第28話:口裂けジャンク(3)

僕はガトリングガンを連射するが4体の甲冑が盾となり、全て弾かれる。

嘲笑いながらジャンクは叫ぶ。


「1000人食ってから、お前の街に、ここの人形共を送り込み、お前の大切な民を一人残らず殺してやろうと思っていたが、計画変更だ!お前を殺してから、オレが直に殺して回る!この順番で行く!」


ジャンクの姿が変わると同時に、乱闘騒ぎとなっていた辺りの音が変わり始めた。

地下室の外を見ると、人形達がさらに凶暴化し始めており、土人形では相手にならなくなっているのが見えた。明らかに強くなっている。


だが人形達は僕に飛びかかるわけではなく、窓から外に出て行き始めた。

……まずい、こいつらミリオンを探す気だ。


「ミリオン!マズいです!人形達はミリオンの方に行く気です!」


「……だろうな」


ミリオンの声に覇気がない。

まさか、ジャンクのやってきたことに責任を感じているのか?

1ヶ月彼女と暮らして分かったが、ミリオンは傍若無人に見えて繊細だ。

自分のせいで罪の無い人が傷つくのが何より嫌で、人との関わりを避けて一人で城に住んでいた奴だ。

自分が、100年間人を食べ続けた怪物を産み出した元凶だと知ってショックなのは分かる。マイナの事も自分が原因と思っているのかも知れない。だが、今は彼女の身に危機が迫っている。

僕は叫ぶ。


「 ミリオン!しっかりしてください!こんな奴の言う事に耳を傾ける必要はありません!こいつは自分を正当化してるだけです!!何百人も平気で殺して食べて!街にいる沢山の人を殺戮しようとしている!!どんな過去があろうと許される事じゃない!それはこいつの選択した道だ!あなたのせいじゃない!」


「……鋼」


「昔に何があったかは分かりませんが、少なくとも僕は今のあなたを知っている!過激だけど、誰よりも優しい人だ!街の人達の笑顔を見れば分かる!あなたはここで死んでいい人じゃない!戦えないなら逃げてください!!僕がこいつを殺します!」


「……」


ミニミリオンから返答は無い。

そんな態度に僕はカッとなってミニミリオンを掴み上げて怒鳴る。


「ミリオン!!腑抜けているんじゃない!!あなたらしくもない!!街を守らなくて何が王だ!!」


少しの沈黙の後、不意にミリオンの笑い声が聞こえてきた。


「……ヒヒ、ヒヒヒヒヒ……その通りだな、鋼。……お陰で目が覚めたよ。…………愚王だった私がこいつを産み出したのは紛れもない真実だ。ならば私には、こいつを殺す責任がある。…………腹はくくった。もう私は逃げも隠れもしない」


ミリオンの口調がいつもの勢いを取り戻す。

確かにミリオンはやり方を間違えたかもしれないが、ジャンクは復讐の方法を間違えた。今はくよくよしている場合ではない。


しかし話の中でミリオンは逃げないと言った。彼女は大量の凶暴化した傀儡人形に勝てるのだろうか。

彼女の魔法が強力なのは分かっているが、体はただの小さな女の子にしか見えない。

いくら大量の軍勢を操れるといっても一発でも攻撃を受ければ死ぬかもしれない。


下を向くとジャンクの肉体は既に変わり果てた状態になっていた。

全身が黒色で狼の様な頭に、右耳まで引き裂かれた牙の映えた口。全身から、針ネズミのようにトゲが生える。普通の腕の他に、新たに腕が2本生え、その先には4本爪がついている。

人間のものとは明らかに違う、獣の様な筋肉が浮かび上がる。全ての爪が黒く太く、猛禽類の様になっている。


膨れ上がったジャンクの肉体が、地下室に詰まる。


「ウォオアアアアアア!!!」


ジャンクが叫ぶ。

僕は急いで地下室から離れる。

ジャンクが暴れたせいで、地下室が崩れ去り、壊れた地面から半身を露にする。


ジャンクの目がギロリと僕を向く。


5メートルはあるだろうか、こんな怪物に銃が効くのだろうか。


「ミリオン!ジャンクが魔獸になった!すごく大きい!」


「やはり魔獸か……これから辺り一面を焼き払う。驚くなよ」


「え?」


「私も本気を見せるが、最終的には貴様が頼りだ。忘れるなよ」


ミリオンが言い終わると同時に、空から火焔が降り注ぎ、工場全体がが炎に包まれる。

それから10秒間ほど、炎が一面を支配する。鉄骨が溶け、外に出ていない人形がドロドロになる。

建物全体が蒸発し、後には何も残らない地獄のような灼熱空間が広がる。


これはミリオンの魔法だろうか。僕は大丈夫だと分かっての事だろうが、僕もろともとは驚いた。


炎が消えると、工場は跡形もなく無くなっていた。

太陽の光が眩しい。



振り向いて炎が来た方向を見ると、巨大な影が立っていた。


鈍い光沢のある深紅の鱗、竜の様な頭と怪獣の様な体の骨格、艶のある真っ黒な二本の角。燃え盛る炎の様に揺らめくたてがみ。

二足歩行で立ち、首は長く巨大な尻尾を持ち、小さな前足がついた全高25メートルはある超巨大な爬虫類。

ドラゴン、いや恐竜型の怪獣か。そうとしか思えない生き物が立っていた。


「グギャアアアアアアアアアス!!!」


巨大なドラゴンが咆哮する。辺りの空気がビリビリと震える。


「ミリオン!どうなっているんですか!あの怪獣は一体!?ミリオンは大丈夫ですか!?」


「動転するな。アレは私だ」


ミニミリオンの言葉に耳を疑う。


「は?アレが、ミリオン?え?どう言うことですか?あれが真の姿ということですか?変身できるんですか!?」


ミニミリオンも僕と一緒に怪獣を見上げる。


「真の姿じゃない、もう一つの姿だ。聖獸アマデウスと呼ばれている……が、膨大な魔力で肉体が変異した姿と言う点では魔獸と変わらん。私も本気を出すと言ったろう」


聖獸、魔法を司る王が魔力を全解放した姿か。本当に、この巨大なドラゴンがミリオンなのか。……カッコいい。

いけないいけない、そんなことを考えてる場合じゃない。


「ギャオオオオオオオン!!」


巨大なドラゴン……聖獸ミリオンは耳をつんざく大声で再び咆哮する。


「なんか叫んでますけど……」


「あまり私を見るな恥ずかしい。号令をかけてるんだよ。周りを見てみろ」


ミニミリオンの言葉を聞き、周りを改めて見ると、聖獸ミリオンの足元の地面から赤い影が広がり、ローマの鎧のような服を着た剣と盾を持つ土の像が、大量に這い出て来るのが見えた。辺り一面を埋め尽くすほどの。何千人といる。


「うわ!気持ち悪い!これ全部味方ですか!」


「気持ち悪い言うな!私の全力の傀儡魔法を見せてやる。ヒヒヒ、見ろジャンクの兵隊も姿を表してきたぞ」


赤い兵士とは別に、離れた場所に黒い影が形を成して、真っ黒な骸骨が大量に地面から姿を表しているのが見えた。

言うなれば黒い兵隊。こちらの数もうようよと、何千人といる。

ジャンクが地面に手を当てて唸っている。あいつ、炎から逃れたのか。図体に反して素早い。

という事は、この骸骨はジャンクの傀儡魔法で生まれた兵隊達か。ギザギザの刃を持つ黒い剣が邪悪さを物語っている。


生まれてくる敵の軍勢を見てミニミリオンが僕に小さな声で話す。


「……自分で言うのも何だが、聖獸となった私は図体がデカいだけのトカゲだ。鈍いし小回りがきかん。雑魚共は私が食い止める。ジャンクは貴様に任せるぞ」


辺り一面を赤と黒の軍勢が埋め尽くした。誰も居なかった荒れ地が決戦の大戦場と化す。

ジャンクがミリオンを睨み付け、大声で挑発する。


「醜い姿だな傀儡王!オレは956人も食ったんだ、オレの傀儡魔法はお前を既に越えているはずだ!いくらデカくなろうと、殺してやるぞ!」


ミニミリオンが叫んで答える。


「ガキが。調子に乗るなよ!その程度で私を越えたとは笑わせる!我が百万の軍勢と、貴様が頼りないと蔑んだ我が最強の傀儡が貴様を潰す。一方的にな!死ぬ覚悟を済ませておけ!」


骸骨の軍勢と、赤い鎧の軍勢が、一斉に走り出す。

まるで戦争だ。近代戦争ではない、映画の中で見る様な剣と剣で戦う古代の戦争。


ミリオンだけに戦わせる訳にはいかない。

二人の操る兵隊達の熱に浮かされ、僕も走り出す。


軍勢同士が勢いよくぶつかる。

赤い剣が黒い首を撥ね飛ばし、黒い剣が赤い体を両断する。死んだ兵士は砂となり、地面に崩れ去って消える。

兵士の力は互角と見える。


ガトリングで黒い兵士を破壊しながら僕は突き進む。


両軍勢、死んでも死んでも新たな兵士が生まれてくる。

兵士の生まれてくる速度はミリオンが早い。だがジャンクも負けてはいない。ミリオンを越えたと豪語するだけはある。


「クックック……オレにはまだ秘策があるんだよ!!!」


ジャンクが不適に笑うと、残った他の工場から一斉に人形達が溢れ出して来た。

あらかじめ用意されていた廃棄されていた木の人形だ。これもすごい数だ。

土から産み出された人形と比べて頑丈で、強い。

数も黒い骸骨の軍勢と合わされば、ミリオンの全軍を軽く上回る。


「グオオオオオオッ!」


聖獸ミリオンが息を吸い込む音が聞こえる。振り向くと口から炎が漏れている。さっきの炎はミリオンの息だったのか。


ゴオオオオオオオッ!!


ミリオンの吐き出したブレスが工場を3つほど焼き払う。

一気に数百の人形が溶けて無くなるが、工場はいくつもあり、まだまだ数が残っている。


あっと言う間に、人形達が黒い軍勢に合流する。

連続で息を吐かない所を見ると、炎の息にはインターバルが必要なのだろう。


それを見て、ジャンクが叫び笑う。


「ハハハハハッ!!このまま押しきって、オレの傀儡がお前の足から這い登り、目玉を潰し!そこから脳をえぐり出してやるよ!!!」


僕はジャンプする。僕は既に、軍勢の操作に気をとられていたジャンクのすぐ手前まで迫っていた。

空中で銃から戻した左手を引き絞る。


「ミリオンは殺させない!お前の相手は僕がする!!」


「お前っ、いつのまにッ!!」



バキィッッ!!



僕の渾身の一撃が、ジャンクの巨大な頭にヒットした。

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