第15話:グラス兄妹(1)

ホテルの外まで引きずられたかと思うと、そのまま馬車に詰め込まれ、どこかへと運ばれていく。


途中でゲートが開く音がして、その後また暫く馬車が走る。


被せられた袋で回りが全く見えないので、左目を温度探知モードへと頭で命じて切り替える。

そこにいるのは僕を襲った男二人だけで、一人は馬車を動かして、一人は僕を見張っていた。

気絶しているフリも飽きてきたが、何か話をして無駄に警戒されるのも困る。

ここは辛抱が大切だ。


僕自身はどこにいるのか検討もつかないが、ミリオンには僕の居場所が分かる。

今ごろマイナと共に僕の移動先がどのアジトか当たりをつけている所だろう。



拐われてから40~50分ほど経過しただろうか、馬車が音を立てて止まる。


馬車から下ろされて再度引きずられ、ドアが開く音がした。

そのまま建物の中に入れられたかと思うと、椅子に座らされ、縄でぐるぐる巻きにされた上に魔法封じと思われる手錠をかけられる。

この手錠が僕に効果がないのは検証済みだ。


黒い布が外されると同時に、バケツ一杯の水を頭からばしゃりとかけられる。せっかく買った高級な服が台無しになってしまった。


「目を覚ましたか。エェ?ブルースさんよ」


神経質そうな高めの声。


回りを見回すと、僕は5メートル四方位の倉庫の中で壁を背にして座っているのが分かった。

そこで合計6人の人間が僕を取り囲んでいた。


その中で1人だけ男が椅子に座っている。先ほどの声の主だ。

見たことのある顔。ミリオンの作った人形に瓜二つ、マイナの似顔絵にあった顔。

眼鏡をかけ、頬のこけた黒髪の男。

鼻筋が高く、肌は病的に白く、眼鏡の奥には細く鋭い目付きに光の無い黒い瞳が見えた。

ストライプのスーツ風の高級な服を着ている。

彼がユグノー・グラスに間違いない。


その脇に立つ女性。この顔も同じく探していた顔だ。

黒くウェーブのかかった髪に、整った顔とすらっとした輪郭、兄と同じく細く鋭い目付きに光の無い黒い眼。

胸元が大きく開いた真っ黒なドレスを着ており、こちらも病的に肌が白い。

ユアンダ・グラス。マイナの情報に間違いがなければ、彼女がそうだ。


他の4人は知らないが、この兄妹の手下だろう。まず服装に品がない。見るからにチンピラや荒くれものといった風貌で4人全員が銃を持っているのが見えた。




危機的な状況ではあるが、僕はまだ暴れたりはしない。

作戦に挑む前にミリオンに命令された事がある為だ。

いきなり殺すのではなく、相手の話、とりわけ生け贄について聞く事を命じられたのだ。


はっきり言って意外な命令だった。

ミリオンの事だから問答無用で殺れと言うものだとばかり思っていた。

詳しく聞くとマイナの一件で僕が暗殺を渋っていたのを見て、僕はまだ生け贄魔法について相手を知らなさ過ぎるから容赦があり、直接聞いて自分がどれだけ甘いのか、必ず白状させて理解しろとしつこく言われた。

またこれは、生け贄ビジネスの仕組みも探る意味合いも兼ねているとの事だ。


正直この命令は有り難かった。

相手を直接知ることができないまま殺すのは、どうにも気乗りしていなかったからだ。




「ブルース、テメェは一体誰だ?ユビウスとどういう関係だ?」


ユグノーが僕に質問を投げかかける。事前にいくつか質問のパターンは想定してある。


「ユビウスは私の友達です。あなた方は……ああ、彼が話していた兄妹の二人ですね」


兄妹が怪訝な顔をする。


「俺達の事をユビウスが話しただと?デタラメを言うな」


「だから言ってるじゃないの、兄さん。あの子は私たちを裏切ったのよ……バカな子だったから」


口を挟んだユアンダをユグノーが横目で睨み付ける。


「バカなのは間違いねぇが、俺達を裏切ったてのはどうも腑に落ちねぇ。そんな度胸弟にはねぇ筈だ……おい!」


ガンッ!


手下の男が木の棒で僕の頭を殴り付ける。痛がる振りをする。頭がガンガンして仕方ない……そんな様子を。


「テメェの部屋から金が見つかった。俺達兄妹の金だ。テメェが弟を唆したんじゃねぇのか?」


「……唆した……?言いがかりです。ユビウスが、僕に話を持ちかけてきたんです」


僕はあらかじめ考えておいたストーリーを話し始める。


「生け贄魔法をするための人間を用意して売り付ける……それがあなた方の仕事ですよね。彼は私に一緒にやろうと持ちかけて来たんですよ」


「あいつが?テメェにか?」


「そうですよ。兄貴達から自立するんだって、息巻いていました……」


「オイ!」


ガンッ!


再び、部下が僕の頭を殴り付ける。殴った感触や音で僕が傀儡だと分からないか少し不安になる。


「テメェ、嘘言ってんじゃねぇぞ。あいつに、そんな度胸はねぇ!それにあいつは俺達を愛していた!たった3人の家族だからな!」


「兄さん。なんかこいつ嘘臭いわ。この目、私たちを怖がって無いみたい」


僕は心の中でため息をつく。

だめだ上手くいかない……怖がり方が足りなかった。別のストーリーで話を進めよう。

どうにかしてこの場で、こいつらのやっている事を白状させ、生け贄について聞き出したい。


ここはシンプルにいこう。ここからは真実を話す。

弟を愛しているなら真実はどんな嘘より効果がある筈だ。



「……わかりました……今までのは全部嘘です。ユビウスは死にました。いえ、僕が殺しました。あなた方の仕事も素性もなにもかも全部話した後に」


「……なんだと?……テメェが、あいつを殺しただとォ?デタラメ言うな!……それにあいつが俺達を売っただと?そんな事、あり得ねェ!」


「何故そう思うんです?彼は凄惨な拷問を受けていたんです。……どんな拷問かは聞かない方がいいですよ」


「やれ!」


手下が僕を連続で殴り付ける。すかさず痛がるふりをする。

今更ながら怯えた目を作りユグノーを見る。


「テメェが何者か聞こうと思ったが、もういい、殺す」


ユグノーの額に青筋が浮かんでいる。悪党といえど兄妹愛が予想以上に強い。

怒りに任せて僕をすぐにでも殺すつもりだ。

少し挑発しすぎたか。まだ本題の話ができていない。


「……金はいいんですか?僕を殺すと、金の詰まった残り2つの鞄は戻ってきませんよ」


「ああァ!?知ったことか!金はまた稼げるが、弟はもう戻って来ねェ!!」


「兄さん、待って」


ユアンダが兄を制止する。

兄のユグノーと比べ、ユアンダは怒っている素振りがない。こちらは家族愛が希少な様だ。金の話をしたとたんに僕の処刑に口を挟んで来た。


「ブルース、あなたはどの道私達に殺されるわ。命乞いは無駄なの。でもね、死に方は選ぶことが出来るのよ」


ユアンダが僕の顔をつぅっとやさしく撫でる。


「あなたが奪ったユビウスのお金、その有りかを教えてくれない?喋れば楽に逝く事ができるわよ」


「……」


ガンッ!


僕がどう話そうか迷っていると、手下が無言で殴り付けてきた。忘れずに痛みに悶えるふりをする。


「……分かりました、話します……その代わり、あなた方のやっている仕事について教えてくれませんか?何故そんなことをするのか……」


本題を切り出すと、ユグノーは嗤った。どうやら話してくれそうな感じだ。


「……いいだろう……魂胆は知らねェが、テメェは俺達の事嘗めてる様だしなァ。自分が何に足突っ込んじまったか教えてやる」


ユグノーが僕を睨み付けながら話し始める。

どれだけ喧嘩を売った僕が愚かなのかを自覚させ、後悔するようにと。


「生け贄のビジネスってのはな、やめられねェんだよ。あらゆる面でな……生け贄をした事ねェ奴には分からねェだろうが、してみりゃ何で儲かるか分かる」


ユアンダが僕の肩に手を回して耳元で喋る。


「生け贄はね、病み付きになるのよ。麻薬なんて比じゃ無いくらい。まるで神になったかのような全能感と幸福感に満たされるのよ。でもその代わり、それから人がとぉっても美味しそうに見える様になるの。……一度味わったらもうおしまい。どんな高級料理も味気なく感じるし、どんな快楽でも満足できなくなる。苦しいほど心が満たされないの。……心臓の音が恋しくて、血の色に魅せられて、人を殺したくて殺したくて堪らなくなる」


「俺達の客はごまんと居るが、誰もかもが常連だ。どんなに長くても1年も我慢できる奴はいねェ。何度でも俺達を求めてくる……。基本の商品は孤児のガキや独り身のヤツらだ。捉えてきて客に食わせる、俺達は引き換えに金を貰う……だがそれで終わりじゃねェ」


邪悪な笑みがユグノーの顔に浮かび上がる。

眼鏡が反射して目の奥が見えない。


「金が払えなくなったら次はその客を商品とするのさ!しかも高級品だ。生け贄をした奴は魔力が超強ェからな……その分、心臓も旨くなってかーなーり高く売れる」


耳障りな笑い声が響く。


「ハハハハハッ!つまりバカな客どもが共食いするって訳だ!自分で自分を肥やして、最後は自分が餌になる!これで金が無限に稼げるサイクルの完成って訳だ。血まみれになってよォ!未来の自分自身をウメェウメェって貪り食うんだ!笑えるだろ!……あァ、そうだ」


ユグノーはなにかを思い出して手下に命令する。


「〈賞味期限切れ〉が一人いたよなァ?あれを持ってこい」


手下が一人黙って出ていき、縛られた女性を引きずって戻ってきた。

どこかのお嬢様なのか、美しい服と髪をしている若い女性だ。

……ただ、生きたまま体の半分が腐っている。悲痛なうめき声が、耳をつく。

ユアンダは僕が驚きで言葉を失っているのを見て、打ちのめす為に補足を耳打ちしてくる。


「かわいい顔をしてるでしょう?でもこんな顔して、3人も食べているのよ、この子。病弱なのを治すだけなら1人で十分なのにね……。それでね、親に知られて捨てられたの。そして何もかも無くしたのに、人を食べたい、食べたい、ってまだ言うのよ?そんな悪い子にはオシオキが必要よね……だから私が呪いを掛けて、動けないようにしたの、それが二十日くらい前」


ユグノーが立ち上がり、腐りかけた女の方に近づいて行く。


「高けェ奴はたまに売れ残んだ。ユビウスがいりゃあ保存も上手く出来るんだがなァ。今じゃ二十日と持たねェ。でだ、そういう奴はこうやって片付けるんだ」


腐りかけた女に向かってユグノーは右腕を降り下ろす。

べきべきと骨が折れる音と共に右手が胸部を突き破る。

鮮血が吹き出し、辺り一面があっという間に血に染まる。

酷い光景から思わず顔を背けると、周りにいる男達の顔に満面の笑みが張り付いているのが目に入った。

体に飛散した血をベロベロと嘗めている者さえいる。


ユグノーが右手を引き抜くと心臓が握られていた。

ぶちぶちと繋がった血管をちぎりながら体から引き剥がすと、思いきりかぶり付く。

心臓が破裂し血が飛び散る。


彼は租借しながら、残った半分の心臓をユアンダに投げ渡す。


心臓を受け取ったユアンダは、顔を上にあげると、大きく口を明け、心臓をつまみ上げて蛇のように喉の奥に押し込んだ。

顔を血で汚さ無いように気を付けながら。


「お前らも食っていいぞ……死にたてじゃなきゃ食えたもんじゃねェからな」


ユビウスがそう言うと、見張りの4人だけでなく、部屋の外から十数人の手下がどこからともなく集まってきて、犬のように死体を貪り始めた。

まるで地獄絵図だ。腕も、足も、内蔵も目玉も、ちぎって、顔をつっこんで、一心不乱に食べ続ける。

ぐちゃぐちゃと湿った汚い音と、恍惚とした下卑た笑い声を立てながら。


3分もしないうちに、腐りかけた女性だったものは、骨だけになった。


「やっぱ人を食った人間の心臓は格別だなァ……!心臓以外も悪くねェ味をしてるのもいい」


「次は、あなたがこうなる番よ……さぁ、鞄の場所を言いなさい。そうすれば食べるのは死んだ後にしてあげる。優しいでしょ?」


兄妹は喋り続ける。心臓を食った為か高揚し、らんらんと気味悪いくらい目を輝かせハイになっている。

そして鞄の場所を早く言わないと足の先から食っていくと、その痛みと絶望を想像させようと脅し続ける。


そんな彼らを他所に僕は静かに一人考える。


ミリオンの言う通りだったと。生け贄魔法は、この世に存在していいものじゃない。人の行う行為ではないと。


マイナの言う通りだったと。獣の殺害を忌避してはならないと。人を食らう獣に、人の言葉を介する必要はないと。


「あなた、家族や大切な人はいるの?隠しても無駄よ。私たちに手を出した以上、彼らにも〈商品〉になってもらうわ」


「早く鞄の有りかを言え?教えてくれるんだろォ?」


「いいや……気が変わった」


問いかけに対する僕の予想外の答えに兄妹は眉を潜める。僕は気にも留めずやると決めた行動を口にする。



「アンタ達は一人残らずここで消す。傀儡王ミリオンの名において、この場で!今!」



僕の右腕が形を変え、手錠を壊して鈍色の武骨で巨大な銃が姿を見せる。シリンダーがゆっくりと、次第に速く回転を始める。


今から僕は、彼らの引き起こした惨劇を、さらなる惨劇で塗りつぶす。

後には塵も残さないと、決意した。

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