番外編:わたしの彼氏はただただ可愛い
【第144回 二代目フリーワンライ企画】
使用お題:ひと匙の罪悪感/ミルフィーユ
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
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ミルフィーユってのは「千枚の葉」の意味なんです。と、静留くんが言う。
十二月の休日。クリスマスの気配が近づくショッピングモールのカフェで、我々は買い出しの休憩を過ごしていた。
ええ、ええ、お付き合いは順調に続いているんだな、コレが!
「ああ、もしかしてパイ生地が何層にもなってるから? ほうほう、なるほど洒落てるなあ。そういやこれは、どーやって食べるのが正しいのか私は知らんのだ」
私の選んだケーキは、パイ生地とカスタードクリームといちごを挟んだミルフィーユ。普段来ないようなお洒落なカフェだからと意気込んで注文したのはよかったのだが、いざ目の前にすると、さてどうやって切ったらいいのかわからなくなったのが現実である。
大昔に食べたときは、盛大にパイ生地がぐちゃぐちゃになり、見るも無惨になった気がした。あれをお上品に食べるスキルなど私にはない。が、目の前のかわいい恋人ならばなにかわかるかもしれん。
静留くんは、食べ物のこと……こと、甘味に関しては詳しい。まあ、詳しくなってしまった原因を考えると、ほんのひと匙の罪悪感を覚えてしまうのだが。
「横に倒して食べる、で大丈夫ですよ」
そう言う静留くんの前には、季節のアシェなんたら……ええとなんだ、とりあえず綺麗なデザート盛り合わせが置かれている。クリスマス限定らしく、山盛りに盛られたスポンジケーキに、モンブランよろしく緑色のクリームが飾られているし、フルーツも満載だ。なんだかよくわからんゼリーだのソースだのが乗っかっていて、思えばあれを選べばよかったのかと後悔すらしている。名前がむずかしかったので頼まなかったのだ。うん。
……うらやましがっても仕方がないし、ミルフィーユに罪はない。
アドバイス通り、ミルフィーユをこてんと横に倒してやる。美しくそびえ立った形を崩すのはいささか残念だが、クリームとパイが離ればなれで無残になった光景を思えばマシなのだろう。
フォークで細かく切れば、なんとまあ一口で食べられる大きさになったではないか。 ……おお、サクサクのパイ生地よ。甘い香りのするカスタードよ、みずみずしいいちごよ! かくもミルフィーユとは、パイとは美味なるものだったのか。某大手お菓子メーカーの「パ●の実」のそれとはまったく違うぞ。
うむこれぞケーキの醍醐味……と感動に浸っていると、静留くんがこちらを見て「うまく切れたようでよかったですね」と笑う。
「ありがとう、博識な静留くんのおかげだ」
「いや、たまたま知ってたというか」
そう言う彼の目に、一瞬だけ影が差す。
彼は料理や食べ物のことに詳しい。だけどそれは、もともとの彼の趣味ではなく。前に付き合っていた彼女から「これからの時代、料理ができない男はダメ」(いわゆる古い亭主関白を嫌った故の発言だったらしい)と言われ、そのために腕を磨いたからで。そしてグルメだった彼女はさまざまなお店に連れ回され、そのうちにお菓子の知識も覚えてしまったのだという。
「でもそのおかげで、私は今綺麗にミルフィーユが食べられたし、結果オーライ……じゃ、だめかな」
人生、なにが糧になるかわからんもんだと思うし、なにがきっかけでこんな関係になるかも本当にわからないもんなのだ。
「……オーライに、してもいいですかね」
「いいよ~、私が許そうじゃあないか」
調子に乗っておどければ、静留くんはちょっと困った人を見るようにクスクスと笑ってくれた。
「太っ腹だなあ、合歓さんは」
目を細めてこちらを見つめる様子は……そうだな、さしずめ妖精さんだな。
とても三十路を過ぎた男とは思えぬ愛らしさだ。
「お礼に僕のアシェットデセール、差し上げますよ。シフォンおいしいですよ」
そういいながら、山積みのスポンジ(どうもシフォン? とか言うのか?)を一切れ私の皿に乗せてくれた。
「アシェ……なんですと?」
皿盛りデザートのことですよ~と教えてくれる彼を見ていると、注文時に言うのをあきらめた単語をさらっと言える静留くんはやっぱりちょっとカッコイイなと思うのだった。
私の彼氏は可愛いので我慢するのが大変だ(性的な意味で) 服部匠 @mata2gozyodanwo
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