第24話:捜索

フィアの話しがまとまり、フィアを残して時空王トゥエルブは自分の城に帰っていった。

だが彼は、帰る直前に僕とミリオンに向けて、大きな置き土産を残していった。



『礼代わりと言ってはなんだが、一つ教えよう。君たちの追っている男の名はジャンク・モーランだ。通称、口裂けジャンク。街の北北東、そこを探せば会えるだろう…………探すのは自由だが後悔するな』


その言葉を言い終わると同時に、彼の姿は忽然と消えていた。元から誰もいなかった様に何も残さず。


ジャンク・モーラン、聞き覚え、いや見覚えのある名前だ。

口避け男の書かれた帳簿を開くと、その男の名前が書かれていた。

食べた人数は1人、探す優先度が低めだった男だ。


僕が驚いてミリオンに訪ねると、トゥエルブには遠くない未来と過去を見通す能力があると教えてくれた。

しかしながら、他人に未来を話す事は滅多に無いそうで、ミリオン自身も驚いていた。


トゥエルブが最後に残した言葉により、探すべきは口避けジャンクだと決まった。

だが彼が最後に言った『後悔するな』……この言葉だけが気がかりだ。


しかしながら捜索を始めるにしても、今日はもう遅い。明日からにしよう。

その日は、フィアの部屋を整えて、休むことになった。





次の日、傀儡が朝食の用意を整えたからと、ミリオンに頼まれてフィアの部屋を訪れた。

だがそこにフィアの姿はなく、一枚の置き手紙が置いてあった。



『人形都市ミリオンズは数ある魔法都市の中でも安全な街と聞いたわ。だから、ちょっと観光してくるわね。夕方には帰るから心配しないでね』



ミリオンに見せたら絶対怒るだろうなと思いつつ、手紙を見せると案の定第激怒した。


ガシャアアン!


ミリオンが机を拳で思いきり叩きつけ、机に乗った豪華な食器が音を立てて揺れる。


「一体何を考えてるんだ!なーにが『心配しないでね』だ!あいつは自分の置かれた状況を分かっていないのか!?クソッ、いつだって楽しいか楽しくないかだけで行動する!そう言うところが嫌いなんだよ!」


「トゥエルブさんが、フィアは生への失着が無いって言ってましたけど、マジなんですね。ビックリです……探します?」


「貴様、相変わらず呑気な感想だな!もう少し慌てたらどうだ!」


5分寝坊すると慌てるが、1時間寝坊すると逆に落ち着く。僕の心境はまさにそんな感じだった。

命を狙われている人間としてはあり得ない行動に、早くも呆れ果てていた。


「ガードに連絡して探してもらいますか?」


「いや!なるべく彼女の存在は隠しておきたい。信頼できる数人以外には関わらせるべきではない」


「じゃあ、ミリオンの傀儡で探すしか無いですね」


ミリオンは渋い顔をする。


「そうするしかあるまい……せっかく口避けジャンクの捜査に取りかかれると思ったのに……いや、ちょっと待てよ……」


「どうかしましたか?」


「……なぁ、鋼、フィアはトゥエルブの最後の言葉を聞いていたか?」


「その場にいましたし聞いていたと思いますけど…………え?いや、まさかそんな、それはないでしょう……」


僕は心の中で冷や汗を書く。

フィアはもしかして街の北北東に向かったと言うのか?一人で僕たちの探している人物、口裂けジャンクに会うべく。

何の為に?暇だから?いくら考えても答えは出ないが、それが本当ならヤバイ状況だというのはわかった。


「ミリオン!身元を明かさなければマイナもフィアに会わせていいですよね!?僕、彼女を呼んで街の北北東に向かってみます!」


「頼む、鋼!私はそのエリアに向けて全ての猫の傀儡を送り込む!」


僕は部屋を飛び出して、ガードの通信機でマイナを呼びつつ、庭のゲートに急いだ。





街の西側につくと、マイナもすぐに合流してくれた。寝癖が跳ねている、相当急いで来てくれた事に感謝する。


「鋼さん!詳しい状況を教えてください!」


僕はマイナに端的に情報を教えた。昨日、時空王トゥエルブが城に来たこと、僕たちの探しているターゲットがジャンク・モーラン、通称口裂けジャンクだと教えてくれたこと。トゥエルブの孫であるフィアをミリオンが預かる事になった事。まぁ、最後のは嘘だが。


「で、そのフィアって子が好奇心旺盛でトゥエルブの話を聞いて、この辺りにジャンクを探しに来てしまったかもしれないんだ!」


「え!大変じゃないですか!ガードに連絡は」


「いや、預かってることは秘密にしろって念を押されてるんだ!僕たちと猫の傀儡で探すしかない。頼む手伝ってくれ」


マイナの顔が引き締まる。使命感に溢れている顔だ。


「任せてください!全力で探しますよ!……あ、でもすみません。家を急いで出てきたので、通信石板を忘れてきてしまいました。すみませんが待ち合わせ場所を決めさせてくれませんか?」


それから僕とマイナは待ち合わせ場所を決め、2時間後に落ち合う約束をして、二手に別れた。



それから僕は、そこらじゅうをかけずり回った。

ミリオンの用意したフィアの服装の特徴と、髪の色等を便りに縦横無尽に聞き込みをして回った。



「くそっ、全然見つからないぞ、手がかりさえない」


途中、ミリオンが放った猫の見た情報を聞いたり、通りがかりのガードに怪しまれたりしながらも、最終的に一時間半くらい探していた。



次はどの方向へ向かおうかと考えていると、ミニミリオンから情報が入った。



「フィアが見つかった。あいつ、呑気に昼飯を食べに帰ってきやがった、どうやらそっちには行っていなかった様だ。すまなかった」


僕は脱力する。なんだ、考えすぎだったのか。なんにせよ無事ならOKだ。


少々早いが、待ち合わせ場所にゆっくり歩きながら戻る事にした。


待ち合わせ場所にはミリオンの猫が一匹だけ座っていて、当然マイナはまだ来ていなかった。



……それから20分ほど待ち、待ち合わせ時間を過ぎたがマイナは来ない。



「ミニミリオンですけど、簡易的なものでもマイナにも持たせるべきかもしれませんね」


「そうだな。まぁ、今回は通信石板を忘れるマイナが悪い」



さらに10分ほど待つが、マイナは現れない。



「マイナ、来ませんね……ちょっと僕探して来てもいいですかね?」


「分かった。必死に探していると考えると気の毒だ。探してきてくれ」


僕は二手に別れた場所に猫を残し、マイナが探していた方角に向かった。


聞き込みをしてみると、マイナは結構かわいく人当たりも良い事から、彼女の事を覚えている人は多かった。


だが、途中でプツリと目撃証言が途切れてしまった。


「マイナの消息がここで途切れてる……どうしたんだろう」


回りを見ると、人通りが少なく、小さい路地がいくつも別れている。

この辺りにいるのか?いや、それとも、この辺りから人に見つからない様に動き始めたのか? いったい何故……。



ふと、僕の頭を一つの考えがよぎる。

……ひょっとして、マイナはジャンクを見つけてしまったのかもしれない。

そして、ここから彼の追跡を開始した……あり得てはならないが、あり得る話しだ。



…………『探すのは自由だが後悔するな』トゥエルブの最後の言葉が脳裏に浮かぶ。なんだか嫌な予感がしてきた。



「ミリオン!僕の所に猫を集めて下さい。早く!」


「どうした?鋼」


「もしかしたら、ですが、マイナはここでジャンクを見つけたのかもしれない!ここから猫を分散させてマイナを探せますか!?」


数分もしない内に傀儡の猫が十数匹僕の所に集まってくる。この数分が何倍にも感じてもどかしい。


「鋼、すぐに集められたのはこれだけだ」


「では、細かい路地に数匹づつ向かわせて下さい!その先で分かれ道があったらそこで別れる形で探しましょう。僕はこの道を行きます!」


「分かった!」


僕は左目の温度関知をONにする。後をつけてる様な不審な動きをしている奴がいればマイナを見分けられるかもしれない。


しばらく走った後、一つの建物が目に止まる。部屋の中が凄い高温だ……火事だ。

建物に近づくと煙がもくもくと上がっていた。建物全体に火が回っている、全焼するのも時間の問題の燃え方だ。

だが、この辺りは人通りが少ない。まだ誰もこの火事に気づいて居ない様だった。


「ミリオン!火事だ、火事が起きてる!」


「中にマイナは居ないか!?」


「探してみる!」


僕は建物の中に踏み込んだ。辺り一面は火の海だった。


そこには焼け焦げる最中の、人間大の人形がいくつも並んでいた。焼け焦げて顔の判別などはつかないが。

その中で一番目立つのは明らかに人を傷つける目的で作られた、刃物を持った大きな人形だ。映画のジェイソンみたいな風貌だ。

そしてその手に握られた鉈には最近ついたばかりと思われる血が滴っていた。


他にも、血が地面に飛び散った跡がある。


「何の血だ? まさかマイナのか!?」


推測が正しければ、ここはもしかしてジャンクの隠れ家だろうか?

だがマイナはいない。ここで何かがあったのは確かだが、マイナは見つからない。


火事をガードに連絡しながら家を出て、僕は走って、走って、走り続けた。

この辺りは迷路のように入り組んでいる。見つからない。見つからない!



僕は焦り始める。嫌な予感が強くなる。



フィアを探して杞憂で終わった時のように、これも杞憂で終わってほしい。


考えられる最悪のシナリオは、マイナはジャンクの隠れ家を見つけが、気づかれた。

人形が持っていた刃物でマイナは殺され、そしてジャンクは証拠を隠滅するために隠れ家に火を放った。


僕は首を振って浮かんだ考えを否定する。


いや、違う。マイナを始末できたのなら火を放つ必要はない。または火を放つにしてもマイナも一緒に焼くはずだ。


マイナは冷酷な殺人鬼ではあるが、優しく良い人間なのも事実だ。この一ヶ月を共に過ごして良く分かった。何かあってはならない。

それに何より大切な友人だ。ミリオンとも仲が良い。純粋に彼女を失いたくない。



5分程しただろうか、ミニミリオンが突如に叫ぶ。


「鋼!男の死体がある!それに、血の跡だ!血の跡を見つけた!大量にだ!そこに……腕が!」


「どこですか!?」


「リービング通り12ブロックだ!」


僕は音声認識で場所を左目にインプットする。目的地から緑の柱のビジョンが立ち上がる。


「近くまで来たら私の猫が案内する!」


全速力で走り、2分もしないうちに目的地に到着する。



嫌な予感は、現実となった。


そこにはおびただしい量の血溜まりができていた。

そして血溜まりの真ん中には、『両腕』が落ちていた。両手で銃を構えたまま、二の腕から両断された、『両腕』だ。


近くには浮浪者と思われる死体があった。肩から心臓にかけて鉈で切り裂いたような後がある。


血溜まりの腕を見ると、血でぐっしょりとしていたが見覚えのある服の切れ端がついていた。



「この腕の服、マイナの物だ!マイナの!」



叫びが路地にこだまする。

死んでいるかもしれない。僕の脳裏に悲劇的な結末が映し出される。僕が、僕が彼女を呼んだせいだ。

いや、まだだ、まだマイナ本人は見つかっていない。……まだ、まだ希望はある。


僕は温度探知をONにして辺りを見回す。

入り組んだ細い道が沢山広がっている。どこだ。どこだ。頼む。いてくれ。


細い道に入って30メートルほど離れた場所の大きなダストボックスが目に止まる。

温度がある。誰かが中に入っている……腕がないシルエット!


僕は急いで大きなダストボックスに近づき蓋を開ける。



そこに、マイナはいた。傷だらけで、ゴミの中に横たわりながら。



両腕は無く、綺麗だったキャラメルブロンドの髪も、きちんとのり付けされたガードの制服も、見る影もないくらい血で汚れ、くしゃくしゃになっている。痛みで吐いた後があり、意識はない。


「マイナ!マイナ!」


僕はパニックに陥るが、ミリオンが制止する。


「よく見ろ!息がある!腕を具現魔法で覆って止血している!すぐに担いで病院へ向かえ!助かるかもしれない!!急ぐんだ!」


僕はマイナを抱えあげる。血がびしゃりと流れ落ちる。彼女の息は糸のように細く、今にも止まりそうだ。


走り出す直前、ダストボックスの蓋の裏が目に入った。

そこには、マイナが最後の力を振り絞り、無い腕で書いた大きな血文字が書かれていた。


血で書かれていたのは4つの単語



『シリング工業跡地』『ジャンク』『傀儡使い』『早く』



僕はその言葉を脳裏に刻み付け、病院へと走り出した。

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