番外編 風変わりなTシャツ

 静留さんが安らいだということについて、口、手(腕)、指先のうち1つ以上の動作を入れて表現してください。台詞を入れても構いません。レッツトライ!

 #創筋初級編 #shindanmaker

(歌峰由子さん作成の「創作筋トレ★動作で表現」https://shindanmaker.com/962115 のお題より)

2020年8月05日にツイッターで書いた話の加筆版です。


 :::


「このTシャツ、いいなあ」


 合歓さんは『nagai dou no neko』の文字と、胴の長い猫の絵が描かれたTシャツを手にして、目をキラキラさせた。

 ここは、ショッピングモールに入っているTシャツ専門店。

 モールの隣にあるシネコンで映画を見る予定なのだが、上映までウインドウショッピングで時間をつぶしている最中の出来事だった。


「いやはや、この胴の長い猫がいいよ。胴か長い!」


「そ、そうなんですね……?」


 他にも『武士でござる』やら『新天地』やら、毛筆で書いてあるものも眺めて「これもいい」とうっとりしている。

 話を聞けば、合歓さんの趣味にはTシャツ収集があるという。

 今まさに着ている『新世界』のTシャツは、仕事の作業着の下にも着ていることが多く、一番のお気に入りだとか。

 正直なところ、変な……失礼、風変わりな趣味だなあと思ってしまうのだが、


「毎日着てても飽きないんだなあ」


 顔を綻ぼせ、幸せそうに語る彼女を見ると、そんなことどうでもよくなってしまうのだから不思議だ。ざっくばらんな合歓さんに、よく似合っている。

 合歓さんの横を通った女性が、彼女の着ている服を二度見する。『新世界』のインパクトは強いですよね、と心の中だけで苦笑すると同時に、女性の服装が目に入る。

 フェミニンなブラウスにスカート、念入りに施されたメイク、揺れるアクセサリー。ほつれ一本ないまとめ髪。手入れされた鞄に、つやつやとしたネイル。

 なんの変哲もない「小綺麗な女性」の雰囲気に、静かに息を呑む。思い出してしまうのだった、元彼女のことを。

 あのひとは、服装にとても気を遣うひとだった。

 だが、美しく装うことを「武装」だと言っていたあのひとからは、着ている服に関して「好き」とか「素敵」だとか、楽しげな感想を聞いた記憶がない。


「取引先のオヤジにナメられないように」

「後輩にバカにされないように」

「『女らしく』を最大限使って生き残らないと、私は死んじゃうから」

「静くんも、変な服着ちゃだめだよ。隣を歩いてると、恥ずかしいんだから」


 記憶の底から、あのひとの声がよみがえる。そういえば、僕の服も、あれこれと彼女に選んでもらったし、うっかり彼女曰くの「センスの悪い服」を着ていくと、一日機嫌を損ねてしまい、大変だった。

 女性が店を離れ、視界から消える。あのひとと女性は違うのに、と自己嫌悪に陥っていると、合歓さんが「静留くん、静留くん」と僕のことを呼んだ。


「どうしました」


「君ならなにを選ぶだろうか」


 合歓さんは、三枚のTシャツを棚に並べて難しい顔をしている。僕の顔を見て、そしてまたTシャツを見る。

『nagai dou no neko』『武士でござる』『新天地』と書かれた三枚。どれもこれも、自分では絶対に選ばない類のもので、どう答えたらいいのかわからない。


「へっ?! ええと、これは……」


 おろおろしていると、合歓さんが「あ!」と声を上げる。


「ごめんごめん、君が着るんじゃなくて、私が着るやつだよ。予算の関係で一着しか買えんのだ」


 合歓さんは三つのTシャツを見ては、悩まし気な表情だ。


「静留くんは、ユルいのを着てもそれはそれで似合うかもしれんが……この店、私の趣味だしな。むむむ、悩むなーどれもいいんだよ。どれも着たいんだよな~」


 ふ、と口元が緩む。

 合歓さんは、こういうTシャツを着ることが「楽しい」のだ。


「どれでも似合いますよ。でも、悩みますね」


「よく考えたら、かわいいひとが一緒に悩んでくれてるなんて贅沢かも……」


 贅沢、なのかもしれない。一緒に悩めることすら。


「……猫、にします?」


 おずおずと進言する。合歓さんの目がきょろきょろと猫のイラスト(顔が凶悪で、かわいさとはかけ離れているが)に行っているのだが、それは指摘しないでおいた。


「長い胴の! わかった! やはり私とこの猫には、運命があるんだろうな」


 やはり長い胴はいい、と言いながらレジに向かう合歓さんの背中を見てるだけでも、なんだかこちらまで気分がよくなるようだった。

 ふと、ある文言が書かれたTシャツが目に入る。


『他人は他人、あなたはあなた』


 手を伸ばして――まだ、それを堂々と着られる気がしなくて、ひっこめる。

 それでも、今、あれを見ることができるようになった。それだけでも違う場所にいるのだと僕は思えるのだった。

 

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