う。
廃棄された人形を利用して何かしていたのだろうか。
僕とミリオンは物陰に隠れ、猫の傀儡を放ち、どこにジャンクが現れても良いように待つことにした。
マイナが『早く』と残していた事を考えると、近い内にジャンクは現れる筈だ。こればかりはマイナを信じるしかない。
「鋼、頭を貸せ」
ミリオンが手招きするので、ミリオンに近づくと、おでこにピタッと手を当ててきた。
瞬間、僕の視界の風景が変わる。まるで沢山のテレビカメラを並べたように、いくつもの景色が同時に見える。
「私の猫の視界をお前にも見せてやる。全部いっぺんに見ようとすると目を回すぞ。見たい映像に集中するんだ」
ミリオンは傀儡を通してこんなにも沢山の映像を同時に見て、なおかつ操作しているのか。
たしかに全部を見ようとすると目を回しそうだ。
僕は数ある映像の中から、工場内部を写した一つの映像に注視する。
気になるものが写っていたからだ。
「人だ。人がいる…………いや、人じゃない。人そっくりの人形だ」
まるで人間そっくりの人形。もし動いていれば人間と間違いなく見間違う程の精巧さだ。
作りかけの人形も沢山ある。ミリオンの工房みたいだ。ここがジャンクの隠れ家だろう。
「フン、良い出来だな。何に使っているかは分からないが、これを遠隔操作で自由に動かせるとしたらすごい魔力だ…………ん?」
ミリオンが戸惑った声を上げたので気になって訪ねる。
「どうかしましたか?」
「いや、今試しに人形を一つ動かしてみようと思ったが、既に魂が入っていて乗っ取れん。いや、ここにある人形全てが、奴が動かせる状態になっている」
「と言うことは……」
ミリオンが怒りを含んだ声で答える。
「ジャンクは既にここに来て、待ち構えていると言う事だ!罠を仕掛けて、隠れて獲物が掛かるのを待っている!知ってか知らずか、マイナの残した情報を利用してな!」
僕のおでこからミリオンが手を離す。視界が通常に戻った。
「だがこれは朗報だ。あれだけの人形を動かすとしたら、生け贄使いだとしても余り離れているとは思えん」
「……じゃあ近くにジャンクは居るんですね。ミリオン、行っていいですか?」
「ああ、暴れてこい。貴様と私と、マイナを嘗めた事、存分に後悔させてやれ!」
ああ、必ずそうさせる。
マイナが命をかけて掴んだ情報で僕達を誘い込んだ事、必ず後悔させてやる。
僕は敵の軍勢が待つ罠へと真正面から踏み込む事にした。
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