第30話:口裂けジャンク(5)
僕の体を指輪から溢れだした紅の炎が包む。
「うおおおおおおおおおおっ!!」
力がみなぎる様だ。精神が今までに無いほど研ぎ澄まされる。
視界が広がり全ての物がつぶさに目に入る、遥か遠くの小鳥のさえずりさえ聞き逃さないほど、耳がクリアに聞こえる。
まるで今までが眠っていたような感覚、自分を繋ぐリミッターが全て外れた解放感。
今なら何だって出来る。そんな気さえする程の精神力が、止めどなく涌き出てくる。
「鋼、指輪の効果が切れるまで、約3分だ。3分でそいつを片付けろ」
3分か。もしその3分を過ぎれば、指輪の効果が切れ、ジャンクを倒すことができなくなってしまう。
そうなればミリオンは恐らく殺され、僕も再び死ぬことになるのだろう。
口裂けジャンク……ここまで僕達が追い込まれるとは予想外だ。
ジャンクが入ったゴーレムが振りかぶり、向かってくる僕に対し、巨大な土の拳を渾身の勢いで突き出す。
僕はそれに合わせ、右手を突きだす。
拳同士が激突する。
その瞬間、巨大な土の拳が木っ端微塵になって吹き飛ぶ。
肩勢い余って肩までえぐれ、巨大なゴーレムが数歩のけ反る。
「うおっ、何だこのパワー!?……ハハハハ、やっぱ相手にしなくて正解だったよ」
ジャンクはまだ余裕をかましている。
ゴーレムの腕が再生し始める。
僕は人差し指を構える。
ゴーレムの左胸部に照準を合わせる。
左目に映る大きな魔獸の温度反応。その中心部を狙う。
スダンッ!
細い一本の炎の閃光が走る。
「ぬぐうっ!」
土の分厚い装甲をやすやすと突き破り、ゴーレムの反対側から銃弾が飛び出す。
発射した反動で踏みしめていた地面が抉れる。今までとは比べ物にならない威力と速度だ。
温度反応から暖かい液体が飛び散るのが見える。
スダンッ!!スダンッ!!
続けざまに二発打ち込む。
「あがああああっ!!」
ゴーレムの胸部に穴が開き、ジャンクが落ちる。
「……どうなってやがる!?何が起こってる!!」
ジャンクは体に空いた3つの穴を見て愕然としている。
魔獸となり、化け物と成り果てた奴には痛みがあまりないのか、立ち上がる。
右手をガトリングガンに換装する。
シリンダーが回転を始める。
「ジャンク、もう終わりだ」
「終わり?……終わりだと?……人形野郎、お前は何なんだ……オレと傀儡王の戦いにお前は関係ねぇだろうが!!」
「……ああ、関係ないな。だがお前が今まで殺してきた何百人は、お前に関係があったのか?お前はマイナに恨みがあったのか?」
「……マイナだと?……誰だァそいつは!?」
「お前が虐げた人間の一人だ!」
シリンダーが熱くなり、赤く発熱する。いつもの3倍は速く回転している。
僕は右腕をジャンクに向ける。爆音を響かせ、音速を遥かに越える深紅の弾丸が飛翔する。
「クソオオォオオ!人形野郎が!オレをコケにしやがって!!」
ジャンクが走り出す。
同時にジャンクの足元から、複数の影が延び、ジャンクと全く姿形が同じ、魔獸の形をした傀儡人形が生まれ始める。
「とっておきの傀儡魔法だ!!!どれが本物か分からねぇ筈だ!こいつらはオレと同じ強さを持つ、オレそのものの分身だ!!」
分身の一つが本体をかばう。一瞬で体は穴だらけになり、首や腕が吹き飛んで消えた。
ジャンク本体と6体の分身はそこから散開して別々の方向に逃げ出す。怪我をしているのに速い。時速60キロは出ている。
温度探知を瞬時に行うが、ジャンクの分身には温度があった。区別がつかない。……奴の言う通り本人そのものと言う事か。
逃げるジャンクを1人、銃弾が捉える。胴体に3つ、足に2つ、頭に1発入り、その場に崩れ落ちると影に戻り、消えた。
「こいつらが、お前そのものだと言うのなら、本物のお前もこの銃に当たれば、死ぬわけだな!!」
僕の叫びに対し、返答は無い。
分身自体には傀儡を産み出す力は無い様で、逃げたジャンクは傀儡を産み出していない。
ならば仮に傀儡魔法を使った奴がいたとすれば、それが本物のジャンクだ。だが奴も魔法を使わない事で自分がどれか分からない様にしている。
ジャンクの作戦が分かってきた、奴はとっておきの傀儡魔法と言っていたが、僕を攻める気はさらさら無いようだ。
僕から逃げ切り、黒い兵隊がミリオンを殺すのを待つ気だ。そうはさせてなるものか。
僕は両目を凝らす。実像と温度探知の映像を細かく見る。何か、何か違いはないのか!?
離れていくジャンク達は本物同様に体に穴が空いて血を流してる。
温度も全く同じ……いや違う、一体だけ、ほんの少し形跡が。
偽物の血は体から離れ地面につくと影となって消滅するが、本物の血は地面に残ったままだ。
舞った粉塵で肉眼では血を追えないが、残った温度ならはっきりと追える。
灼熱に照らされた地面に血が落ちると、少しの間だがその血で地面が冷却される。
流れ出た血が、地面の熱を吸収する事で、一瞬だが判別がつく。
僕の左側に逃げている魔獸、奴がジャンクだ。
数秒のうちに100メートルは離れたジャンクに向かってガトリングガンを合わせる。
当たれ、当たれ、当たれ!!
ズガガガガガガガガガガガガ!!
一心不乱に撃ち続ける。
遠目でジャンクの片足が吹き飛ぶのが見えた。一発が奴の足をとらえたのだ。
僕は銃を撃ちながら、ジャンクに向かって走り出す。
転ぶ寸前でジャンクの足が再生する……いや違う、傀儡魔法で土を固め、自身の足として動かし始めた。
依然速いが、追い付けない速さじゃない。
クソッ、走りながらではガトリングの照準が合わさらない。僕は右腕を戻し、全力で走る。
同じ方向に逃げていた、ジャンクの分身が僕を阻みに戻ってきたが、今の僕には構っている時間が無い。
膝からロケット弾を発射し、飛んでいく前に弾頭を掴む。
ミサイルをジャンクの分身の顔面に叩きつける。辺りが爆風に包まれてジャンクの分身が消滅する。
正体がバレたジャンクは複数の黒い兵隊を沸き出させ、僕に追いすがらせようとするが、赤い兵士達が全てそれを阻害する。
紅い兵士を掻き分けながら、ジャンクが一瞬後ろを向く。恐怖にひきつった怪物の顔が見えた。
距離が近づく。もう50メートルも無い。
この距離なら届く。
僕は一瞬立ち止まり、右手人差し指で照準をつける。
自分を信じろ、僕。今の僕なら絶対に当てられる。魔力を十分に帯びた僕の目は、どんなに離れたあらゆる細かい所まで見え、人形の体隅々まで神経が行き届き届いている様に感じる。
全神経を人差し指に集中させる。必ず撃ち抜く!
ズドンッ!
人差し指から再び閃光が走る。
間にいた赤と黒の兵隊を貫通し、煌めく閃光は瞬時に彼方まで伸び、ジャンクの腰の中心部を貫き、大きな風穴を開けた。
「うぐおがあっ!」
風穴は大きく広がり、上半身と下半身を千切り、分断する。
だがジャンクは尚も諦めない。
地面を転がったジャンクの上半身は、もがき続ける。
なんとか体制を立て直し、3本の腕で虫のように這い始めた。
なんて気色の悪い奴だ。だが、もうそんな事で僕から逃げ切れる訳がない。
数秒もせずに僕はジャンクに追い付いた。
必死で這い続けるジャンクを見下ろす。
ズドンッ!
一撃で右の2本の腕を吹き飛ばした。
ジャンクは倒れたまま、首を僕の方へとゆっくりと向ける。
「ハァ、ハァ、ハァ…………オレの敗けか……」
「ああ。僕たち二人の勝ちだ」
「傀儡王め、とんでも無いものを作りやがって……お前さえいいなけりゃあ、傀儡王を殺せたんだがな……最悪だ……」
ジャンクは観念したのか笑い始める。
「……しかし、ククククク……ハハハハハハハハ!!見てみろこの無様なオレの姿を!俺は、お前の未来の姿だ!傀儡王に尽くした末に死ぬオレの様に、お前もきっとゴミの様に捨てられる!オレを越える、お前の様なバケモノを傀儡王が野放しにするものか!……傀儡王ォ、聞いてんだろォ!!最初からこいつは使い捨てのつもりで作ったんだろ!?何が昔の話だ!100年前から何も変わっちゃいないじゃねぇか!どうしようもないクソ女!最悪の愚王が!!フフフ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
ズドンッ!
ジャンクの頭が弾け飛び、不快な笑い声が止まる。
ちょうど、僕の指輪の炎も消えて行く。時間切れだ。
見上げると聖獸ミリオンにへばりついていた黒い兵隊達が次々と崩れ去っていく。
黒い兵隊の一体は、彼女の目の直前まで来ていた。危ない所だった。
「ミリオン、終わりました」
僕はミニミリオンに話しかける。
「……安心しろ、鋼。私は貴様を捨てたりしない」
ミニミリオンから聞こえた第一声はそれだった。ジャンクの最後の言葉を気にしているのだろう。
僕はミリオンを信じているが、いや、信じているつもりだが、ジャンクの笑い声が耳にこびりついて離れない。
うやむやにはしたくない。はっきりと思った事をミリオンと話そう。
「……素直に言います。ジャンクみたいな奴を見た後だと、正直に頷けません。それにミリオンは、この場所に来た時に、ここは魔晶石が取れなくなったから廃れたって言いましたよね。……ジャンクが言うには、あれも、嘘だったんですよね」
「………………」
長い沈黙が続く。
「……ミリオン?」
沈黙に耐えきれず、僕は彼女の名を呼ぶ。
呼ばれたミリオンは、静かに、そしてゆっくりと話し出す。
「昔の私ならこう言っただろう『どちらにせよ貴様は私に尽くすしか無いんだよ』とな。……そうやって、人を無下にし続けた。前しか見ておらず、その時足元で何を踏み潰しているか見ようともしなかった。その結果、私は沢山の物を失った。……家族も全員この手で殺すハメになった。ジャンクの様な奴も産み出した」
聖獸ミリオンを包む空間が歪む。
光に包まれ、その光が小さく一点に集中したかと思うと、そこから少女の姿に戻ったミリオンが姿を表した。
ミリオンは僕に近づきながら、ミニミリオンの言葉の続きを口にする。
その時のミリオンの口調はいつもの熾烈さがなく、波のように静かな話し方だった。
「もう、あんな目に会うのは嫌だ。……だから鋼、私は誓おう。もう、貴様に嘘はつかない。……ジャンクの言う通り、最初は使い捨てのつもりで魂を入れた人形を作った。相も変わらない私の浅はかさは軽蔑してくれて構わない。だが、貴様と過ごしている内に、貴様はれっきとした人間だと分かり、私の家族になってしまった。だからもう私には、お前は殺せない。本当だ」
ミリオンは一瞬たりとも僕から目を反らさずに語る。
その言葉は嘘だとは思えない。
家族か……そういえば僕もこの世界に来てから、昔家族と過ごした懐かしい感情を、ミリオンに抱いている様な気がする。
彼女と過ごす時間はどんなに過酷で血塗られていても、楽しく、輝いているように感じる。
ミリオンの人生は僕よりとても長く、そして苦しいものだったのだろう。
家族を殺した過去なんて、彼女には聞ける筈もないが。その過去の欠片だけでも僕に話してくれたんだ。辛くない筈無いのに。
決めた。僕はミリオンを信じることにしよう。何があっても。
僕は短い間だけど、彼女と過ごした。過去はどうだか知らないが、今の彼女は僕の信じられる人間だ。そう、思う。
「分かりました。信じますよミリオン。……どうせ僕はミリオンが死んだら壊れるんです。地の果てまでお供しますよ」
「鋼……」
「あっ、でもその前に質問がひとつ。僕の顔ってミリオンの好みで作ったって本当ですか、嘘つかないんですよね」
ミリオンはため息をつき、さっきまでの神妙な顔はどこへやら、呆れ顔をして僕を見る。
「貴様なぁ、人がせっかく真面目に話してるってのに……ジャンクの死体を持って城に帰るぞ、そいつなら生け贄魔法の封印に使えるだろう。その後でマイナの見舞に行こう」
「あれ?無視ですか。僕に嘘はつかないんじゃ無いんですか?」
「嘘はつかないとは言ったが、なんでも答えるとは言ってない!」
戦いは終わった。赤い兵士達の人形も音もなく崩れ去る。
ああ、照り返す日差しが眩しい。
僕はジャンクの死体を担ぐと、下らない問答をしながら、ミリオンと共にシリング工業跡地を後にした。
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