第17話:グラス兄弟(3)
グラス兄妹は大きく息を吸い込み、吐き出す。
息はどす黒く、空気が辺り一面が黒く霞んでいく。
「ボス!やめてくれ!!」
息のある手下が叫ぶ。
下を見下ろすと、蔓延する黒い空気に触れた死体が、焼け爛れたように溶けていく。
まだ生きていた手下達も悶え苦しみ、次々と死んでいく。毒だ。それもかなり強力な……。
幸い〈商品〉は違う部屋だ、だが、早めに決着をつけなければいつ彼らが巻き込まれるか分からない。
しかもこの煙の効果は毒だけに留まらない。
僕は試しに人差し指から3発ユグノーに向けて魔法弾を放つが、どれも溶けるように消えていく。どうやらこの黒い煙に当たると魔法も掻き消されてしまうようだ。
「俺達の呪病魔法は、魔法エネルギーを汚染する!その魔法銃はもう使えねぇよ!!あのガトリングもなあッ!てめェも溶けて無くなっちまえ!」
ユグノーが腕を大きく振ると、煙が蛇のようにうねり始め、僕を飲み込む。煙の勢いでホバーのバランスを崩し、落下して地面に叩きつけられる。地面に深く亀裂が走る。
体の所々にタールのような黒いベトベトした液体がこびりつく。しかも液体がついた肌から煙が出ている。……この液体も強い毒を持っているようだ。
だが、体を動かすのには何の支障もきたさない。表層の肌以外にも効果は無く、気分も悪くなっていない。……どうやらこの黒い煙や液体は僕自身には効果が無い様だ。
「兄さん、こいつ、毒も病気もまるで効かない。一体何で出来てるのよ!」
「めんどくせェなァ!なら直接やるまでだ!」
僕も同感だ、銃が効かないなら、直接叩くしかない。
灰色の巨体が地面を蹴って走り出す。散らばる巨大な瓦礫を軽くなぎ倒しながら突進してくる。力任せに僕を吹っ飛ばすつもりだ。
僕は、立ち上がると右腕を思いきり引く。
「オオラァ!!」
ユグノーが怒鳴りながら腕を降り下ろす。だが直線的な軌道で、今の僕には避けるのは容易い動きだ。
だが避けるつもりは無い。真正面から受けて立つ。相手の接近に合わせ、思いきり腕を振る。
ユグノーの腕が僕に直撃する。足を踏ん張り、のけ反らないように地面を踏みしめる。
黒い煙を纏う鋭い爪が、僕に当たって砕け散る。ユグノーの顔色が変わる。
その直後、僕の繰り出したラリアットが相手の脇腹にめり込む。
ミシミシと音を立て、ユグノーは斜め下に向かって思いきり吹き飛び、地面に激突するとガリガリと床を深く削りながら6メートルほど転がって壁にぶつかり静止する。
「兄さん!!」
ユグノーは黒色の血を吐きながら、よろよろと立ち上がろうとする。
強化魔法をかけた人間程度なら一撃でミンチになってもおかしくない威力で殴ったが、かなりしぶとい。
「グ……イテェ……なんだコイツはァ、あり得ねェ……化け物が……」
「鏡を見たらどうだ?化け物はアンタ達だろ」
僕はユグノーに近づこうと歩き出すが、一瞬何かに足をすくわれる。見ると足元から黒い煙が渦巻き始めていた。渦巻きは塵を巻き上げて急速に大きく膨らむ。
「細切れになれェェェ!」
ユアンダ叫ぶと同時に、渦巻きは竜巻へと変化する。竜巻は瓦礫を巻き込んで回転し、僕を地面から引き離し、当たった壁や地面をえぐりながら、うねり狂い僕もろとも壁へと激突する。
黒い煙と埃が立ち込める中、僕はめり込んだ壁から何事も無かったように立ち上がる。
ユアンダが驚愕に目を見開く。
「……こいつ倒せない、傷すら付かないわ!兄さん、逃げよう!!」
「俺に命令すんなァ!こんな奴に!俺が尻尾巻いて逃げるだと!テメェももっと気合いを入れろ!!あれをやるぞ!」
「兄さん!!ああッ、畜生!わかったわよ!!」
兄妹が叫ぶと同時に、黒い煙の竜巻が二人を包み込み、やがて完全に竜巻と一体となる。
黒く吹きすさぶ竜巻そのものとなった二人は部屋を縦横無尽に暴れ、無差別に破壊しながら、挟み撃ちにするように僕に突撃する。恐らく、これが兄妹の最強の攻撃なのだろう。
竜巻の勢いはすさまじく、黒い煙は黒い刃となり、触れたもの全てを切り刻んでいく。
僕は、より巨大な竜巻、ユグノーの竜巻に向かって走り出し、正面から両手をつき出して受け止める。
ギャリギャリギャリと手の表面から火花が飛び散り、掌の肉の塗装が剥がれ、鈍色の装甲が露になる。
削られながらユグノーの体の何処かを左手ガッチリと掴む事に成功する。だが回転は収まらない。いやむしろ速度が上がっていく。
振り返るとユアンダがすぐそこまで迫っていた。
僕は左手でユグノーを持ち上げて思いきりユアンダに叩きつける。
グシャァン!
轟音と共に二つの竜巻がぶつかって水の入った風船が割れた様に黒い液体が飛び散る。魔獸の血だ。
回転が止まり、二人の姿が現れる。身体中のトゲや爪が折れ、お互いに刺さり、四肢が曲がらない方向に向いている。
まとめて地面に叩きつけられた二人は、バウンドして宙に浮く。
浮いている彼らを、僕は足を振り上げて、まとめて蹴り飛ばす。
切りもみ回転しながら兄妹はもつれて吹き飛び、壁を突き破り屋外で街灯をへし折って倒れる。
「グ……グェ……なんなんだお前……何なんだよぉ!!」
ユグノーが地面にうつ伏せになりながら僕に問う。すごい生命力だ。体のあちこちがねじまがり、血をこれだけ流しているのにまだ息がある。
「傀儡王の人形だよ」
嘉部に空いた穴を潜り、僕は問いかけに静かに答えながら、つかつかと歩み寄る。
「なんで俺がこんな……来るな……来るなァ!!」
彼にはもう戦う意思は残っていない様だ。
ユグノーが仰向けに向きなおり、もがきながら後ずさる。兄の叫び声で後ろで呆然としていたユアンダがハッとして、ユグノーを抱き起こす。
「……ユアンダ!逃げよう、俺を抱えて飛んでくれ、早く!」
「無理よ、兄さん……」
その瞬間、ユグノーの胸が裂け、どす黒い心臓とそれを掴む腕が飛び出した。
ユアンダだ。彼女が兄の心臓を掴み出したのだ。
「兄さんを連れては逃げきれないわ……兄さんはいつも考え足らずなのよ……」
「嘘だろ……ユアンダ……」
ユアンダが腕を引き抜くと黒い血がほとばしる。
ユグノーは目を見開いたままがくりと首を垂れ、それきり動かなくなった。
取り出した心臓をユアンダは口を大きく開けて躊躇無く一飲みにする。
「お前のせいだ……お前さえ来なければ私達は……こんな目には会わなかったのに!!」
黒い心臓を食べたユアンダの折れた腕と足が、みるみるうちに治っていく。
身体中に刺さった刺が押し出され傷が塞がっていく。
250cmはあった体がさらに膨れ上がる、300cm、350cm……そして兄のユグノーの様に骨が至るところから突き出して、体中を飾っていく。
もう女性どころか人の面影すら残っていない。どこからどう見てもモンスターにしか見えない。
「気を付けろ鋼、ユグノーの分の魔力が上乗せされる。さっきとは桁違いになるぞ」
ミリオンの言葉に僕は身構える。
ユアンダは僕をキッと僕を睨み付けたかと思うと、身を翻し、翼を羽ばたかせる。
彼女は逃げる気だ。力を増して完全に怪物となっても慢心していない。頭は冷静だ。
「鋼!逃がすな!」
僕は走り、彼女を掴もうとするが、すんでの所でユアンダが飛翔し掴むのに失敗する。
彼女は高速で羽ばたきながら黒い煙を吐き出した。銃での追撃を許さない気だ。
ユアンダは高度を徐々に上げ、飛行するスピードが加速していく。
離れていくユアンダを見てミニミリオンが叫ぶ。
「鋼!アレを使え!」
「アレ!?」
僕は咄嗟に聞き返す。
「アレだよアレ!」
「アレってどれ!?」
「分かれ!アレだよ!」
ミニミリオンが必死に左腕を指差す。
「あ、これか!」
「それだ!」
僕は左腕をユアンダに向け照準を定めると、勢いよく左腕を射出した。
ワイヤーを伴った左腕は高速で飛び、ユアンダの左足を掴む。同時に、僕は両足からアンカーを打ち出して自分を地面に固定する。
「捕まえた!」
左腕に繋がったワイヤーがピンと延び、上昇できなくなったユアンダが空中でもがき始める。すごい重量だ、アンカーを刺していなかったら持っていかれている。
ユアンダは振り返り、蹴って手をはずそうとする。予想異常に力が強い、握力だけでは掴んでいられない
「鋼、アレだ!」
「アレですね!」
左腕からブレードが飛び出し、そのまま足を貫通する。簡単にはもう抜けない。
僕は思いきり左腕を引っぱる。ユアンダがバランスを崩し、左腕のワイヤーに引かれるまま地面に叩きつけられる。
「グゥッッ!!」
くぐもった声でユアンダが呻き声を上げる。
ユアンダの口から漏れる煙を見て僕は気づく。落下地点にはまだ黒い煙が充満していない。魔法が効く。
僕は咄嗟にユアンダが起き上がる前に右手を構え、コウモリの様な薄い皮膜に向けて魔法銃を放つ。
ユアンダは僕の狙いに気づき、寸舜遅れて黒い煙を倒れたままの姿勢で吐き出した。
ブチィッ!
黒い煙が届く前に魔法弾が右羽の皮膜に当たり大きな風穴が空く。これでユアンダはもう飛べない。
吐き出した黒い煙が再度辺りを闇に包む。
「……いいわ。そんなに死にたいなら、殺してあげるわ……」
ユアンダは穴の空いた翼を見て、もう逃げられないと悟ったのか、起き上がりながらそう呟いた。
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