第23話:封印王の取引

封印王スフィア・ロックハート


彼女が司るのは封印魔法。それは名前の通り、魔法を封じ込める魔法だ。

マイナやグラス兄弟が使っていた魔法封じの手錠の様に魔法を使えなくする用途の他に、物に魔法の力を封印する事も出来る。

例えば〈炎を出す魔法〉の力を指輪に封印すれば、魔力を込めるだけで、炎が出せる指輪ができる。


この世界の明かりを担う石のランプも、傀儡魔法の力を込めた家事人形も、時空魔法の力を込めたゲートも全て、その系統の魔法を習得していない人が魔力を込めるだけで使える道具であり、封印魔法あっての賜物なのである。


そう考えると彼女の封印魔法の影響力は計り知れない。

だが、街の生け贄魔法全てを封印するというのはあまりにも大規模な気がする。いくら封印魔法の王とはいえそんな事が可能なのだろうか。



「この街の生け贄魔法を封じ込めるだと?貴様の街も生け贄使いが出ていると聞いてるぞ。自分の街にも出来てないのになぜそんな事が出来ると言える?」



僕より彼女を知っているはずのミリオンも同じ印象を抱いたようだ。さきほどやり込められた腹いせか必要以上に辛辣に返している。

だが確かに、前提条件が成り立たなければ取引にならない。聞かなければならない質問だ。


「ミリオンちゃんってばいつも喧嘩腰よね。本当は優しいのに、そんなだから誤解されるのよ?」


「そんな事はどうでも良い。話をそらすな」


「ふふ、分かったわ」


スフィアは机の上に置いてあるお茶を一口飲むと、ゆっくりと話し始めた。


「生け贄魔法がこの世界にはびこり始めた……約百年ほど前からかしらね。生け贄魔法を封じる手が無いか、研究はしていたのよ。それでね、結構昔に封じる方法自体は見つけていたの」


「見つけていた?どういう事だ」


「あら、怒らないでね、ミリオンちゃん。私だって使いたかったけれども、使えなかったのよ。材料がどうしても足りなくて」


「材料だと?」


ミリオンがスフィアから目を話さずに、お茶を口にする。


「その材料は、とても強力な魔獸の死体。生け贄を繰り返し過ぎて、王に比類する魔力を持った生け贄魔法使いの元人間。その死体が必要なの」


「……魔獸の死体が?そんなものをどうやって使うと言うんだ」


「王の代わりになってもらうのよ。生け贄魔法を司る王、悪鬼王ディザイアムの代わりにね」


ディザイアム、それが生け贄を司る王の名前か。

その名を聞いてミリオンとトゥエルブの顔が強ばるのを見て、かなり危険な人物だと察する。


「生け贄魔法の魔力が極限に高まった魔獸なら、偽の王に仕立てあげられるわ。それでね、王が死ねば司る魔法が消えるのを利用して、偽りの悪鬼王の死体を街に封印する事で、魔法の法則を歪め、その土地の生け贄魔法を消失させるの。所詮は偽りの王だから、効果範囲はあなたの街一つくらいしか無いし、新たな生け贄魔法ができないだけで、既に食べた分の魔力は消せないけどね」


神妙な顔をしているミリオンと笑顔のスフィアの話しに、僕は正直ついていけていない。

もう1ヶ月たったとはいえ、この世界には疎いんだ。

えーとつまり、王様並みの魔力の魔獸を殺して、死んだのは生け贄を司る王様という事にして、生け贄魔法が消えると土地に誤解させるという事で合ってるだろうか?


「ミリオン、スフィアさん、この前のグラス兄弟の死体は利用できなですかね?」


僕が口を挟むと、話しに今まで入っていなかったトゥエルブが首を振った。


「先ほど、君を迎えに行く前、少々気になってね。私が彼らの死体を見てきたよ。彼らは使えない。あれでは弱い」


マジか。グラス兄弟で弱いとなると、相当な化け物を相手しないとなら無いぞ。


「どう?ミリオンちゃん。あなたの生け贄使い狩りで、偽りの王にできそうな相手を倒したら、私があなたの街に封印して、生け贄魔法をあなたの街では使えないようにしてあげる。悪い話ではないでしょ?」


「……そうだな……それで、貴様の言う『お願い』とは何だ?」


スフィアの提案は確かに魅力的だ。条件次第だがミリオンは取引に応じるだろう。

スフィアはにこやかに、その『お願い』を口に出す



「実はね、私、命を狙われてるの。ミリオンちゃんのお城に匿ってくれないかしら?」


「は?」



ミリオンと僕があっけにとられる。

笑っているスフィアを見て、トゥエルブがしぶしぶと話し始める。


「ミリィ、お前にも関わりがある話だ。お前が生け贄使い狩りを始めて一ヶ月経つが、その手柄は全てガードのものとなっている。スフィアはそれを信じガードの活動を称賛し賛同を示した。そして友好都市にならえと、生け贄使いの一掃に街を挙げて協力すると大々的に公表したのだ。魔獸相手なら強力な魔法銃を使用しても良いと条約も変え始め、生け贄使いの一斉摘発に乗り出した」


トゥエルブがため息をつく。


「それが原因か、闇で懸賞金をたんまりとかけられた上、何匹もの魔獸と生け贄使いが今日スフィアの城に攻め入った。新聞記事と違い、ガードは魔獸相手に手も足も出なかった。なんとか私が彼女を助け出し、匿おうと思ったのだが、ミリィの事を話したらどうしても来たいと言って聞かなんだ」


大変なことになってるはずの当のスフィアはのほほんとしている。


「私、ガードが無傷で2体の魔獸を倒したと聞いて本当に感動したのよ。だから大丈夫だと思ってガードに協力を示したらこんな事になっちゃって……。しかも本当はガードじゃなくてミリオンちゃんと鋼ちゃんが魔獸を倒したって言うんですもの。びっくりしたわぁ」


「だが、なんで私の城に匿わないとならないんだ。他の王もいるだろう?」


ミリオンの質問に、スフィアはマイペースにお茶を片手に答える。


「魔獸を倒せる鋼ちゃんがいるし。ミリオンちゃんだってかなり強いでしょ?それに私とミリオンちゃんは仲良しだし。元はと言えばミリオンちゃんが隠れて生け贄狩りしてるのが原因だし。ミリオンちゃんのお城は人が殆どいなくてバレにくいし。そんな感じかなぁ?」


ミリオンが僕に目を向ける。僕に意見を求めてるのだろうか。何か喋ろう。


「スフィアさんの街は大丈夫なんですか?王様がいなくなって混乱してるんじゃ」


スフィアは動じる事なくにこやかに答える。


「ふふ、大丈夫よ。生きてるってことはちゃんと表明するわ。だけどしばらくは街の運営の決定は元老院の議長に任せるしかないかしら。それに、彼らが襲われない様にガードの全面的支援は取り消すしかないわねぇ」


トゥエルブがすまなそうな目で、ミリオンを見る。

この人もマフィアの首領みたいな見た目しているけどかなりの苦労人だな。


「ミリィ、頼む。こんな娘でも死ねば封印魔法が消え、魔法文明が崩壊する。どうか頼まれてはくれまいか。彼女には危機感が足りない。放っておくと間違いなく死ぬだろう。長く生きすぎて生に対する執着を無くしておるのだ。自身の懸賞金の額を見て喜んですらいるのだよ」


ミリオンが深く息を吐く。なんだかんだ言ってミリオンは優しい。彼女自身は受け入れを決意したようだ。

彼女の事だから、多分、生け贄を封印する交換条件がなくても了承した事だろう。


「鋼もいいか?」


「僕はミリオンの決定に従いますよ」


スフィアが嬉しそうに笑う。


「ありがとうね。よかったわぁ、このままトゥエルブといたら、私まで真面目人間になっちゃう所だったわ」


この人は、命の恩人になんたる言い草だ。

当の命の恩人は、気にせずミリオンに感謝を述べる。慣れているのだろう。


「匿ってくれるか。礼を言う。だが、念には念を入れておくとしよう」


トゥエルブが立ち上がってスフィアの後ろに立ったかと思うと、左手を彼女の頭に置いた。


すると空間が歪み始め、トゥエルブの左手の腕時計の針がすごい勢いで逆回転を始めた。

スフィアを見ると、どんどんと背が縮んでいき、顔が幼くなっていく。


しばらくして腕時の計の回転がピタッと止まる。スフィアを見ると、20台後半だった見た目が見る影もない、ミリオンより幼い10歳位の女の子になっていた。当然胸も小さくなっている。面影は残っているが、別人にしか見えない。


「これで、誰かに見つかってもスフィアとは気づかれんだろう。名前は……フィアとでも名乗っておくがいい」


スフィアは、いやスフィア改めフィアは、自分の体を見て、ブカブカの服の中で、楽しそうに笑う。声も高くなっている。


「うふふ。私、若くなっちゃった。ミリオンちゃんより年下かしら……ミリオンちゃん、お姉ちゃんって呼んでいいかしら?」


ミリオンは頭を抱えてうなだれている。


「貴様、私の何倍生きてると思ってるんだ……今まで通りで頼む」


「そっか、ざんねーん。それじゃあこれからよろしくね。ミリオンちゃん」



狙われた女王様とはなんとも驚く話だが、こうして、僕たちの計画に新たなメンバーが加わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る