第31話:エピローグ

ジャンクとの戦いから3日経った。


僕とミリオンは共に病院を訪れている。

僕は大きなアタッシュケースの鞄を片手に持って、ミリオンは手ぶらだ。

マイナは一命をなんとかとりとめた。この3日間、彼女は眠り続けていたが、やっと意識を取り戻したと連絡が入ったのだ。


受付で聞いたマイナの部屋に入る直前、ガードの人達が入り口から出てくるのが見えた。彼らはマイナの同僚だろう。

ガード達はキツイ目付きで僕を睨み付けながらすれ違い、出口の方に向かっていった。


「嫌われてますね。僕」


「マイナは私達に関わったせいで死にかけて、両腕を失ったんだ……ガード達に恨まれても仕方ない。いや、本来ならば恨まれるは私であるべきだが……我慢してくれ」



病室に入ると、マイナが笑顔で僕たちを迎えてくれた。

だが、泣きはらした後なのか、目の下が腫れている。


「あ、ミリオン様!鋼さん!お見舞いに来てくれたんですね!!」


「……マイナ、大丈夫ですか」


恐る恐る声をかけてから気づく、最初の言葉を間違えた。大丈夫な訳がない。

それなのに、マイナはニコニコと僕に答えを返す。


「この通り、ぜーんぜん大丈夫です!鋼さんが運んでくれたと聞きましたよ!お陰さまでお二人にまた会うことが出来たんです。感謝感激ですよ!」


ベッドに身を起こすマイナには二の腕から先の両腕がなく、包帯が何重にも巻かれている。

元気に振る舞う姿が余計に痛々しく、見ていられない。


僕の視線に気づいたのか、マイナは無い腕をピョコピョコと振る。


「ああ、気にしないでください!命あっての物種です!腕が無くたって生きていけます。ガードからの退職金も沢山もらえるみたいですし。それでなんとか暮らして行ける筈です!」


「え、それじゃあ、ガードは」


「あはは、こんな腕じゃあ続けられませんからね、近い内に退職になる予定です。……仕方ないですね!それよりもジャンクを倒したってガードの皆から聞きましたよ!話を聞かせてくださいよ!」


「それよりも……だと?」


ミリオンが怒った口調でマイナに詰め寄る。


「ミ、ミリオン様。ど、どうしたんです?顔が近いです」


「マイナ、私たちは貴様の見舞いに来たんだ。ジャンクの話など後でいい、お前の話を聞きたいんだ。それより大事な事など無い」


「え、私の……?」


僕は部屋に有った椅子に座る。

このまま二人の会話を見守っていよう。


「マイナ、貴様は私達の仲間を抜ける気か?」


「え、抜けたくはありませんが、でも」


マイナの言葉をミリオンは遮る。


「それにガードを辞めたいのか?」


「辞めたく有りませんよ!!でも!この腕じゃあ!」


ミリオンが一歩下がり、声のトーンを下げる。


「じゃあ腕が何とかなれば、私達の仲間も続けるし、ガードも辞めないって事でいいのか?」


「そ、それは、まあ……」


マイナがうつ向く。何故こんなことを聞かれているのか理解できないようだ。

僕は持ってきた大きな鞄を、ベッドの隣の机に置く。


「マイナ、好きな物を選べ」


ミリオンの言葉に会わせ、僕は鞄を開く。

鞄の中にはミリオンが作った傀儡の腕を改造して作った、何本もの義手が入っていた。


「細かい調整は城に戻ってからやるとして、どれが好みか聞いておこうと思ってな」


「これは、義手……ですか?」


マイナが目をぱちくりする。ミリオンは僕の隣の椅子に座り、腕を組んだ。


「そうだ、それもただの義手じゃない。どれも私の傀儡魔法の粋を、封印王の魔法で封じ込めた、世界に二つと無い最高の逸品だ。今までと遜色無い……いやそれどころか今まで出来なかった動きまで可能にする義手だよ。本物の腕じゃなくて悪いがな」


「封印王様って、あの……スフィア様ですか?ミリオン様だけでなく何故封印王様まで、私なんかの為に……?」


「フン、気にするな。奴も責任を感じてるのかもな」


「え、責任を、感じている?何も身に覚えが無いのですが……」


ミリオンが、義手を指差して促す。


「そんな事どうでもいいだろ。重要なのはこれが欲しいかって事だ。……念のため言っておくが、これを貰ったとしても、私に義理立てする必要はない。こんな目に会ったんだ。私達の仲間を抜けても咎めん。殺人の趣味はやめてもらうがな」


僕は後ろのドアの方を振り返る。誰もいない。良かった。

まったく、ミリオンの奴、誰か聞いていたらどうするつもりだ。


「と、とんでも無いです!仲間から抜けたりなんかしません!ガードも続けます!私まだ、ミリオン様と鋼さんの近くに居たいですから!!」


「あんな目にあったのに?」


「どんな目にあってもです!」


即答だ。何となく彼女はそう言う気がしていた。なんてったって生粋の殺人狂だ。……これは、褒め言葉だ。

マイナは早速義手を吟味し始める。


「ミリオン様!一番強いのはどれですか?」


強いのって……見た目とか、自分の元の腕の形とか、そう言うのを気にするんじゃないのか?普通は。


「ヒヒヒ!貴様ならそう言うと思ってたよ。この鈍色のだ。鋼のプロトタイプの腕だ。塗装はまだだが」


「鋼さんの!?じゃあそれがいいです!」


スムーズに進む会話に僕は待ったをかける。


「ちょっと待って下さい。僕の腕のプロトタイプって、聞いてないんですけど、危険じゃないんですか」


「貴様に許可をとる必要は無いだろ。鋼と同じ具現王の魔法合金でできていて、左手にバリアが着いていて右手が魔法弾のショットガンになる。殺傷能力は少ないがな」


「いやいやいや、危険すぎますよ!」


「なんだよ。水を差すなよ。これからまだまだ危険は続くのに、マイナに丸腰でいろって言うのか?……心配しなくても私の下ではもう殺人は勝手にしないよな。そうだろマイナ」


「はいしません!鋼さんがしてくれますし!」


なんだか、心の中で頭痛かする感じがしてきた。

きっとミリオンはマイナも僕と同じく信頼する事にしたのだろう。彼女は死ぬ寸前まで僕らを信じ、情報を残してくれたんだ。

それなら、確かに僕が口を挟むことじゃない。


「マイナ、ミリオンは君を信頼している。決して約束を破るんじゃないぞ」


「はい!!」


ミリオンは包帯の上から試しに義手を片方だけ取り付けてみる。

長さは丁度いい位に合わせてあるが、男の腕を想定して作られただけあって、体に対して少し太い。


「マイナ、試しに魔力注いで、頭で念じてみろ」


「ミリオン、魔法の義手ってそんな簡単に慣れるものなんですか?」


「貴様だって全身人形なのにすぐに慣れただろうが」


「確かに」


マイナに取り付けた左腕が動き出す。

近くにあった青色のリンゴのようなフルーツを手に取る。


「動く……動きます!動きますよミリオン様!」


彼女の目に涙が滲んでいる。それを見て、僕まで嬉しくなってしまう。

マイナは突如僕の方に顔を向ける。僕の目が彼女の視線と合う。


「えへへ……鋼さん!これで私とお揃いですね!」


彼女の屈託の無い笑顔に、無い筈の背筋がゾクリとした。

なんか分からないが怖くなったので、僕は話題を変える。


「う、腕の件も一段落した様ですし、そろそろ行きませんか。マイナを連れて」


「うむ、そうだな、そうするとしよう。院長から許可はもらっている。マイナ、車イスに乗れ。鋼も手伝ってやれ」


ミリオンが腕を取り外しながら言うとマイナは困惑した表情で答える。


「行くって、どこへですか?」


僕はマイナを抱え上げ、車イスに乗せる。


「マイナに見せたいものがあるんだ、きっと驚く」


「見せたいもの、ですか?」


「ああ、驚くぞ。お前の夢がひとつ叶ったのだからな」


他の人たちに聞こえないように静かに話しながら、僕たちは部屋を出た。



それにしても、マイナが生きていてくれて本当に、本当に良かった。

これでやっと3人で、城に帰れる。





城に着くと、エントランスを通り抜け、地下へと続く長い階段の扉を開ける。

マイナの乗った車イスを持ち上げて、一段一段慎重に降りていく。


階段の下に着くと、広い舞踏会場が広がっていた。

埃が積っていて、何十年も使われていないのが分かる。


中心には、巨大な石碑が建ち、傍らにフィアが立っている。


「二人ともお帰りなさい。あら、その子がマイナちゃん?私を探してる途中で怪我しちゃったんでしょ?ごめんねー」


この人軽い。両腕を無くすのは怪我と言うレベルでは無いと思う。


「えっと、貴女がフィア様ですか。いえ、あれは私の落ち度です。お気になさらないで下さい」


「そう?良かったわー、恨まれなくて。私の事はフィアちゃんって呼んでね」


横に立つミリオンが、フィアの態度を小さく鼻で笑うのが聞こえた。

まぁ、突然自分より年上の人が子供化して、ちゃん呼びをさせていたら、引くのは分かる。


「挨拶は済んだか?マイナ、貴様に見せたかったのはこれだ」


ミリオンが石碑を手のひらで触る。


「この石碑ですか?……この石碑は一体なんの石碑なんですか?」


僕は地面にマイナの車イスをゆっくり降ろし、石碑に近づける。

マイナの質問にフィアが答える。


「これはね、生け贄魔法を封印する。封印魔法の石碑よ。材料はアナタが見つけてくれたって言う口裂けジャンクの魔獸の死体。その力を利用して、この魔法都市、人形都市ミリオンズの生け贄魔法を使えなくしたの」


「生け贄魔法を?封印!?」


「そうよ。偉くて賢くて優しくて美しい封印王様がわざわざ来て、ミリオンちゃんに協力してくれたのよ」


マイナは石碑をじっとみつめる。フィアの言葉も、半分は届いていないように、呆然としながらも目を輝かせている。


「……それが、本当なら……この街から全ての獣がいなくなるって事ですよね……。もう誰も人を食べない、私の様な生け贄被害者はもう生まれなくなる……」


信じられないという反応のマイナに、ミリオンが話しかける。


「そうだマイナ。この街でもう生け贄魔法は使えない。だが、新たに使えないってだけだ。既に生け贄を使っていた奴の殺人衝動は押さえられないし、魔力も強いままだ。だから貴様らの仕事は終わらない」


ミリオンが僕とマイナの肩にポンと手を乗せる。


「まずはグラス兄弟の遺した帳簿だ。あれを全部片付ける。まだまだ先は長いぞ。人を食っても満足感を得られなくなった奴等が何をしでかすか分からない。…………二人共、これからも頼む」


マイナは笑う。


「勿論です!ミリオン様!」


僕も一緒に笑う。


「当然ですよ。ミリオン、僕がいないと始まらないでしょう」





城から出ると、太陽は真上まで上っていた。

街から活気のある声が聞こえる。

今となっては、この平和を都市の隅々まで行き渡らせるのが僕の夢、生き甲斐になった。


異世界に飛ばされてから、毎日が目まぐるしく進んでいく。

元の世界では味わえないような体験を毎日する。

僕が憧れたようなまるでフィクションの出来事が、今では僕の日常だ。


この世界に来れて良かった。

ミリオンと、マイナと、出会えて良かった。


だが、気を緩めてる暇は無い。生け贄使いはまだまだ沢山いる。

グラス兄弟の遺した帳簿は山の様にあった。その中にはまだグラス兄弟やジャンクの様に強い奴等も残っているかもしれない。


だが、僕たちならきっと越えていける。


僕達の戦いは、まだ始まったばっかりだ。

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傀儡王のオートマトン(あるいは人型破壊兵器に転生した僕と破戒少女の物語) 蟹めたる @urumokarumo

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