第27話:口裂けジャンク(2)

温度探知機能をONにする。

幾つも並び立つ工場を横切って進む。


まだ日は高いのに、辺りは驚くほど静かだ。

この辺りの地質は乾燥して草も荒れ地に生えるような物しか無い。

乾燥した風に乗って、茶色い土が乗って飛んでいる。


乾燥した大地の温度が暑い。温度探知で見る地面の色が真っ赤だ。

元は魔晶石の鉱山で発展した場所と言っていたが、それが無くなったら廃れたのも分かる。

産業もなければ、こんな所に好んで住む奴はいない。



歩きながらつぶさに周りを観察していたが、仕掛けてくる様子は無い。

罠を仕掛けているからには、どこかからか見ているはずだ。


廃棄された人形が、そこらかしこに落ちて埋まっているのが見える。

もしかしたら、ミリオンと同じく、人形を通して見る事もできるのだろうか、隠しカメラのように。



先ほど視界を覗いていた猫がいる、工場の前についた。



ゆっくりとドアを開けると、人形工房が広がっていた。猫の目線より高いと奥まで見通せる。かなり広い。

人形も、数十体程度かと思ったが、壁にずらっと並んでいて、何百体もいるようだった。


僕は、歩きながら周りをよく観察する。

人形に体温はない。探すのは本体だ。本体はこの近くにいるはずだ。どこだ。どこだ。


僕は気づいた。

建物の中は外と違って案外涼しいのか地面の色も青色だ、だが、一ヶ所のみ温度が違う箇所がある。


目を凝らす。地面が暖かいんじゃない。地面の先に何かがいる。

床の下に部屋があるんだ。

床の下に蠢く温度の影が、立ち上がった。赤いシルエットが僕の方を向く。


シルエットと、目が合った。


「お前、オレが見えてるな?」


近くに置いてあった人形が突如口を開く。

それを皮切りに、他の人形も僕の方を向いて、次々に喋り出す。


「この暑で汗一つかいていないな。関節の動きで分かる。お前は傀儡だな。


「どこから操作している?本体も近くにいるな」


「この場所はあの女に聞いたのか?両腕を切り落としてやったのに、生きていたとは驚きだな」


「てっきりガードが来ると思ったが、ガードには見えないな」


全てが違う声、子供の人形からは子供の声、女性の人形からは女性の声。

まるで群衆にじろじろ監視されているような不気味な感覚だ。



「……お前が、ジャンク・モーランか?ごちゃごちゃ煩いぞ。質問は一つに絞れ」



人形達は少し黙ったあと、老人の人形が声を発する。


「何しに来た?」


「お前を、殺しに!」


僕は答え、走り出す。

左手からブレードを出し、右手をガトリングガンへと変形させる。

目指すは、本体のいる地下室だ。奴の頭上に入り口があるはずだ。


人形達が僕に一斉に飛びかかる。

飛びかかる老婆をブレードで真っ二つに切り裂き、銃弾で子供の顔を破壊する。

血や肉の代わりに、砕けた木片が飛び散る。


人形のパンチが僕に当たるが、人形の拳が砕け散る。

所詮は木偶人形だ。僕に傷一つつける事は叶わない。


工場内に置かれた数百体の人形が一斉に動き出す。

まるで波の様に人形がなだれ込んでくる。


炎のガトリングガンで凪ぎ払う。一撃でも当たれば火がつき、数発当たれば灰になる。

だが灰になるまで撃たないと動きを止められない。

人形は腕がちぎれても体が半分になっても動き続ける。普通の人間より余程厄介だ。


このガトリングガンは僕の魔力がつきるまで、後数十万発は打ち続けられる。

だが、相手の数が多い。僕のガトリングを危険と見るや、正面から一斉に襲うのを止め、僕を囲むように陣形を整えた。

いかつい男の人形が喋る。


「固いなお前。なら拘束するまでだ」


360度から一斉に人形が押し寄せる。

ガトリングでなぎ倒すが対処しきれない。

足を捕まれ引きずり倒され、腕と頭を捕まれて仰向けに押さえつけられる。


腕や足を大きく振る。当たった人形の頭や腕がくだけ散る。だがそれだけでは、人形は止まらない。

力負けすることは全く無いが、はねのけてもはねのけても人形が覆い被さって来る。


僕は身動きが取れなくなってしまった。

女の子の人形が笑う様に喋りかける。


「勢いよく乗り込んで来た割りには拍子抜けだな」


「……だが僕を殺すことは出来ないはずだ。ずっとこうして足止めしているつもりか?」


「……オレの作品を壊した罰だ。お前の本体を見つけ出し、あの女と同じ様に両腕を削いで殺してやる。アレは見ものだったぞ、みっともない悲鳴を挙げて泣きじゃくる姿は。ああ、すごくそそられたよ」


怒りが一気に込み上げる。


「糞野郎が!!」


僕は膝を曲げロケット弾を発射する。



ズガァァァァァァン!!!



至近距離で閃光と共に爆音が響き、僕の近く、半径10メートルが一瞬で焦土と化す。

ロケット弾なのに、いつも自爆みたいに使ってばっかりだ。

50体程の人形が一瞬で塵となって飛び散った。



「チッ……だが見る限り、何度も出来る手品じゃ無さそうだな」


ジャンクの人形はまだ数百体は残っている。再び僕の周りを囲うように広がり始める。

ロケット弾は残り1発だ。このまま拘束され続けるのはゴメンだ。


何か打開策は無いだろうかと思い、ミニミリオンに話しかける。


「ミリオン。ちょっとこいつとは相性が悪いです」


「フン。少し待て。手伝おう」


ミニミリオンが短く返答を返す。


それを聞いたジャンクの人形が不可解そうに声を出す。


「ミリオン?ミリオンだと!?お前を動かしてるのは傀儡王か?」


「……ああそうさ。アンタは彼女を怒らせたのさ」


僕が言い終わらない内に、工場の窓が一斉に割れる。

そこから、土で出来た、顔の無い土人形が、なだれ込んで入ってくる。ミリオンの傀儡魔法だ。


「ククク、あっはっはっはっは!!おもしろい!!傀儡王か!……まさかこんな所で会えるとはなぁ!」


はじめてジャンクが感情をむき出しにした声を出す。


なだれ込んできた泥人形は、土で出来ているだけあって脆く、ジャンクの人形の攻撃ですぐ粉砕されてしまう。

だが数が多い、窓から際限無く沸いて出てくる。まるでゾンビ映画のゾンビのごとく。


ジャンクの人形が1体土人形を壊す間に、2体の土人形がジャンクの人形を殴り倒す


あっと言う間に乱闘会場となった工場の中を僕はつかつかと歩き出す。

僕に掴みかかろうとする人形は、全て土人形に妨げられて近づけない。


「さすがミリオン、これでジャンクに近づける」


僕は温度反応のある地面の近くに、地下室の入り口を見つけた。

入り口の扉をつかむと、地面から引き剥がすように開ける。


そこには、口が右耳まで裂けた顔をした、傷だらけの男が立っていた。

年は30歳ほどだろうか。窪んだ目に黄土色の目。肩までかかる長い深緑色の髪の毛。

皮で出来たコートを着て、ニヤニヤした顔で僕を見上げている。


僕がガトリングガンを打つが、すぐ側に立っていた4体の甲冑人形に弾かれる。どうやら特別性の傀儡のようだ。


「まさか、傀儡王にまた、お会いできるとは、なんと言う光栄だ。私を覚えているか?」


僕のポケットからひょっこりとミニミリオンが顔を出す。


「……知らんな」


ミリオンの答えに、ジャンクが笑う。


「だと思ったよ。傀儡王。お前はそういう奴だ。オレの一族がお前に尽くしたと言うのに。何も覚えちゃいない。オレは自分をクズだと分かっているが、お前にはその自覚すらない。はは、この手でお前を殺せるなんて、何と言う幸運だ。あの女を殺し損ねて良かった。お陰でお前とこうしてまた会うことが出来た」


「……お前、誰だ。一体何の事を言っている」


ミリオンの言葉に反応して、ジャンクは僕の胸のミニミリオンを睨み付け、語り始める。


「お前は、この場所を見て懐かしくなかったか?お前が作り、お前が捨てたこの場所を。オレの両親も、その両親もこの工場地帯で働いていたんだ。戦争用の傀儡を作ってただろ?無限に動く兵隊人形をよ。国を守るためだと嘯いてな」


「何をバカな…………いや、貴様……モーランと言ったか……だがあれは100年は昔の話だぞ……生きてるはずがない」


ミリオンは言葉に詰まる。

ジャンクは続ける。


「耄碌したか、傀儡王。やっと思い出したのか?お前は、ここを廃棄する時、兵隊傀儡の製法を熟知し、指揮を取っていたオレの両親を殺した。お前の指示で!お前に尽くした!両親を!」


「…………」


ミリオンは喋らない。その沈黙が、この男の話が真実だと語っている。


「ミリオン……?」


僕の呼び掛けにミリオンは静かに呟き始めた。


「…………100年以上も昔の話だ。戦争後に兵隊傀儡の製法は残さない。そういう契約だった。彼らも納得していた」


「お前の都合で騙るな!お前が腕利きの人形職人だったオレの一族を呼んだんだろ!兵隊傀儡を作る為に!それなのに戦争が終わったらこの地帯ごと闇に葬りやがって!魔晶石の枯渇だと?嘘ばっかりだ、笑わせる!両親も仕事も故郷も一片に無くして、行き場を失ったオレの妻と息子も死んだ!全てがお前のせいだ!この廃墟はオレ達家族の棺桶だ!この棺桶の中でオレは復讐の時をずっと待っていたんだ!」


ジャンクの瞳がギラリと光る。


「お前を殺すために今日まで力を溜めてきた!生き長らえてきた!だがそれも、今日で終わりだ!!貴様は頼りない傀儡一つで、ノコノコとオレの所まで現れた!!これは運命だ!神様、感謝する。これはオレに与えられた二度と無いチャンスだ!殺してやるぞ!傀儡王!!」



因縁はどこから繋がるか分からない。

マイナの為に来た筈なのに、その思いはジャンクの底知れない過去の闇に飲み込まれていく。



男の目には、もう僕の姿など欠片も入っていない。

ドス黒い100年にも渡る猛執が、全てミリオンに注がれる。



ジャンクの姿が、変わり始めた。

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